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2018年12月10日 (月)

新・私の本棚 白石太一郎 「考古学と古代史の間」 2/2

            筑摩プリマーブックス154 筑摩書房 2004年

      私の見立て★★☆☆☆ 参考のみ          2017/02/10 2018/12/10

*「考古学」における科学的測定法
 データねつ造に至らないまでも、依頼者所望の結果を出すのが受託した科学者の仕事なのです。測定方法選択段階で測定結果が予想されることは珍しくないので、希望するデータが出るよう測定方法が塩梅されることは珍しくないのです。
 
 また、判定の条件設定は主観に左右されるのです。専門機関といえども、依頼元の意図が肯定される判定を出さねば依頼元を裏切ると考えて、測定方法を調整しデータ解釈を演出することはざらにあることです。依頼の際に強調することもあるだろうし、あうんの呼吸で忖度させることもあるのです。
 
 考古学者は、自身の学識知見には責任を持てても、自然科学的測定は、畑違いで責任外ですから、くれぐれもお手盛りにならないように、依頼からデータ受け入れまで慎重に扱うべきなのです。

*早計な判断
 そこまで言うのは、本書は、自然科学的判定によって古墳年代を比定していると見えるからです。更に、その判断を元に、文献資料解釈を決めているのです。そのような成り行きは、古典的な言い方では曲筆です。

 本書著者は、考古学者としてかくかくたる名声を得ている方と思いますが、一読者には、他分野の見解が耳に心地良ければ丸ごと受け入れるのは、考古学者の使命をおろそかにしているように見えるのです。

 しかも、ご自身で、最初に述べたように、考古学者の見識が揺らぐ原因として、外部分野見解の安易な取り合わせがあることを見抜かれているのですから、なおさらに、本書の主題となる「曲筆」は痛々しいのです。

*素人の意見
 当ブログ筆者は、遺物、遺跡を実見していないので、諸文献を精読して自分なりの意見を形成します。つまり、先賢の高説を元に文献を読み解くのですが、その限り、倭人伝に九州北部の局地的政権である倭が描かれているとする意見に大きく傾いています。
 本書著者は、深い学識で、ヤマトにあった地方政権が全国政権として広く統括するに至った「歴史の必然」を示されて、当ブログ筆者は深い敬意を持ってその展開を眺めるものです。

 ただ、そのような議論を文献資料とつなぎ合わせるために、たとえば、箸墓の造成に、卑弥呼の没後十年かけたとされるのはもったいない話です。

 堂々たる議論でも、文献資料を無理な解釈で歪めさせるとすれば、その発端となる、自然科学的判定を造作する進め方に賛同できかねるのです。

 まして、考古学を基本とした見解で、乱世の続く文献解釈を快刀乱麻のごとく武力平定するというのは、何か初心を忘れているように思うのです。

*最後の聖戦か
 思うに、本書著者は、ヤマトに対する絶大な愛着で冷徹な判断が妨げられていると見るものです。そのような先入観から遠い当方には、愛着に起因する先入観に立つ議論は学術上の論議として採用しがたいのです。

                           以上

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