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2018年12月26日 (水)

倭人伝随想 10 里数の底流 餘の世界 2/2

                           2018/12/26
*粗刻みの世界
 そういう大まかな数字であれば、一千里単位は諦めて、先に挙げたような粗い目盛りでほぼ二千里単位にするしかないのです。それ以上となると五千里単位の大まかさになりますが、そこまでは言えなかったのでしょう。

*端数の切り捨て
 千里から上の里数が二千里単位であり、前後一千里程度の不確かさがあるなら二百里。五百里は端数であり、総里数計算の大勢に影響しないのです。世に言う、「餘」は一律切り捨て論とする解釈では、端数が積み上がるので、百里単位が無視できないのです。

*千里附近の扱い
 丁寧に言うと、二千里単位の概数と言っても、一千餘里は、七百五十里程度から一千七百五十里程度の範囲内かと思われますが、里数に二千餘里が登場しないので上限は確かではありません。先の概念図は、一定間隔で刻んでいますが、不確かさは比率問題なので、一千辺りは狭い範囲になるのです。

*実世界、実感を刻む対数
 その辺りは、ちょっと難しい「対数」の世界です。実生活は、実は、比率で評価される対数の世界なのですが、わかりやすく図示するのが難しいので、あえて直線的に描いたものです。数字に強い倭人伝筆者と魏志編者の丁寧な筆法が、現代人に理解されず、数多くの誤解が生じているように見えます。

*松本清張氏の慧眼と限界
 松本清張氏は倭人伝の数字に、三,五,七の陰陽五行説に登場する奇数が多いのに着目し、実数に関係無くこれらの数を使用しているから、倭人伝数字(里数、戸数など)は信用してはならない、と断じています。これは、里数で言えば、千里を越える里数は、二千里間隔の概数であった結果、ことの必然として奇数が多発したという背景に気づかなかったための早計と思われます。

 倭人伝に奇数が多い、とは、白鳥庫吉氏の所説に触発されたとは言え、まことに慧眼です。奇数は、本来「奇」、つまり高貴な数ですが、倭人伝では縁起担ぎの数字ではなかったのです。氏の身辺に、先賢の著書を含め、理数系の大局的な見地から助言する声がなかったのが残念です。

*まとめ
 倭人伝の里数や戸数は、不確かな数字を適切に概数処理したものであり、概数として理解すれば、筋の通ったものなのです。
 なお、以上の推定に援用した数学知識は、遅くとも、大学教養課程で指導される程度の基本的なものであり、特に高度な概念は採り入れていないものと思います。
                                以上

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