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2019年7月

2019年7月31日 (水)

今日の躓き石 耳障りなNHK BS1 MLB中継の現役「レジェンド」乱用

                          2019/07/31

 今回の題材は、NHK BS1のMLB(米大リーグ)中継の現役「レジェンド」乱用である。

 世間では、新来のカタカナ語「レジェンド」が、どんどん蔓延して古参選手にまで及んでいるが、NHKのアナウンサーが、それに加担して現役選手に「レジェンド」の烙印を押しているのは、まことに聞き苦しい。本来のlegendの語義で言うと、これは、引退して殿堂入りした、いや、しそうな老選手を指すものと感じることが多いのではないか。功績は偉大で語り継がれるが、もはや実戦力でない「骨董品」がまだ生きているという趣旨を込めているとしたら、大変失礼ではないか。

 高額の受信料を取って送信しているのだから、安直に悪乗りして、あっけらかんと問題発言を繰り返す前に、よくよく、よくよく吟味して欲しいものである。

 視聴者がNHKに期待しているのは、言葉のお手本であって、言葉の壊し屋ではないと信ずる

以上

 

 

2019年7月24日 (水)

新・私の本棚 番外 「今どきの歴史」 2019/07 不思議な視点と視覚 3/3

 私の見立て★★★★☆               2019/07/24

■■「東アジア最辺境」の悲劇
 ここで、東アジア最辺境と、時代錯誤の錯辞が出て来ます。
 当時、「アジア」を認識していたものはいないから「東アジア」は錯辞であり、最辺境と言うには、中心、周辺、辺境、最辺境の階層が前提と思われますが、何も説明もないので不可解なだけです。論者の「生徒」は知っていても、一般読者には耳慣れない呪文で、記者が絵解きしなければ、論者の意図が伝わらないのです。報道の者の責務ではないかと考えるものです。

*結語の美
 論者は、記者の前振りに続いて、結語に入ります。

 「文字が本格的に使われておらず」とは、墳丘墓被葬者の視点でしょうか。一瞬戸惑います。

 論者の言い分で大変もっともなのは、後世人の浅知恵で「合理性」を難詰するのは時代錯誤の錯辞であり、当時の関係者は、時代なり、統治者なりの合理性の最大限の発露として墳丘墓を築いたとの卓見です。

 当時、文字がなかったので中国文化圏の事象として「文化」と呼ぶのは不出来ですが、墳丘墓に表現された当時の為政者の理念は、現代語で言う「世界」に誇りうる「文化」というのが論者の結論であり、圏外情報の素人くさい前振りで、論者の知性を疑われるような愚は避け、ご自身の錚錚たる学識の核心を披露いただければ、これ以上の知の饗宴は無いと思うのです。

*急転の没落
 いや、折角の結語で、東アジア全体の墳丘墓制が、世界に類のない遺産であると言いながら、全世界を足蹴にするように「人類が二度と持つことのない文化」などと、今後の人類文化の展開に呪いをかける言葉を吐き捨てていて、椅子からずり落ちるのです。ご両人とも、気は確かですか。

 
続く記者コメントは、論者の負の遺産を背負って、反知性的な夜郎自大放言で、論者の論考の足を引っ張るのです。

 古代人は、古代人の知りうる世界情報をもとに、最善、最高の合理的事業を行ったのであり、現代人にも知り得ない残る全世界の賞賛を押しのけないものであって欲しいのです。

*まとめ
 論者の展開した論考は、「日本考古学」の圏外から、論拠不明の憶測を述べて、学術的に無法、一般読者に対し、誤解を与えるものになっています。
 記者は、論者の展開した論考を、十分咀嚼できないままに、自身の未熟な知性、語彙をなすりつけて、贔屓の引き倒しになっています。

 折角、適確な結語に到着していながら、論者が、夜郎自大な感慨を吐露したのは大変勿体ないところで、記者が大人の分別で適確に舵取りしなかったのが惜しまれます。

 港に入って船を割るのは、水先案内人の不手際です。

*蛇足
 風評の類いですが、巨大墳丘墓は、権力者が圧政を敷き、「奴隷同然の強制労働」を課して次々に完工したとの見方が囁かれています。論者は、当時の権力者に妥当な合理性があってこれだけの大工事を成し遂げたと弁護していますが、多少の弁明になったとしても、強制労働では無かったとするには、労働の対価としてどのような褒賞、アメを与えたかが問われるでしょう。
 考古学者は、必ずしも当時の権力者の合理性を弁護する必要は無いでしょうが、世界遺産に登録する上では、黒い疑惑は糺す必要があるように思えるのです。「いたすけ」古墳が、公然と、益体もない現代遺物であるコンクリ橋を、世界遺産の保存対象にしているのと並ぶ「汚点」でしょう。

                                 完

新・私の本棚 番外 「今どきの歴史」 2019/07 不思議な視点と視覚 2/3

 私の見立て★★★★☆               2019/07/24

*墳丘墓巨大化術の楽観と達観
 論者は、大規模な墳丘墓は在来の封土、土饅頭を大きくしただけだから、在来技術の延長線で施工できたとあっけらかんとおっしゃいますが暢気すぎます。

 二㍍の墓は近所の寄り合いでできても、二十㍍の墓を地区全体で、大勢でよってたかって作るには、縄張りやら線引きやら、工学的な指図が必要です。親方一人で仕切れず専門集団が必要です。

 二百㍍の墓は、それこそ、近郷近在以遠を駆り立てて数年にわたる大事業で、高度な政治的指導力が必須です。高度な理数概念を駆使した本格的技術集団が必要です。とても、とても、素人の成り上がりではこなせません。長年にわたって集団を維持するためには、世襲工人集団となります。

 「土は盛りやすい」と楽天的ですが、盛りやすいと崩れやすいのです。墳丘墓が巨大化すれば災害も巨大化し、とても、素人にはできないのです。

*拡大の算術解
 規模が拡大すれば、どこかで、単純な拡大主義は、大きく破綻します。
 二十㍍墳丘墓は二㍍の十倍でなく、資材所要量は、一千倍に上ります。

 二百㍍墳丘墓の資材所要量は、二㍍の百万倍に上ります。資材所要量と所要労働力は、ほぼ比例関係であり、資材と労働力が大幅に増大すると、工事現場への輸送距離、人員の移動距離が、それにつれて急激に増大します。

