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2019年7月

2019年7月31日 (水)

今日の躓き石 耳障りなNHK BS1 MLB中継の現役「レジェンド」乱用

                          2019/07/31

 今回の題材は、NHK BS1のMLB(米大リーグ)中継の現役「レジェンド」乱用である。

 世間では、新来のカタカナ語「レジェンド」が、どんどん蔓延して古参選手にまで及んでいるが、NHKのアナウンサーが、それに加担して現役選手に「レジェンド」の烙印を押しているのは、まことに聞き苦しい。本来のlegendの語義で言うと、これは、引退して殿堂入りした、いや、しそうな老選手を指すものと感じることが多いのではないか。功績は偉大で語り継がれるが、もはや実戦力でない「骨董品」がまだ生きているという趣旨を込めているとしたら、大変失礼ではないか。

 高額の受信料を取って送信しているのだから、安直に悪乗りして、あっけらかんと問題発言を繰り返す前に、よくよく、よくよく吟味して欲しいものである。

 視聴者がNHKに期待しているのは、言葉のお手本であって、言葉の壊し屋ではないと信ずる

以上

 

 

2019年7月23日 (火)

今日の躓き石 お手本になって欲しいNHKBS1の「ハードル」解説

                   2019/07/23

 本日の題材は、NHKBS1のスケートボード選手の「五輪への道」と題する特番のアナウンサーのコメントである。

 あっけらかんと「高いハードル」と喋っているが、大変残念である。世間では、ハードルを意地悪な邪魔者とする「ハードルバッシング」が蔓延していて、時に、当ブログで苦言を呈するのだが、今回は、言葉の「お手本」として尊敬しているスポーツ担当の誤用なので深刻である。

 どんな意識で「言葉の護り人」の務めに取り組んでいるのか、お伺いしたいところである。いや、別に回答しろといじめているわけではない。言葉のあやである。

 素人考えでも、スケートボードは「ハードル」を飛び越えるのを競う競技ではないので、「高いハードル」は、何とも的外れでまずい比喩である。とても、プロ中のプロであるNHKアナウンサーのことばとは思えない。準備不足だったのだろうか。

 これを機会に、一度、「ハードルバッシング」の害についてご一考いただければ幸いである。

以上

2019年7月20日 (土)

今日の躓き石 大失言「われわれのハードル」に見るNHKアナウンサーの混乱した言語世界 

                        2019/07/20

 今回の題材は、NHK BS1のMLB中継であるが、タイトルは厳しく見えるが、記事見出しの常で、別に個人的な批判ではない。世にはびこる誤解を言い立てるものである。

 それにしても、8回終了時まで完全試合を進めていた投手が、9回先頭打者に安打を打たれた後、アナウンサーがポロリとこぼしたのが、「われわれのハードル」なる失言であるが、NHKのアナウンサー(アナ)は、全ての事態を想定していて、つまらない失言はしないとする見方が、大きく転けたのである。失礼ながら「猿も木から落ちる」と思わせる。夢は叶うものと決め込んで、達成時のコメントだけを考えていたのだろうか。

 本題に戻ると、どうも、アナが投手に対して、完全試合達成という苛酷な「ハードル 」を課していたという主旨のようだが、随分的外れなように思う。別に、投手は、アナの与えた課題に抗して戦っていたわけではない。また、そのような課題を「ハードル」と呼ぶのは、慣用表現を外れている。通常、保守的な社会が挑戦者に与える「壁」を、誤って「ハードル」と呼んでいるが、今回は、そんな大げさな話ではないはずである。

 「ハードル」と言われて誰もが思いつく陸上競技の種目では、一定の高さのハードルが一定の場所に置かれていて、それは、突破するものでなく、飛び越えるものなのである。だから、突き当たれば易々と向こうに倒れるし、飛び越え損なって押し倒しても罰則はない。ただ、それでは競争に遅れるから飛び越えると言うだけである。

 今回の失言は、別に大したことないように見えるが、実は、アナの思わず漏らしたつまらない言葉が、実世界に蔓延している大きな勘違いを一人前に備えているという不都合が見えてくる。ちょっとした躓き石をほじくると、大地の下に岩盤ができているように思えるのである。

以上

2019年7月14日 (日)

