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2019年5月25日 (土)

新・私の本棚 番外 諸説あり!邪馬台国 S「幻の国」余談2 丹に纏わる綺譚 再論

 諸説あり !邪馬台国スペシャル!▽古代ミステリー 幻の国は”ここにあった”

 私の見立て ★★★★★ 必見 BS TBS 2019/05/10 記2019/05/25

□古びた丹の話 (一部既報)
 今回の「丹」論は、近郊特産の丹が、当時大変、大変珍重された特産物であり、纏向は、丹「交易」の「収益」で発展を遂げたという説です。

 丹が近畿の特産だったというのは、当然ながら広く知られていて、その価値が高く評価できるというのは、例えば、安本美典氏がかねて説くところですが、論者は、先行諸説を知らないのか、なかったとして平然と盗用しているのか、不可解です。

 丹採掘遺跡と遺物から、実際に丹が産出していたことは、間違いないところです。但し、先に書いたように、そうした事実は衆知です。

 丹に莫大な価値を見る仮説ですが、紹介されている様子を見ると、国家枢要の地下資源に見えません。採掘に鉄器でなく、石器を用いています。鉱夫の数次第で増産できるのに「鉱山」的な体制は語られてないのです。牛馬輸送のない時代とは言え、産物は細々と山道を背負い下っていて、それで十分間に合っていたように見えます。そうした見方は、特別の学識を要しない常識の世界であり、それ故、時代を超えた不朽の「物の道理」です。

 既報のように、水銀硫化物の丹の焼成は、二酸化硫黄ガスの大気汚染で山野が枯死し水質汚染で川魚が死滅します。少量で問題なかったと言うならその程度で厖大な収益を得た仕掛けを語るべきです。

*需要と供給
 古代における「需要」で言うと、素人目にも、次の二件が見えます。
 1 丹は仕上げの意匠として大型土器に塗り、かなりの量が地域消費されたようです。纏向産土器の「値打ち」は大いに上がったでしょうが。
 2 銅鏡仕上工程で、鏡面光沢を向上し腐食防止する鍍金材、錫アマルガム(水銀と錫の合金)として、かなりの水銀が地域消費されたようです。
 「交易」で巨利を得られるのなら、地域消費はもってのほかでしょう。

*交易のだまし絵
 大陸「交易」は絵柄としては壮大ですが、金銀銅などの国際通貨のない時代、物々交換して銅鏡でも入手したとして、大量の金属貨物の「運賃」はどうするのか。自前で交易船を仕立てても、ただではないのです。

 まずは、関税で食うしかない対馬、壱岐は、避けて通れない以上「無税」では通れない
のです。行き帰りの途中でボロボロかじり取られて、それでも、「利益」は残るのでしょうか。一方、通過地点の港港は、関税を取りはぐれることはないのです。

 そして、大陸/半島側は泰然と積荷を待ち受けて、徹底的に買い叩けば良いので、こちらも、丸儲けなのです。

 何しろ、売り手は、乗船している人員だけであり、手ひどく買い叩かれて仕返しをしたくても、とても援軍を派遣できないので、船員を人質に置いてでも、帰途に就くしかないのです。

 一方、丹の「出荷」から何か届くまでの一年(二年?)余り、関係者一同はどう持ちこたえるのか。定番の戦乱、事故、盗難、「契約不履行」に、どう対処するのか。帰り船が空荷で、取り分がなかったら、どうやって生きていくのでしょうか。

*交易幻影
 総合すると、そのような大陸「交易」は、「経済的」に成立するのでしょうか。古代に、現代的な経済観は通用しないかも知れませんが、当時なりの「収支」が成立しなければ、国家繁栄どころか「交易」は破綻するのです。

 現代の会社経営であれば、決算の悪化、資金の喪失で、会社が経営破綻しても、経営者は命まで失わないのですが、当時は、そのような安全措置はないので、交易の失敗は、一族悉くの生存を危うくするのです。

*中継交易の勧め
 以上のような不合理は、一貫航海、一貫交易の幻想からくるものです。冷静に考えれば、古代に於いて、長期にわたって維持可能な交易は、近隣との中継交易しかないのです。交易の鎖、あるいは、駅伝です。

 もし、壱岐の商人が対馬の商人と交易するとすれば、それは、日常的なやりとりなので、ちゃんと互いに取り決めができていて、相手を信用できるかどうかとか、価格をごまかされるのではないかという懸念は、影を潜めます。ものの値打ちについても、そこそこ取引用の相場が形成されていて、別に通貨がなくても、取引が可能だったのです。

 荷船は日々のように両島を往き来しているので、妥当な運賃となります。多分、相手の島の港に代理人を置いていて、一旦、港倉庫に収めた後、土地の海市などで商売することになります。荷船は、漕ぎ手を入れ替えて、帰り船に港倉庫の荷を積むので、その意味でも、運賃は割安です。

 壱岐の売主は、対馬での支払いを待つとしても、あるいは、等価値の荷を待つにしても、せいぜい数日であり、特に負担にはならないのです。まして、日々やりとりしているから、個別の取引に一喜一憂することはないのです。

 これは、陸上取引、陸海取引でも同様で、要は、一日、二日の行程であれば、顔を見ることも声を聞くことも十分可能であり、日々の交信は絶えないし、最悪諍いとなって腕っ節の強い取り立て役を派遣するとしても、大した事件にはならないのです。と言うものの、交易は、互いの協調が肝要であり、諸国の間の争いは滅多に起こらないはずです。

 このように考えていけば、纏向から荷船を仕立てて洛陽まで船を走らせるなど、実施不可能であり、途方もない画餅も良いところです。そもそも、纏向は内陸で山奥なので、荷船が乗り出せるはずがないのです。
 いや、これは、別の著者、別の著書の話ですが、ついつい、書き立ててしまいました。番組関係者にはご不快でしょうが、よく気をつけていただかないと、同じ陥穽に落ちるので、他人事ではないのです。

*碩学の晩節
 随分詰めの甘い、単なる思いつきを、石野氏の名声を良いことに、猛々しく述べ立てるのは、氏の晩節を汚していて不審です。

                              この項完

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