 厖大な人員の宿舎が必要になり、食糧供給も厖大です。いくら生前着工の寿陵で、自身の采配で、計画的に十年は越える長期の巨大工事ができても、その間の国政は、維持しなければならないのです。かくして、為政者には超人的な行政手腕が求められたはずですが、各地で、代々受け継がれたという事は、それを支える職能集団が列島に采配を振るったという事のように思うのです。
 おそらく、文字教養どころか、理数教養まで備えた外来の集団が、当時の各地に「文化」を齎したものと思うのですが、歴博の日本考古学は、そのような考えをしないことにしているのでしょうか。文化は、人が言葉と行いで伝えるものであり、風に乗って漂い来るものではないのです。


 論者は、まさか古代史を坦々たる上り道のように見てはいないでしょうが、こう簡単に見ただけでも、凄まじい、険阻な先上がりが見えてきます。俗に右肩上がりと言いますが、自然界には、これほど上がる肩はないのです。

*不可解な階級指標
 次いで、当時、列島に「中国風」の絶対的な階層社会がなかったと認識しながら、広くゆるやかな階層構造があったとしていて、意図不明です。自認しているように、層は不連続で層間に仕切りが入ります。

 文書のない世界で、そのようなきめ細かい階層をどう規定し、運用していたのでしょうか。階層が一段上がれば墳丘墓の各部はどう変わり、どのように施行され、どのように測量したのでしょうか。
 歴博の日本考古学は、衛星軌道から地上を観察しているようですが、伝統的な考古学のように、地を這い、なめるようにして大地と対話して地道な考察をしないのでしょうか。

*見えない規模格差
 階層の具体像が不明なまま、そのような階層構造であったため、階層の規模を明確に視覚化するために、頂点たる「王墓」が巨大化したとしています。

 どうにもよくわからないのですが、冒頭に記者が指摘しているように、現代のビルから見下ろしても、王墓の形態や規模は正しく認識しがたいのです。当時、ある土地と別の土地の墳丘墓のどちらが、どれほど大きいのか、構造が どう違うのか、誰が認識したのでしょうか。墳丘墓施工で、どうやって、各部「設計寸法」をきめ、実際に確保したか、不明です。

*時代錯誤
 当時の国防を推定していますが、論者専門外の朝鮮半島で不思議な言動があります。「山域のネットワーク」とは、時代を超えてローカルエリアネットワークでも形成していたというのでしょうか。

*巨大化の動機付け
 「大きいことはいいことだ」的感情が巨大化を促しても、厖大な労力と資材で、身の程を知っていたと思わなければ、当時の人々の無分別を根拠なしに蔑視することになるのではないでしょうか。
 家畜の首の鈴が巨大銅鐸に、小振りな銅鏡が直径四十㌢の巨大鏡に化したと言いますが、銅鐸はとうに廃棄したはずで、時代錯誤のご都合主義と見えます。このような安直極まる、子供じみた類推をおもてに立てるのでは、折角の学術的展開を一気にぶち壊す蛇足です。
 続く「中国にはない」とは、文化を知らないものの「蕃習」という自嘲表現でしょうか。
                                未完

新・私の本棚 番外 「今どきの歴史」 2019/07 不思議な視点と視覚 1/3

 私の見立て★★★★☆               2019/07/24
百舌鳥・古市古墳群(大阪府) 「最辺境」社会の合理性

□総評
 今回の題材は、国立歴史民俗博物館松木武彦教授(日本考古学)(以下、歴博、論者との略称ご免)のご高説の紹介らしいのですが、記者の史観が混じり込んでいるか不明なので、見当違いな批判があればお詫びする次第です。

*全知全能幻想か
 論者の専門は国内考古学で、普通、(日本)列島内遺跡、遺物に関するご高説と思いましたが、堂々と「世界史的激動」であり、圏外かと危惧します。

 記者の言葉ですが、「当時、寒冷化で地球環境が悪化し、世界的にも大転換期だった」と時代錯誤の神がかりが述べられ、失礼ながら、「当時」の列島内遺跡、遺物にどう露呈しているか不思議です。論者の提言かどうかは別としても、とんでもない空想がかたられているという印象を禁じ得ません。

 素人目には、法螺はほどほどにしないと信用をなくすと言いたいのです。

□誤解招く「世界」通観の書き出し
 そのあと、豪快に世界史通観ですが、首を傾げっぱなしです。論者が博識を披瀝しても、説明は概してずさんで、日本考古学には的外れでしょう。世界的と大風呂敷を広げたものの、南北アメリカ、アフリカ、そして、インド亜大陸には何も触れていません。言わずもがなで不可解です。

 そのあと、東夷が漢墓制を真似たと急に重箱隅になり不首尾です。「漢」でも大規模墳墓に豪華副葬品を収めた皇帝もあれば、文帝のように薄葬を命じた皇帝もいます。漢を中原政権と捉えるなら、魏創業者曹操が後漢皇帝墓の盗掘を目撃したことから薄葬を遺命による国是とし、東夷が真似ようにも墓所は秘匿されたのです。

 いやはや、杜撰のてんこ盛りです。言わない方が良い余談です。

*世界崩壊の津波の余波
 「秩序が崩れて集団間の競争が激化しました」と無責任に言い放つのですが、どの世界、いつの話で、それは、どのような遺跡、遺物で立証されるのでしょうか。それとも、ただのほら話、「冗談」なのでしょうか。

 論者は、神がかりの筆致で、当時、つまり、紀元四世紀あたりの世界を描写し、それが、列島に影響を及ぼしたと言いますが、列島の地域支配者がヨーロッパ状勢は論外として、中原墓制の変化を知り得たか不思議です。