今日の躓き石 NHK GでBS1 MLB中継告知の罵声「リベンジ」を浴びせられる菊池/大谷両選手に同情

                          2019/07/14

 本日の題材は、NHK G(総合)の八時の大河直前に流されたBS1 MLB中継告知で、リベンジと言い立てるのを聞いて、ずっこけてしまった。公共放送でこんなことを言うやつは最低である。NHKだからでもないだろうが、悪い言葉程子供がマネするのである。まさか、潜入してNHKの評価を地に落とす破壊工作しているのではないだろうが。

 何が悲しくて、MLBで同窓の先輩後輩が投打対決するのに、「リベンジ」などと血塗られた汚い言葉を使うのだろうか。今回の用法は、もう一丁で無く、血塗られた復習、仕返しである。どこか、頭のネジが外れているのでは無いか。当人たちが聞いたらどう思うだろうか。

 菊池投手は、大谷選手にホームランを打たれたことを根に持って、一発ぶつけて恨みを晴らそうと思っているのだろうか。
 大谷選手は、一塁側にセーフティーバントして、ベースカバーの菊池投手の足にフックスライディングして恨みを晴らそうと思っているのだろうか。
 一般の視聴者が、そんなことを聞いて喜ぶと思っているのだろうか。本当に、本当に困ったものである。

 明日早朝の中継を番組告知するにしても、他に言うことはないのだろうか。せめて、頭のネジを全部締め直してもらって、「再発防止」してもらいたいのである。治療とまでは言わないが、「リベンジマニア」として、広く世界に恥をさらすのは両選手なのであるから、何とか周りの人が止めて欲しいのである。

以上

今日の躓き石 将棋界の「オールラウンドプレーヤー」について

                          2019/07/14

 今回の題材は、NHK Eテレの将棋トーナメントの解説者の口ごもりである。
 両対局者が「オールラウンドプレーヤー」で戦型予想が難しいと連発していたが、いかにも、芸のない言い方である。事前に対局者名は知れていたし、棋風は承知していて、紹介文句を練っていたろうから、こんな長たらしい、意味不明なカタカナ言葉を口ごもるくらいなら、誰でもわかるように、「どんな戦型でも得意として指しこなすので穴がない」とでも言えば、聞きやすかったと思うのである。

 そもそも、「オールラウンドプレーヤー」というのは、バスケットボールのようなチーム競技で、チーム構成、攻撃と防御の陣立てを考えるとき、攻撃、防御の両方に水準以上に対応できる万能プレーヤーを指して、チームにとって便利な「オールラウンドプレーヤー」と称したように思うのである。かたや、MLB、つまり野球界では、よその真似をせずに、極端な場合には内外野を問わず、どこでも守れる多機能選手を「ユーティリティープレーヤー」と呼んでいるようである。

 いずれも、「将棋の齣」の形容である。チームプレーヤー個人の性格、特性を語るものであるから、個人で陣立てし個人で戦う将棋棋士には、ふさわしくない形容に思うのである。

 是非、業界として、もう一度じっくり吟味して、適正な言葉遣いを検討戴きたいものである。
 観戦記者を含めて、凡そ記者は、メディアで生活を維持するために、珍奇な言い回しを、拾い食いのように見境なく取り込むものであり、しばしば、勘違いして暴言を発揮するものである。頭から信用してはいけない。

 まして、「オールラウンダー」などと、NHKが止めるようなきたない言葉は、日常使わないようにしてもらいたいのである。世界の頂点に立つプロ棋士は、世界の頂点の品位で言葉を選んで頂きたいものである。

以上

 

 

 

今日の躓き石 絶えないアマ球界の恥さらしな発言報道 毎日新聞の都市対抗野球報道に疑問

                                2019/07/14

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版スポーツ面の第九十回都市対抗野球開幕戦の報道である。輝かしかるべき記事が、泥を塗られているのは、何とも残念である。

 「エースへ一歩 雪辱の白星」の見出しが、既に不出来である。投手は、勝手に試合を一人で背負い込んで、勝った負けたと力む傾向があるが、ここでは、折角の晴れ舞台が、個人の復讐の場に堕している。そして、それを堂々と報道する毎日新聞の姿勢は、大きな疑問を呈している。

 そして、念を押すように、記事のトップに選手自身の「3年前のリベンジ」なる血なまぐさい発言が出て来るから、これは本音だったのだろうが、ここには大きな考え違いがある。全社を挙げて戦っているのは、スポーツマンシップにのっとった潔い勝負ではないのだろうか
 チーム内で、選手に罵声を浴びていたかと懸念されるが、それは、旧時代の因習を思わせる困ったチーム伝統ではないか。但し、この血祭り発言で名が残るのは選手一人と報道した署名記者であって、ここまで追い込んだ指導者たちではない。不公平なものである。

