私の意見 行程説批判の基本について~異論の調理法
2019/06/29
今回は、学術的な論議のイロハを、自戒の意味をこめて再確認している。
このような愚見を披瀝した契機は、さるサイトの論議であるが、個人批判目的でないので明記しない。要は、よくある勘違いを指摘するだけである。
*イメージ化の弊害
一番目につきにくいが、根深い愚行が「イメージ」の悪用である。現代語で、イメージは、例えば、ラーメン具材では、麺の仕上がりや盛り付けは、ほんの一例ですよ、と言う際に「イメージ」と断ればすむようである。カタカナ語の原点らしい英語では、神の姿を信者が勝手に思い描いた姿を言うようである。いずれにしろ、イメージは現物ではなく、イメージを描いたものの創作なのである。
ここで言えば、行程記事は、最初から最後まで一貫して、ある地点から次の地点への里数が順次書かれているという(単純に)直線的な解釈を根拠として絵解きしたものであり、さほど誤解の余地はないように見えるが、原文に自己流解釈を加えて加工したものは、必然的に原文を離れているので、厳密な論議に耐えないのである。
また、文の解釈は突き詰めれば厳密なものとすることができるが、図の解釈は、それぞれの背景となる時代・地域文化の上に醸成された個人の解釈に従うのであり、それは、個人毎に大きな異同があり、内なるものは較正しようがないので厳密たり得ないのである。
実は、「イメージ」は、見る人ごとに、異なった「現実」を想起させる、つまり、その人固有の記憶を書き立てて思い描かせるものなのである。
その意味でも、「イメージ」は、史学の論議過程で、客観的に参照する「原器」(「ゲージ」、あるいは、以前のメートル原器から作成した尺度基準)にはなり得ないのである。
古代史論議で言えば、資料原文に基づく議論ならともかく、一論者が、手前味噌で描いたポンチ絵を異説批判の根拠にするとは「笑止」である。きわどい言い方であるが、論者の好みらしい「おかしい」を古風に言い直しただけで、たいした意味ではない。
それはさておき、「イメージ」の前提と思われる現代語文も、結構勝手な解釈を経ていて、当然原文そのものではないから、必ずなにがしかの誤解を含んでいると見られるのである。(厳密に検証されない限り、と言う意味である。たまたま、間違っていないと証明されるかも知れない)ことが重大なので、丁寧に書いて、大変長くなったが、事の深刻さを理解いただくためにイロハから説き直したのである。
今回の議論で言えば、論者が議論の武器としているのは、要は、自己流に描いたポンチ絵であり、そのポンチ絵は、要は、誰か知らない現代語文作者の「創作」(嘘とは言わない)に依存しているから,論議に起用する物差しとして無効であると言いたいのである。この手順が持ち込んだ議論のどこが、どう間違っているかは、論者が自分自身で、気づいて克服すべきものであるので、傍からは言わない。
と言っても、何も具体的な指摘がないと、手掛かりが得られなくて困るだろうから、少し口を挟むことにする。
課題となる部分は、端的であるのでここに引用する。
南至邪馬台國女王之所都水行十日陸行一月
南へ水行十日陸行一月で、女王が都する邪馬台国にいたる
字句引用は、一行にベタに書き出してから改行しているので、緩やかな解釈ができる原文に一定の解釈を主張、つまり、押しつけている。せめて、「都」の後に句点を補って、区切りを付けるべきではないか。
正調の漢文は、だらだらと続けないのである。素人考えでは、この部分は、「之」を勘定しなければ、六+四+四+四の四つの短文に分かれて書かれているように見えるのであるから、まずは、ずるずると「膠着」せず、キリキリと読み取るべきではないか。
そうして、四文にほぐした原文を、続いて順当に読み解くと「南すると、邪馬台国に至る。女王が都としている。ここまで、水行すること十日。そして、陸行すること一月である。」と解するのが、誠に自然と思われる。少なくとも、有力な「別解」として控えさせなければ、学問として、不正確な進め方と思うのである。
しかし、ここに挙げられた現代語文は、先に書いたように一途に思い込んでいて、そして、批判なしにその読み方に追従した論者は、別解は自説の具材として好みに合わないので却下したのか、気づかなかったのか、「別解」は持論に採り入れられなかったのである。
つまり、論者の「イメージ」は、ある解釈の押しつけに踊らされていて、論理の筋道を遡行すると、実は原文を自己流に改竄しているのである。
*異説の調理法
読み下し以前で論者のイメージと見解が分かれている異説は、当然自身のレシピを持っていて、自己流読替論者の好む味付けには、はなから合わないのが当然である。
論者は、やり玉に挙げられた奇特な異説が、投馬国などの里程がすべて郡起点としていて不合理と難じているが、論者の読み方が浅いのが原因で誤断したものと思われる。当然ながら、帯方郡は直線行路の要などでなく出発点であるから、最終地点までの里数と所要日数を総括するのを除き、いちいち、各国への里程の始発点とされるはずはないと見るのが自然ではないか、いや、合理的ではないか、と見られるのである。いくら異説の提唱者でも、それなりの常識は持ち合わせていると見るものではないか。
いや、遅れて気づいたのだが、百人百様の諸説の中には、不弥国が半島西岸にあって、そこから発する投馬国行き行程と邪馬台国行き行程は、それぞれ、方位は許容範囲内であって、水行二十日と水行十日、陸行一月の日数は、行程記事と整合しているという説もあり、素人が先入観に左右されたことをお詫びする。
論者は、異説の提唱者に自身と同じ直線的思考を求めたようだが、異説に対する反論は異説に対して行うべきであり、自画像「イメージ」に向かって行うべきものではないのである。
と言うことで、議論の出発点で既に進路が曲がっていることを指摘するが、論者の議論の細目については論議しない。
以上
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