*余波、列島に及ぶ、か
 まして、列島に及んだ余波の結果、銅鐸が廃棄されたというのも、意味不明です。何か、廃棄儀式の能書きでも発掘されたのでしょうか。

*破格の論議
 「劇的」な変化が連続しておこったとは、世にも不思議な言い回しで、「大状況」も、「状況」の意義を錯誤の上に、何を大と言うのか不可解です。

*ご冗談でしょう
 全体として、「ご冗談でしょう」です。脈絡のないほら話は、逆効果です。記者は納得したのでしょうが、歴博の日本考古学とは、根拠も何もないまま、素手でこのような夢想を紡ぎ上げるのが専門なのかと言いたいところです。

■■解答なき問題
 ここで、読者に問題が投げつけられ、意味不明で解答がないのです。

 「世界」が、現代語の全地球なのか、戦国時代の「天下」なのか、盆地世界に閉じ込められた井蛙の井戸の中なのか、意味が不明で、解答できません。

                                未完

2019年7月23日 (火)

今日の躓き石 お手本になって欲しいNHKBS1の「ハードル」解説

                   2019/07/23

 本日の題材は、NHKBS1のスケートボード選手の「五輪への道」と題する特番のアナウンサーのコメントである。

 あっけらかんと「高いハードル」と喋っているが、大変残念である。世間では、ハードルを意地悪な邪魔者とする「ハードルバッシング」が蔓延していて、時に、当ブログで苦言を呈するのだが、今回は、言葉の「お手本」として尊敬しているスポーツ担当の誤用なので深刻である。

 どんな意識で「言葉の護り人」の務めに取り組んでいるのか、お伺いしたいところである。いや、別に回答しろといじめているわけではない。言葉のあやである。

 素人考えでも、スケートボードは「ハードル」を飛び越えるのを競う競技ではないので、「高いハードル」は、何とも的外れでまずい比喩である。とても、プロ中のプロであるNHKアナウンサーのことばとは思えない。準備不足だったのだろうか。

 これを機会に、一度、「ハードルバッシング」の害についてご一考いただければ幸いである。

以上

2019年7月20日 (土)

今日の躓き石 大失言「われわれのハードル」に見るNHKアナウンサーの混乱した言語世界 

                        2019/07/20

 今回の題材は、NHK BS1のMLB中継であるが、タイトルは厳しく見えるが、記事見出しの常で、別に個人的な批判ではない。世にはびこる誤解を言い立てるものである。

 それにしても、8回終了時まで完全試合を進めていた投手が、9回先頭打者に安打を打たれた後、アナウンサーがポロリとこぼしたのが、「われわれのハードル」なる失言であるが、NHKのアナウンサー(アナ)は、全ての事態を想定していて、つまらない失言はしないとする見方が、大きく転けたのである。失礼ながら「猿も木から落ちる」と思わせる。夢は叶うものと決め込んで、達成時のコメントだけを考えていたのだろうか。

 本題に戻ると、どうも、アナが投手に対して、完全試合達成という苛酷な「ハードル 」を課していたという主旨のようだが、随分的外れなように思う。別に、投手は、アナの与えた課題に抗して戦っていたわけではない。また、そのような課題を「ハードル」と呼ぶのは、慣用表現を外れている。通常、保守的な社会が挑戦者に与える「壁」を、誤って「ハードル」と呼んでいるが、今回は、そんな大げさな話ではないはずである。

 「ハードル」と言われて誰もが思いつく陸上競技の種目では、一定の高さのハードルが一定の場所に置かれていて、それは、突破するものでなく、飛び越えるものなのである。だから、突き当たれば易々と向こうに倒れるし、飛び越え損なって押し倒しても罰則はない。ただ、それでは競争に遅れるから飛び越えると言うだけである。

 今回の失言は、別に大したことないように見えるが、実は、アナの思わず漏らしたつまらない言葉が、実世界に蔓延している大きな勘違いを一人前に備えているという不都合が見えてくる。ちょっとした躓き石をほじくると、大地の下に岩盤ができているように思えるのである。

以上

2019年7月14日 (日)

今日の躓き石 NHK GでBS1 MLB中継告知の罵声「リベンジ」を浴びせられる菊池/大谷両選手に同情

                          2019/07/14

 本日の題材は、NHK G(総合)の八時の大河直前に流されたBS1 MLB中継告知で、リベンジと言い立てるのを聞いて、ずっこけてしまった。公共放送でこんなことを言うやつは最低である。NHKだからでもないだろうが、悪い言葉程子供がマネするのである。まさか、潜入してNHKの評価を地に落とす破壊工作しているのではないだろうが。

 何が悲しくて、MLBで同窓の先輩後輩が投打対決するのに、「リベンジ」などと血塗られた汚い言葉を使うのだろうか。今回の用法は、もう一丁で無く、血塗られた復習、仕返しである。どこか、頭のネジが外れているのでは無いか。当人たちが聞いたらどう思うだろうか。

 菊池投手は、大谷選手にホームランを打たれたことを根に持って、一発ぶつけて恨みを晴らそうと思っているのだろうか。
 大谷選手は、一塁側にセーフティーバントして、ベースカバーの菊池投手の足にフックスライディングして恨みを晴らそうと思っているのだろうか。
 一般の視聴者が、そんなことを聞いて喜ぶと思っているのだろうか。本当に、本当に困ったものである。

 明日早朝の中継を番組告知するにしても、他に言うことはないのだろうか。せめて、頭のネジを全部締め直してもらって、「再発防止」してもらいたいのである。治療とまでは言わないが、「リベンジマニア」として、広く世界に恥をさらすのは両選手なのであるから、何とか周りの人が止めて欲しいのである。

以上

今日の躓き石 将棋界の「オールラウンドプレーヤー」について

                          2019/07/14

 今回の題材は、NHK Eテレの将棋トーナメントの解説者の口ごもりである。
 両対局者が「オールラウンドプレーヤー」で戦型予想が難しいと連発していたが、いかにも、芸のない言い方である。事前に対局者名は知れていたし、棋風は承知していて、紹介文句を練っていたろうから、こんな長たらしい、意味不明なカタカナ言葉を口ごもるくらいなら、誰でもわかるように、「どんな戦型でも得意として指しこなすので穴がない」とでも言えば、聞きやすかったと思うのである。