 それにしても、出場チーム全体で、優勝チーム以外は、全て敗退するのである。そうした敗者達が、屈辱と恨みを抱いて、うらめしく復讐を誓うようなことで、広く一般ファンの声援を集められるのだろうか。

 続いて、チームは3年前の試合で、初出場の相手チームに初勝利を献上したと罵倒されているのである。相手チームにしたら、3年前負けてやったから、今回はのしを付けて返すのが当然だ、と言われているようなものである。都市対抗野球では、初出場の相手チームにご祝儀を渡して、後年取り返す習慣があるのだろうか。チームの発言として不明瞭この上ない。

 都市対抗野球は、アマチュア球界の最高峰であり続けている至高の大会であるが、毎日新聞は、自身の主催する大会に、どうして暗雲を投げかけるような忌まわしい報道を掲載するのだろうか。

 因みに、同記事の本文は、同投手が、自身の失敗の原因を探り、投球フォームの改善などで、着実な研鑽を積んだのが、幸運にも今回の好結果巣に繋がったと示しているまだ悪い癖が直っていないと悪口を叩かれつつ、ここで主役となった投手の成長と勝利を示す記事には、それで十分ではないだろうか。それとも、何年か後には、今回斬られ役にとどまった相手チームの血の復讐、リベンジを記事のネタにするのだろうか。永遠に続く血なまぐさい復讐の連鎖なのだろうか。

 つくづく、「悪癖は治らない」(ダイハード)と宣告しているような記事で、首を傾げるのである。

以上

2019年7月12日 (金)

今日の躓き石 フレッシュ球宴に毎日新聞の汚れた祝福「リベンジ」

                    2019/07/12

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版スポーツ面の プロ野球フレッシュ球宴で、昨夏甲子園での「勝負」での「被弾」を奪三振で報復したという絵図にしたかったようであるが、プロ野球は、個人勝負でなく、チームの勝利が目的のはずである。しかも、結果は、ペナントレースではなく、球宴の場での一打席の三振に過ぎない。また、本番では、三打席三振させても、一発打たれたら「負け」のはずである。一打席の三振奪取で狙った目的「復讐」を果たしたとは、つくづく考えが浅いのであるが、まさか、その点を記事にしてさらし者にしたのではないだろう。。

 但し、この記事の「リベンジ」は、当人の発言ではなく、記者の創作のようであるが、それにしても、三振を取って「果たした」という以上、当世若者言葉の「も一丁」でなく、オヤジ言葉の「仕返し」の意味のようである。先輩からの教訓のつもりで、あえて「正しい」使い方を示したかも知れないが、意味不明のカタカナ言葉を聞きかじりで使うのは、悪いお手本であり毎日新聞の署名記事とも思えないので、ここに記事にした。

 ということで、どうも、この世界的にたちの悪い言葉は、全国紙の深層にしみこんでいるようである。困ったものである。

 子供達にババッチイ言葉を遺したいのならともかく、言葉を護る努力を怠らないで欲しいものである。

以上

 

新・私の本棚 番外 倭人伝道里論~参問周旋にとどめさす

                          2019/07/11
□始めに
 「とどめさす」というと、なにか血のにおいがするように受け止められるかも知れませんが、ここでは、ことの行き着くところです。
 京のわらべ唄「まるたけえびす」は、京の東西通りの名を北から南にうたい、最後、「くじょう とうじで とどめさす」「はいおしまい」です。
 つまり、長年の論争でいろいろ意見は出ましたが、ここで南の端なので、もうおしまいにしましょうと言いたいのです。まだおしまいにしたくない人は、北に戻って、町中でいろいろ言うのでしょうが、当方としては、ぼちぼち、おうちに帰りましょうよというのです。
 京のわらべ唄「いんでこだいもんじ」は、大文字の送り火がとぼったらお盆もおしまい、懐かしい思い出は向こうに帰ります、というものです。
 古いわらべ唄ですが、語り尽くしたらおしまいにしたいものです。

*参問、周旋 縮めて「参周」
 参周は、倭人伝旅程、道里がひとしきり語られて、侏儒国、裸国という最果ての国について語った後、締めくくるように、「參問倭地絕在海中洲㠀之上或絕或連周旋可五千餘里」と書かれたものです。

