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2018年12月26日 (水)

倭人伝随想 9 晋書地理志に周朝短里を探る 3/9 改

                    2018/10/26  2018/12/26 修正 2020/11/08
*本論開始
 枕が続きましたが、題材とした資料文献の背景説明としました。
 と言うことで、晋書地理志が当記事の本題です。

▢古田武彦氏の「魏晋朝短里説」の消長
○短里説提唱と展開
 古田武彦氏は、『「邪馬台国」はなかった』で、倭人伝行程記事の郡から倭に至る里数について、詳細に考察した上で、
  これは、当時の里制を忠実に記したものである。実際の地理から、倭人伝の一里は一貫して75㍍程度(数値は、参照しやすく丸めた概数である)の「短里」である。
 ⑵ これは、古代周朝の里制である。
 ⑶ これに対し、秦始皇帝が、天下統一にあたり、六倍、450㍍程度の「長里」に変更し漢に継承された。
 ⑷ これに対し、魏朝は全国里制を「短里」に復原し倭人伝に反映している
 ⑸ 短里は晋朝に継承されたが、晋朝南遷後東晋によって廃され、秦漢「長里」に復帰した』との趣旨で提言したものです。

 ⑴~⑸は当記事筆者による要約

○魏晋朝里制の論証
 古田氏の論旨は、三国志は陳寿が統轄編纂した史書で、里制は統一されているべきである、との理路により、倭人伝記事の小局から出発して魏晋朝全国という大局に及び、三國志全文に及ぶ実証の試みは現在も続いています。

○魏朝里制変更の否定
 ここでは、先ほどの⑶以降の推論が成立しないことを述べるものです。

*史書に記載なし
 晋書地理志を根拠とすれば、魏晋朝短里の否定はむしろ自明です。晋書地理志は、古来の地理情報を克明に記していますが、魏晋朝において、秦漢朝と異なる里制が公布、施行されたとの記事はありません。

*里制変更の無法さ
 里制は、地理志という公式記録の根拠となるものであり、国政の根幹であると共に、各地方においても行政の根幹であり、里制を変えるという事は、国家の秩序を破壊することであるから、皇帝と言えども里制変更はできないのです。

 短里に変更すると全国の地籍(土地台帳)を書き替える必要があり、土地課税単位が変わることから、増税前提と判断されて、衆怒を招きます。

▢結論
 そのような重大な制度変更は、魏晋朝の不手際を明らかにするものとして、晋書の本紀部分に記載されるべきものであり、まして、地理志の周以降の制度推移記録に記載されないはずがありません。
 と言うことで魏晋朝といえども、国家制度としての短里は、実施されなかった事が明らかです。実施されなかったから、記録に残らなかったというのは、まことに明解です。
                              未完

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