 そもそも、「オールラウンドプレーヤー」というのは、バスケットボールのようなチーム競技で、チーム構成、攻撃と防御の陣立てを考えるとき、攻撃、防御の両方に水準以上に対応できる万能プレーヤーを指して、チームにとって便利な「オールラウンドプレーヤー」と称したように思うのである。かたや、MLB、つまり野球界では、よその真似をせずに、極端な場合には内外野を問わず、どこでも守れる多機能選手を「ユーティリティープレーヤー」と呼んでいるようである。

 いずれも、「将棋の齣」の形容である。チームプレーヤー個人の性格、特性を語るものであるから、個人で陣立てし個人で戦う将棋棋士には、ふさわしくない形容に思うのである。

 是非、業界として、もう一度じっくり吟味して、適正な言葉遣いを検討戴きたいものである。
 観戦記者を含めて、凡そ記者は、メディアで生活を維持するために、珍奇な言い回しを、拾い食いのように見境なく取り込むものであり、しばしば、勘違いして暴言を発揮するものである。頭から信用してはいけない。

 まして、「オールラウンダー」などと、NHKが止めるようなきたない言葉は、日常使わないようにしてもらいたいのである。世界の頂点に立つプロ棋士は、世界の頂点の品位で言葉を選んで頂きたいものである。

以上

 

 

 

今日の躓き石 絶えないアマ球界の恥さらしな発言報道 毎日新聞の都市対抗野球報道に疑問

                                2019/07/14

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版スポーツ面の第九十回都市対抗野球開幕戦の報道である。輝かしかるべき記事が、泥を塗られているのは、何とも残念である。

 「エースへ一歩 雪辱の白星」の見出しが、既に不出来である。投手は、勝手に試合を一人で背負い込んで、勝った負けたと力む傾向があるが、ここでは、折角の晴れ舞台が、個人の復讐の場に堕している。そして、それを堂々と報道する毎日新聞の姿勢は、大きな疑問を呈している。

 そして、念を押すように、記事のトップに選手自身の「3年前のリベンジ」なる血なまぐさい発言が出て来るから、これは本音だったのだろうが、ここには大きな考え違いがある。全社を挙げて戦っているのは、スポーツマンシップにのっとった潔い勝負ではないのだろうか
 チーム内で、選手に罵声を浴びていたかと懸念されるが、それは、旧時代の因習を思わせる困ったチーム伝統ではないか。但し、この血祭り発言で名が残るのは選手一人と報道した署名記者であって、ここまで追い込んだ指導者たちではない。不公平なものである。

 それにしても、出場チーム全体で、優勝チーム以外は、全て敗退するのである。そうした敗者達が、屈辱と恨みを抱いて、うらめしく復讐を誓うようなことで、広く一般ファンの声援を集められるのだろうか。

 続いて、チームは3年前の試合で、初出場の相手チームに初勝利を献上したと罵倒されているのである。相手チームにしたら、3年前負けてやったから、今回はのしを付けて返すのが当然だ、と言われているようなものである。都市対抗野球では、初出場の相手チームにご祝儀を渡して、後年取り返す習慣があるのだろうか。チームの発言として不明瞭この上ない。

 都市対抗野球は、アマチュア球界の最高峰であり続けている至高の大会であるが、毎日新聞は、自身の主催する大会に、どうして暗雲を投げかけるような忌まわしい報道を掲載するのだろうか。

 因みに、同記事の本文は、同投手が、自身の失敗の原因を探り、投球フォームの改善などで、着実な研鑽を積んだのが、幸運にも今回の好結果巣に繋がったと示しているまだ悪い癖が直っていないと悪口を叩かれつつ、ここで主役となった投手の成長と勝利を示す記事には、それで十分ではないだろうか。それとも、何年か後には、今回斬られ役にとどまった相手チームの血の復讐、リベンジを記事のネタにするのだろうか。永遠に続く血なまぐさい復讐の連鎖なのだろうか。

 つくづく、「悪癖は治らない」(ダイハード)と宣告しているような記事で、首を傾げるのである。

以上

2019年7月13日 (土)

新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  5/5

        汲古書院    1992/5
私の見立て ★★★★★ 不朽の金字塔 必読     2019/07/13 記

*写本改竄疑惑
 榎氏の精査の動機の一部は、氏の畢生の学説である魏志倭人伝行程記事後半の放射状経路が、所収魏志などで直線行程としか読めないように改変されている由来の解明でしょう。

 氏によれば、これもまた、北斉に先行する東魏とその前の北魏時代に、東晋、南朝諸国への東夷遣使の上申書などの示唆で、邪馬台国が畿内にあったとも読めるように補正したのではないかというものです。そうであれば、「邪馬台国」の国名自体、類書編纂時、意図的に取り込まれた改変かと思われますが、氏は、そこまで踏み込んではいないのです。まあ、掲載されたのが、「季刊邪馬台国」なので、邪馬台国後世付会説は、出てきにくかったはずです。

*倭国国号の発祥
 してみると、かつて「倭人」として威勢を誇った政権は、五世紀までに舞台を退き、新政権は、政権交代を表現して「倭国」と名乗ったかもしれないのです。

 氏は、魏志、後漢書共に「倭国」国号を記録していないのに対して、宋書以降、「倭国」を自称したと明記されているので、何か事情があったと見ているのです。そして、厳重に管理されている魏志原本は不可侵としても、類書編纂用に書写された通用写本は、随時手を加えて当時の常識に合わして改善され、先に述べた先行類書所収の魏志は、当時で言う「現代化」されていたと推定したのです。

 氏の推察は、所収魏志の先行類書由来部は、「倭国」国号と直行経路の影響を受けているのに対して、現行刊本、ないしは、所収魏志の御覧編集時の新規引用文は、倭国国号の影響を受けていないとことから来ています。