 つまり、倭人伝の主目的である「倭地」の旅程、道里を総括すると、倭地の始まりである狗邪韓国の海岸から、最終到達点である邪馬壹国まで、「順次訪ねた」所、「大変大雑把に言うと五千里」(可五千余里)だったと記しているものです。

 端的に言うと、末羅国以降の行程に、傍路の投馬国が里数無しで水行二十日と紛れ込んでいて末尾の総所要日数、水行十日と陸行一月も、とかく誤解されやすいため、あえて、倭地内の経路里数を追加して明記したのです。
 単なる重複記載は、陳寿として採用できないのですが、観点を変えた記事で、いわば、検算の機会を作っているので、大変高度な配慮と言えます。今日の読者は、いくらでも戻して読めるし、手元にメモ帳や計算機を置いているので、念が入りすぎていると褒める/貶すのでしょうが、当時は、行程といえども何も便利な手段がなく、数字に強い側近の手助けが必要になるので、まあ、不愉快になる可能性が高いのです。
 これを重複記事としか思えないと感じたら、是非、周辺の先輩の意見を聞いてほしいものです。全然別の記事だと言うでしょう。

 追加して明記しないと、高貴な「読者」から、わからんじゃないかと叱られるのを恐れたのですが、行程記事に手を入れる原史料介入を避けていてわかりやすさと原文尊重を両立させた陳寿の編纂姿勢を物語っています。(子供ではないので、好き嫌いで書いているのではないのです)

 ちなみに、過去色々論議されている参問周旋の意味ですが、共に日常使われる単語なのでさらりと読み取ればいいのです。

 ただし、このように読み解くことは、いわゆる、「伊都国以降直線行程説」を否定すると共に、邪馬壹国を伊都国のすぐ南にとどめてしまうので、「畿内説」論者や、非「福岡県」論者が、受け入れられないものと推定します。それが、陳寿の編纂意図ですから、なんとも仕方ない所です。
 先に書いたように、当方の本論は、ここらで「参周」論議にとどめを刺したいと言うだけで、畿内説」論者や、非「福岡県」論者は、別の論点で議論されたらいいと思うのです。一歩ずつでも、議論を前に進めたいのです。

*明快な表現
 ちなみに、陳寿は、海を渡って倭地に行くのは、大河(中国語で言う「水(すい)」)を渡るようなもので、途中に中州があって、向こう岸には陸地が続いていると、陸封された中原人読者の理解しやすい言い方としたのです。

                                以上

2019年7月 7日 (日)

今日の躓き石 大谷翔平の誕生日に忌まわしい呪い 「力勝負 剛腕にリベンジ」 毎日新聞/共同

                     2019/07/07

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版スポーツ面のMLB記事である。

 「大谷13号誕生日弾」なる見出しはどういうこともないのだが、でかでかと見出しにして「力勝負 剛腕にリベンジ」と大問題である。

 報道されている限り大谷翔平選手は、爽やかな快男児であり、MLBトップクラスの剛腕投手にひねられたとしても、恨みに思って仕返しを口にするはずは無いし、そんなこと、思いもしなかったはずである。
 ところが、この見出しを見る限り、やられたらやり返す、ぶっ殺してやるという感じで、本人にとってとんでもない男の勲章だろう。

 記事は、共同通信の配信だが、見出しまで共同通信の文責かどうかわからないので、連帯責任としておく。知る限り、共同通信は、このような無様な記事送りは見たこと無かったのである。まあ、いずれにしろ、ここは毎日新聞の紙面であるから、最終責任は、毎日新聞に帰着するのである。

 リベンジというカタカナ語は、大別して二通りの意味がはびこっているようだが、英語に戻ってみれば、血なまぐさい復讐である。大谷選手が、そのように報道されるような忌まわしい発言をしたとしても、子供達に真似されないために、このような問題発言を世間に拡散させないでおき、そして、当人に反省してもらうために、発言自体を伏せておくのが、報道陣の務めではないか。
 今回は、全国紙の栄えある紙面に随分派手に泥を塗ったのである。

 そして、MLB選手に関する記事だけに、誤解が現地にひろがることを危惧するものである。

 毎日新聞には、新聞の良心を守り、言葉を護る文書校閲は無いのだろうか。

以上

 

2019年7月 6日 (土)