*魏志写本の継承
 御覧論客は、御覧が宋代編纂で南宋刊本に先行していることにこだわり、実は、さらに三世紀先行していることに気づいていないようです。

 陳寿原著は、劉宋期の裴松之に精査、付注されましたが(429)、三国志上程以来、晋に続いて、劉宋でも貴重史書として保護されていたとわかります。

 裴注付注本の上程以後、裴注のない原三国志は、保護の対象から除外され、早々に廃棄されたものと思われ、北斉、唐の類書の所収記事は、裴
注を含めて引用されている
ものです。

 念のため言うと、類書編集者は、当時の「古典書籍」を類書に所収する時は、当時の「現代人の常識」ですらすら読める記事としたのであり、正史管理者が、古典書籍を原型継承を必然としていたのとは使命感が異なるのです。
 類書編集者の引用文に、厳密な正確さを求めるのは見当違いと言えます。

 正史管理者が組織的に正史原本に改竄を行うことは、断然あり得ないとしても、類書編纂者は、むしろ、古典書籍の改善に努めて美しく改訂したのです。いわば、美文家范曄の輩(ともがら)であったのです。

*しめくくり
 当記事は、榎氏の論考のうち、太平御覧所収魏志の資料批判を行ったものであり、世上流布している浅慮とも思える速断の議論を、是非見直していただきたいものです。
                                完

新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  4/5

        汲古書院    1992/5
私の見立て ★★★★★ 不朽の金字塔 必読     2019/07/13 記

*人海戦術の盗写事件
 いや、大部の類書写本の売り込みを受けた蔵書家が、一式借り受けた上で、一日一夜にして人海戦術で全巻を書写してしまい、翌日、不要と返却したなどと、荒っぽい挿話が伝わっているのです。
 大量の書写を即席でやっつけるためには、周辺に、そこそこの写本工がいなければならず、筆墨硯はともかく、常用の長巻紙とは言え、用紙の潤沢さにも恐れ入るのです。
 また、書き物机がある程度なければ、かなりの人数はほとんど腹ばいで書き写すことになります。夜を徹してとなれば、大量の明かりが必要です。要するに、安直な盗用とは言えないのです。恐らく、愛書家の財源のかなりの部分は、蔵書の複写、販売で得ていて、世評の高い愛書家のもとには、高価な大作の売り込みがあったのでしょう。

 ちなみに、かかる大がかりな盗写は、到底秘密を保てないので、やがて世間の知る所となったでしょうが、告発されたと書いていないので、ある程度常態化していたのでしょう。

*翰苑由来の推定
 三国志の史料批判に関係なさそうな挿話を掘り下げたのは、麗筆ながら乱調という様相を示している「翰苑」断簡を想起したからです。

 恐らく、一部に粗忽な書写が施された部分が混じった写本を購入したかと思われます。破格の写本を書き継いで、格式が乱れ誤字山積したものを、美麗忠実に書き写したと考えれば筋が通るのです。別断簡では、薬草目録記事が残っていて、この部分は、緻密な校正を経た書写と見られるのです。

 「翰苑」断簡の史料信頼性は、そのような考察を必要とするのです。

*泥縄写本の推定
 この挿話で、類書一式の写本が、莫大な金銀を対価としながら、ある程度の需要が見込め、各地の蔵書家に売り込むのが商売として成り立ったことがわかるのです。商売が成り立つには、練達の写本工が大量に必要ですが、お抱え以外に出入りの遊軍がいたようです。用紙代や写本工給金の先行投資で大量の資金を要するので全員お抱えでなくても不思議でないのです。

*草書写本の推定
 いくら人海戦術でも、楷書体では到底無理で、草書風の走り書きと見られます。誤字、脱字は甚大で、またもやの人海戦術で校正し、原文を復元したのでしょう。大部の写本はとてつもなく高価で得がたいものなのです。
 帝室書庫の貴重書の写本は、所要時間を半ば度外視して、確実に校正されたものであり、そうした荒技と無縁であったことは言うまでもないのです。現存刊本各種に、取り立てて言い立てる程の記事異同がないのは、正史写本の、信じがたい程の正確さを思わせるのです。

*校訂の反映
 榎氏は、こうした経緯を考察しつつ、御覧所収の魏志、「所収魏志」の由来に細心の注意を払い、そこに取り込まれた「倭国」国号は五世紀起源と思われることに基づき、六世紀以降の書写の際に混入したとの仮説に至ったのです。また、所収魏志の魏志本体と裴注のつながり具合が、書写原本の形態を思わせるとしている。なお、御覧新規書写は、適正に行われているようです。

                               未完

新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  3/5

        汲古書院    1992/5
私の見立て ★★★★★ 不朽の金字塔 必読     2019/07/13 記

*唐から宋へ
 以上のように、三国志上程以来、長い戦乱と分裂の時代を歴て、唐帝国が三百年になんなんとする、盤石の大帝国を築き、周辺の諸蕃の世界を文明の光で啓発した中国文明の黄金時代が来たのですが、一旦、反乱の的となって滅び、暫しの乱世を歴て、文治を根本として宋が全国を統一したのです。

*太平御覧
 と言うことで、太平御覧編纂に到るのですが、唐代と事情が異なるのは、文治主義の宋は、軍備に大量に投入されていた国費を、官僚の俸給を格段に手厚くするなど、官民打ち揃っての文化活動、経済活動の振興に注ぎ、また、首都を、城郭都市である洛陽から、開放的な開封に移し他のに加えて、国都の機能を分割することにより、各都市の興隆を促したのです。

 ついには、各地方の有力者に、経書、史書の規範刊本を供給し、粗悪な写本の駆逐を図ったのです。

 全て、平和のためには蛮人に兄事し、莫大な償金を払う、つまり、平和を金で買うことを恥としない文治思想の表れであり、一時代を画すものでしたが、永久政権では無かったのは言うまでもありません。

 以上、文化的背景の推察を踏まえながら、三国志の編纂、上程以来の、中国情勢を通観し、太平御覧と先行類書の編纂背景を見渡そうとしたものです。別に、権威のある学術的意見ではなく、参考にしていただければ幸いです。

*古代から中世に 紙の作る歴史 余談
 国内の安定化は、商業活動の振興につながり、各地に富裕層を輩出させ、富裕層が蔵書家となったこともあって、写本は、経書需要に加えて、一大産業となり、それを支える、用紙産業も確立したのです。