今日の躓き石 垣間見るプロ球界の知恵~隠れた褒め言葉を知る

                                           2019/07/06

 当ブログでは。言葉咎めの回数が多いので、いつもあら探しているように感じられるかも知れないが、単に耳を傾けていて、耳障りな言葉遣いをほっとけないだけである。有効というところを「友好的」と言ったり、フォアボールと言うべきところを「ファーボール」などと言い飛ばしていると、つい、釘を刺したくなるのである。

 それはさておき、本日は、CSのGAORAで阪神戦を見ていて、狩野恵輔氏の解説に、久しぶりに花丸言葉を聞いたので、おおっぴらに褒めるのである。

 感心したのは、めっきり出番の少なくなった鳥谷敬選手を、「レジェンド」になりかけているが、まだ38才であるから、うまく調子を上げさせて「レジェンド」にしないようにすべきだと明言したことである。当方が、かねて主張しているように、「レジェンド」は、引退選手への優しい慰め言葉であり、活躍している間は、何才であろうとレジェンドではないことを指摘してくれたことである。
 
プロの世界では、頑張れとの励ましはいらないし、かわいそうだと気の毒がられるのも迷惑ということだろう。
 何しろ、大変な高給取りだから、ぶっ倒れるまで使い立てないと勿体ないと思うのは、当方の貧乏性のせいだろうか。球団経営者は、そう思ってみているのではないだろうか。

 因みに、そのあと、ショートストップの守備範囲に話が行っていたが、当方が、鳥谷選手の守備を見ていた頃、と言っても、ほんの数年前であるが、サードはベースをがっちり守るのが責任だから、「遊撃」は広く守るのが務めだと言う感じの守りに感心していたものである。当時、三塁線方向に上がったファールフライをフェンス際まで追いかけるのを見て、そちらはサードの守備範囲とみていた素人の誤解を見直したものである。
 サードに移った後、素人が見て驚いたのは、後継のショートストップがほんとにショートストップで、定位置のまわりしか守らないことだった。その上、守りがぎこちない。経験はそれなりにあったのだろうが、プロのショートストップのレベルに達していなかったのであろう。

 素人考えであるが、野手の善し悪しの物差しに「エラーの多い少ない」は当然あるだろうが、守備範囲の広さ、そして、その広い範囲を固く守ることにプロの技の見せ所があるように思うのである。
 名手鳥谷選手は、素人には、走者と送球が交錯する事態で目が霞んだかと思わせる凡プレーが出てショートストップを外されたように見えたが、通常の打球守備であれば、時に視力に障害が出ても問題なく守れたはずである。もっとも、さすがに、打撃には悪影響が出ていたのかも知れない。不調でも休めない連続試合出場の副作用とも見えた。いや、テレビ観戦していただけの素人の意見である。

 それ以外に、レフトが遠投できないとき、さりげなく何歩か近寄って負担を軽くするところがあったように見えたのである。但し、余り寄せすぎると、いたわられたレフトがプライドを傷つけられるから、次第に嫌われるのであるが仕方ないところである。

 と言うことで、本日は、狩野恵輔氏のさりげない発言で、随分目が拓けたのである。感謝感激である。

以上

2019年7月 1日 (月)

今日の躓き石 囲碁界の品格はどこに~毎日新聞囲碁・将棋スペシャル 現役「レジェンド」の悲喜劇

                2019/07/01
 今回の題材は、毎日新聞朝刊の囲碁・将棋スペシャルの「国際シニア棋戦で優勝 レジェンド16人の頂点に」と題した記事である。

 どうも、囲碁界では、50才を過ぎるとレジェンドの冠を押しつけられるらしい。ベテラン、シニアの呼び方でも、当人は不満のはずが、これではたまったものではないだろう。50で「レジェンド」の茨の冠を戴き「過去の人」になって現役から外れたら、60、70、80、90と続く「余生」をどう生きれば良いのだろうかと、皆さんお困りと思うのである。60才は、まだまだ洟ったれではないのだろうか。
 当方は、原語である英語の伝統的な用法などで判断するから、レジェンドとは、少なくとも、現役を退いた偉人を思うのである。場合によっては、骨董品である。
 これに対して、大会出場棋士は、うろ覚えの囲碁素人から見ても、各国の錚錚たるベテラン勢であるが、たまたまタイトル戦まで勝ち残っていないので報道されないというだけで、第一戦を退いてはいないバリバリの現役と見えるのである。
 思うに、囲碁界は、本当に末長く現役棋士を続けられるから、初老まで続けられないスポーツ選手どころか、お隣の将棋界では中々現役にとどまれない古稀クラスも、立派な現役であるから、囲碁界には、引退宣言しない限り、レジェンドはいないはずである。