 印刷事業は、元々、生活必需品である暦の量産に発したものであり、ついには、市のチラシのようなものが出回ったらしいのです。要は、版画のような一枚刷りに発しているのです。

 写本時代、書物は巻物形式だったのです。綴じ本には、定寸の単葉紙が大量に必要です。しかも、一冊の冊子であれば、厚さ、肌合い、色合いの統一が求められ、工業的な大量生産が必要なのです。印刷本時代になるには、後漢以来の製紙工房が長年を歴て大量生産工場となり、量産体制ができたと言うことであり、併せて、故紙、反古の回収、再生も繁盛したと言うことです。

 それ以外にも、経理台帳、戸籍、役所記録なども、急増したでしょう。特に、戸籍は、定期的な更新ごとに大量の用紙を消費したでしょう。
 何事も、需要の拡大は、価格低下、さらなる需要の拡大を呼ぶのです。唐代に、中国の古代は終焉し、中世が開始したと言われるゆえんです。

*類書考察
 本論に戻ると、類書は、編纂過程の編集力に限界があり、なべて高品質とは行かなかったのです。大量の記事を書くためには、玉石混淆の人材を動員、激しい督促を行ったと想像されるので、記事の信頼性は求め得ないのです。

 その上に、先行類書が三世紀余り継承された過程の信頼性も当てにならないのです。正史は、経書、仏典同様に、厳格な手順で、確実に写本されたとしても、類書は世俗のものでぞんざいに扱われた可能性があるのです。

                               未完

新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  2/5

   汲古書院    1992/5
  私の見立て ★★★★★ 不朽の金字塔 必読     2019/07/13 記 2020/03/15 補充

*歪んだ三国鼎立図式 個人的余談
 かくして、南朝陳と北朝斉(北斉)、周(北周)の三国鼎立と言っても、長安を中心とした関中と南方の蜀を版図とした西の大国周(北周)が巨大で、不均衡、つまり、不安定でした。

*北斉国情概観亡国の暗君
 その後、時代は急転し、斉は、暗君失政により、『修文殿御覧』直後のCE 577に亡国となりました。
 まずは、重鎮斛律光(CE 515-572)を粛正して、斉は中原の覇者であり蛮勇を捨てたと宣言し、次いで、舞楽蘭陵王で知られる英雄であり、国軍の支柱であった従兄高長恭(CE 541-573)に賜毒し、軍の両翼を自らもぎ取る愚行では、周に対抗できるはずは無く、程なく斉は亡んだのです。

 鼎立は、いまや、建康周辺に収縮した陳と残る大半を支配する周の二国対立に転じたものの、幼帝に継承された周は、重臣楊堅に国を奪われ、北朝は隋文帝楊堅による統一を得て、弱小国陳の討伐に向かったのです。
 隋文帝は、陳を滅ぼし全国統一した際に、膨大な南朝文物を悉く持ち去り、中国文明の正統である北朝天子に反逆した南朝歴代の墳墓を破壊し、三世紀近い東晋南北朝諸国の墓は残っていないといいます。

 少し時代を戻すと、内外紛争の絶えない時世の斉の文化事業は、恐らく、漢人官僚の雄図とみて敬意を払いますが、後の統一王朝隋、唐のそれに比べて、国力が大いに劣り、人材も遠く及ばなかったと思われます。

*西晋国と亡命流亡道草
 振り返ると、西晋(CE 265-316)の滅亡時、北部の異民族が大挙侵入した際に、帝都洛陽の官人、つまり、当時最高の教養人、芸術家、さらには、職人の多くは、あるいは逃亡し、あるいは略奪を恐れて身を隠し、中原が、魏、つまり、後魏ないしは北魏の支配下で安定し、中原国家への移行を望んだ北魏の中華文化振興策がこれらの隠れた文化人を呼び戻すまで、中華文明は、専ら東晋(CE 317-420)、および継承した歴代の南朝諸国に委ねられたのです。

*余談~百済祢軍墓誌由来
 西晋滅亡時、漢蛮関係を主管した鴻臚官人等が、親交のあった百済の勧誘を受け山東半島経由で渡海亡命したようです。見事な墓誌で知られる百済禰軍一族は、その際亡命、移住して、代々百済王の幕僚として重責にあり、南朝歴代との濃密な交流を進め、中華文明の導入を支えたようです。

 あくまで、個人的夢想ですが、帯方郡時代に韓国以南で敷かれていたと思われる「短里制」を廃し、再測量、土地台帳更新を歴て普通里、つまり周里制として、中国の制度に帰した大事業が行われたとすると、中核となって推進したのは、亡命西晋高官の働きと思えるのです。
 とかく、感情的な反発が懸念される話題ですが、所詮「夢想」ですから、反論されると困るので、感想にとどめて戴ければ幸いです。

 時を経て、唐の百済討伐の時、禰軍は、唐の要請に応じて中原に復帰し、百済国王に降伏を求める軍使となったようです。
 このように百済平定の国業に尽力した禰軍を顕彰する墓碑には、古典書籍に依拠した厳選の麗句を連ねた美文が綴られたはずであり、知る人もなく、また、先立つ用例がないことから素性不明の「日本」国号が書かれるはずはないと見るのです。

 そこで、「日本」の二字並びを一語と読むのは錯覚であり、墓碑を正確に読み取れば「日本」は消え失せるのでは無いかというのが、別記事の主題です。いや、本記事に於いては、やや道草ですが、大事なことなので再録します。

*唐代 『芸文類聚』『文思博要』の背景
 西晋瓦解(CE 316)以来三世紀近い分裂時代を経た天下は、隋(CE 581-618)に統一され、隋を継いだ唐(CE 618-907)が全国政権とするのです。

 赫々たる全国政権を確立した唐の諸皇帝は、帝都長安を文化活動の中心として、当代随一の教養人、芸術家、職人を招集し、散逸していた諸文献を集成し、中でも、世界帝国に相応しい二類書『芸文類聚』百巻(CE 622-624)、『文思博要』千二百巻(CE 641)を編纂したのです。多大な時間を投入した類書編纂事業を核として、永久政権の基盤作りをもくろんだのでしょう。