 それにしても、大会に参加した中韓台の各国・地域の諸棋士には、確かに、往年の日本囲碁界で大活躍した名棋士も沢山いらっしゃるのだがそうでない方もいらっしゃるので、昭和の囲碁界、つまり、「日本囲碁界の1925ー1988年まで」を牽引したというのが、ふさわしいかどうか疑問なのである。素人目に一応見分けの付く王立誠、王銘琬の両名手は、平成、さらには二十一世紀の人に見えるのだが、どうして、昭和の人なのだろうか。このあたり、随分軽率な言い回しに思えるのである。

 いや、言いたいことは簡単である。なぜ、囲碁界のように知性と伝統を重んじる世界に、年齢勘定の基準が違えば経験者への尊敬の払い方も異なるスポーツ界の悪習が、こうもやすやすと伝染するのかということである。
 品格保持の基準は簡単である。異世界の得体の知れないカタカナ語は、20年経って、言葉の検疫がすんでから見習っても遅くないのである。その頃になっても、皆さんは、まだまだ現役バリバリのはずなのである。

 今回の記事の筆者は、若い頃から高名な名手であると共に、経験学識の豊富な方なので、以上の意見を読んでいただいたら、別の表現にしていただけると思うのである。少なくとも、大事な紙面に、誤解を招く不出来な用語があることは、毎日新聞にとって、不名誉だと理解いただけると信じるからである。。

以上

今日の躓き石 毎日新聞 なるほドリ「古墳って何」の怪

                                     2019/07/01
 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版「特集面」の片隅の囲み記事です。『なるほドリ「古墳って何」』なる記事の役目は、一般読者の疑問を解き明かしてくれようとするものなのでしょうが、読むにつれ、どんどん疑問が湧いてくるのです。

*古墳って何?
 まずは、三世紀半ば頃から「古墳」造りが始まったと言いますが、今回話題になっている「古墳群」の古墳は、そのような曖昧なものではなく、石積みで足元を堅固にした上で土を積み上げたものであり、ただただ土を積み上げたのでは、雨の降るたびに崩れて、「高く、大きく、目立つ」物にはならなかったはずです。そのようなきっちりした古墳は、いつ始まったのか、問い直したいところです。

*ゆるやかな造成
 次に、四百年にわたって作り続けられたと言うからには、よほど計画的に進められたに違いなく、当然、生前、それも、王位に就く早々に造成を始めて、長い年月掛けて徐々に造成したはずですが、どうでしょうか。
 つまり、「死者」などではなく、被葬予定者のために、その力の大きさ、それも、おそらく想定の大きさによって決めた、それとも、被葬予定者自身の指定によって決めた、と見るべきでしょう。

*統一、それともバラバラ
 一旦、規模や形は、被葬者の力などで決まると明言しながら、どのように決まるかの説明はなく、おそらく、大きさが決まるのだろうと「なるほど」させておいて、記事の見出しでは「規模、形さまざま」としたままで、巨大なものが沢山あり、このあたりに政治連合が有ったとか、そのトップの力に相応しい規模というものの、地域外に、同程度に巨大な古墳があることも説明に困るのではないでしょうか。
 結局元に戻って、「古墳群」の古墳は、当時強い支配力を持っていた支配者が、自身の偉大さを広く示し、天下を太平にするために、大変長い期間を掛けてゆっくり築き、死後、そこに葬られたものと言うべきでしょう。その間、食糧を供給し続ければ、弱者救済、民生の安定化、そして、反乱の予防策になるのです。それこそ、「仁徳」に相応しい偉業でしょう。

*権力でなく、知性の産物
 因みに、主たる記事には、古墳の造成に要した労力を試算して、それほどの動員力があったことをその権力に求めていますが、おそらく、経済力の勘違いでしょう。
 長期間にわたる工事の長期間のいろいろな方面に及ぶ計画を策定し、着実に実行し、それでも、住民の生活を維持したところに、支配者の偉大さを見るのです。大量の労働者が、食に飢え労苦に疲労しきったとしたら、いくら鞭を振るっても造成は進まないのです。四百年維持されたということは、適切な計画を立て、適切に運用した知性を評価すべきなのです。

以上

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