 宮崎市定氏によると、中国は唐に於いて古代から中世に進んだようで、このような有様は、まことに中世の開幕と呼ぶに相応しい堂々たるものです。
                               未完

新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  1/5

        汲古書院    1992/5
私の見立て ★★★★★ 不朽の金字塔 必読     2019/07/13 記

 本考察は、『「魏志」「倭人伝」とその周辺~テキストを検討する~』と題して、季刊「邪馬台国」第十五号~第四十一号(1983/3~1990/3)の二十二回にわたって連載され、当方も、最初、同誌バックナンバーの誌面で出会いましたが、結局、本書を古書購入したものです。

□太平御覧所収の魏志について
 今回検討したのは最終部分ですが、里程論の基礎として踏みしめました。

 同誌は、安本美典氏の編集のもと、学術誌としての編集方針が脈々と流れていて古代史に関する思案の基礎とできる記事が多く見られました。

 本稿では、氏の倭人伝テキストに関する考察の中から、掲題のごとく、太平御覧所収の魏志に関する考察を糧に、当方の考察を試みたものです。当方の浅慮によって、氏の高見を誤っていないことを望むものです。

*先行類書談義
 従来、太平御覧、「御覧」が北宋期(977-983)に新規制作された類書、百科全書的書籍と見て所収記事を批判しましたが、氏の幅広い調査によれば、実は、北朝の斉、北斉『修文殿御覧』三百六十巻(572)、唐『芸文類聚』百巻(622-624)、『文思博要』千二百巻(641)の三大先行資料を基本に編纂当時の諸資料を取り入れ、一千巻に及ぶ大部として完成させたとされています。

 つまり、御覧所収といっても、十世紀時点で、並行着手されていた刊本事業目的で集成された魏志の高級、帝室原本に近い魏志写本を直々参照したのではなく、三、四世紀先行する各類書が、手元の通用写本から引用した記事を孫引きしたのです。古ければ、信頼性が高い魏志を参照したと見がちですが、実際は、東寺参照した写本の信頼度と参照・引用の姿勢が不確かです。

 以下、各国展開は、出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』。

*北斉代 『修文殿御覧』の背景
 本類書編纂時(572)は、南北朝対立時代(439~589)も末期でした。

 南朝側は、梁(502-557)を創業し半世紀統治した武帝䔥衍が、北朝夷将侯景の亡命、帰順を不用意に帝国内部に取り込み、反乱勃発(548)して帝都建康は包囲陥落し、南朝代々の蔵書が焼失したと言われています。反乱は鎮圧されたものの帝国は形骸化して北朝に対して非勢で、最後の南朝、陳(557-589)は、長江の中上流を失い、大きく版図を減らしたのでした。

*北朝形勢 個人的余談
 『修文殿御覧』を編纂した斉、北斉(550-577)は、魏の旧都鄴を帝都として魏、東魏(534-550)を継いで中原東部を支配していましたが、土地柄から、後漢、西晋に至る旧都洛陽域の比較的豊富な史料と人材を起用できたようです。

 北朝の全容を見ると、南朝衰退に対して、北朝も百五十年続いた大国魏、北魏(386-534)の東西分裂によって、陣営内部の対立が激しかったのです。

 西方では、魏、西魏(535-556)を継いで、前漢以来の帝都長安から中原西部と旧蜀漢地域を支配した周、北周(557-581)は、周礼を尊重したとは言え、鮮卑制度も復活させ、皇帝を廃して天主をいただきましたが、国力としては、当時最大の大国でした。

                               未完

2019年7月12日 (金)

新・私の本棚 村山 智浩 コペテン! 邪馬台国 論理と常識の果てに 総評

               文芸社 二〇一八年一〇月刊    
私の見立て ★★★★☆ 力作 ほぼ必読 但し冗長 記 2019/07/12

□まずは総評
 全体として肯定的読後感ですが、賛成できない部分がとても多く、大波小波の不安定さが心配です。力説部は、言い方が感情的で論旨がぶれています。
 目次で見るに、章節の階層構造が崩れて錯綜としています。編集部が学術書のイロハを教えてないからであり、読者に徒労・消耗感が横溢しました。
 総じて、ご自身でのダメ出しが不足で、玉石混淆、土砂降り時々晴れ間の不穏な天候になっているのでしょうか。次作に期待するところです。

*目につく帯の乱調
 でかでかと侏儒国記事を摘発していますが、倭人伝二千文字(約を略す)解釈「一説」の欠点で説全体を指弾するのは学術的ではありません。どんな説にも欠点はあり、欠点を幾つあげても「一説」の評価に影響しないのです。
 題名の奇天烈さと共に、心ある読者の手が伸びない原因と見ます。もっとも、近年の倭人伝論は、大抵こうした行き方なので、特に非難すべきではないのでしょう。但し、読者に誤解されて損して、勿体ないですね、と言う事です。

*短里否定の重畳現象
 著者の論は、倭人伝里程で有力視されている「短里」に連動して常用尺の六分の一の「短尺」が通用していたはず、とする提案であり、言い換えると、論証の間に不確かな飛躍をしているので、不確かと見ざるを得ないのです。

*魏晋朝短里制ばなし
 中国史上の里制に関し、最も信頼すべき晋書「地理志」は、秦始皇帝が、周里(普通里)を全国に徹底し、それ以降の漢魏晋も、同一里制を施行したとしています。なぜ、同一かというと里制変更記事が、地理志にないからです。

 周制の一里三百歩は、耕作地の「畝」も巻き込んでいるので、「畝」を変えずに里を六分の一にする曲芸は不可能です。まして、そのような曲芸が実施されたのなら、晋書地理志が制度変更を記録しないわけがないのです。

 魏晋朝短里説は、魏朝で里制の中の「里」だけ短縮されたとのあり得ない説と断じられます。あったというなら、明確な証拠が必要です。

*地域里制の可能性
 普通里に関する周制が朝鮮半島に及んだ記録はないし、秦始皇帝の周制布告が「全国」くまなく、つまり、辺境である朝鮮半島まで徹底した記録はないので、地域里は、否定できないのです。
 普通里でない「地域里」が、記録にないままこの辺境で維持されていたとして、こちらは大太古以来ほぼ不変の常用尺度である「尺」とどう関係したかの記録もないのですが、計算の便で一尺二十五㌢(一㍍の四半分)、一里七十五㍍と仮定すると、七十五×四なので一里三百尺と明解です。憶測を論証してもしょうがない気もしますが、以上考えると、倭人伝が地域里を使用して書かれたとしても、「尺」は二十五㌢程度で代わらず、侏儒国民の身長も変わらないのです。朝鮮半島の土地が、どんな「畝」で測られていたかは、記録がないので不明です。

*当面の結論 本文は、別途審議します
 憶測は一段でも覚束ないのに、二段重ねると転けて当然でしょう。再版の機会があれば、帯は外した方がよいのです。

                                完

今日の躓き石 フレッシュ球宴に毎日新聞の汚れた祝福「リベンジ」

                    2019/07/12

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版スポーツ面の プロ野球フレッシュ球宴で、昨夏甲子園での「勝負」での「被弾」を奪三振で報復したという絵図にしたかったようであるが、プロ野球は、個人勝負でなく、チームの勝利が目的のはずである。しかも、結果は、ペナントレースではなく、球宴の場での一打席の三振に過ぎない。また、本番では、三打席三振させても、一発打たれたら「負け」のはずである。一打席の三振奪取で狙った目的「復讐」を果たしたとは、つくづく考えが浅いのであるが、まさか、その点を記事にしてさらし者にしたのではないだろう。。

 但し、この記事の「リベンジ」は、当人の発言ではなく、記者の創作のようであるが、それにしても、三振を取って「果たした」という以上、当世若者言葉の「も一丁」でなく、オヤジ言葉の「仕返し」の意味のようである。先輩からの教訓のつもりで、あえて「正しい」使い方を示したかも知れないが、意味不明のカタカナ言葉を聞きかじりで使うのは、悪いお手本であり毎日新聞の署名記事とも思えないので、ここに記事にした。

 ということで、どうも、この世界的にたちの悪い言葉は、全国紙の深層にしみこんでいるようである。困ったものである。

 子供達にババッチイ言葉を遺したいのならともかく、言葉を護る努力を怠らないで欲しいものである。

以上

 

新・私の本棚 番外 倭人伝道里論~参問周旋にとどめさす

                          2019/07/11
□始めに
 「とどめさす」というと、なにか血のにおいがするように受け止められるかも知れませんが、ここでは、ことの行き着くところです。
 京のわらべ唄「まるたけえびす」は、京の東西通りの名を北から南にうたい、最後、「くじょう とうじで とどめさす」「はいおしまい」です。
 つまり、長年の論争でいろいろ意見は出ましたが、ここで南の端なので、もうおしまいにしましょうと言いたいのです。まだおしまいにしたくない人は、北に戻って、町中でいろいろ言うのでしょうが、当方としては、ぼちぼち、おうちに帰りましょうよというのです。
 京のわらべ唄「いんでこだいもんじ」は、大文字の送り火がとぼったらお盆もおしまい、懐かしい思い出は向こうに帰ります、というものです。
 古いわらべ唄ですが、語り尽くしたらおしまいにしたいものです。

*参問、周旋 縮めて「参周」
 参周は、倭人伝旅程、道里がひとしきり語られて、侏儒国、裸国という最果ての国について語った後、締めくくるように、「參問倭地絕在海中洲㠀之上或絕或連周旋可五千餘里」と書かれたものです。

 つまり、倭人伝の主目的である「倭地」の旅程、道里を総括すると、倭地の始まりである狗邪韓国の海岸から、最終到達点である邪馬壹国まで、「順次訪ねた」所、「大変大雑把に言うと五千里」(可五千余里)だったと記しているものです。

 端的に言うと、末羅国以降の行程に、傍路の投馬国が里数無しで水行二十日と紛れ込んでいて末尾の総所要日数、水行十日と陸行一月も、とかく誤解されやすいため、あえて、倭地内の経路里数を追加して明記したのです。
 単なる重複記載は、陳寿として採用できないのですが、観点を変えた記事で、いわば、検算の機会を作っているので、大変高度な配慮と言えます。今日の読者は、いくらでも戻して読めるし、手元にメモ帳や計算機を置いているので、念が入りすぎていると褒める/貶すのでしょうが、当時は、行程といえども何も便利な手段がなく、数字に強い側近の手助けが必要になるので、まあ、不愉快になる可能性が高いのです。
 これを重複記事としか思えないと感じたら、是非、周辺の先輩の意見を聞いてほしいものです。全然別の記事だと言うでしょう。

 追加して明記しないと、高貴な「読者」から、わからんじゃないかと叱られるのを恐れたのですが、行程記事に手を入れる原史料介入を避けていてわかりやすさと原文尊重を両立させた陳寿の編纂姿勢を物語っています。(子供ではないので、好き嫌いで書いているのではないのです)

 ちなみに、過去色々論議されている参問周旋の意味ですが、共に日常使われる単語なのでさらりと読み取ればいいのです。

 ただし、このように読み解くことは、いわゆる、「伊都国以降直線行程説」を否定すると共に、邪馬壹国を伊都国のすぐ南にとどめてしまうので、「畿内説」論者や、非「福岡県」論者が、受け入れられないものと推定します。それが、陳寿の編纂意図ですから、なんとも仕方ない所です。
 先に書いたように、当方の本論は、ここらで「参周」論議にとどめを刺したいと言うだけで、畿内説」論者や、非「福岡県」論者は、別の論点で議論されたらいいと思うのです。一歩ずつでも、議論を前に進めたいのです。

*明快な表現
 ちなみに、陳寿は、海を渡って倭地に行くのは、大河(中国語で言う「水(すい)」)を渡るようなもので、途中に中州があって、向こう岸には陸地が続いていると、陸封された中原人読者の理解しやすい言い方としたのです。

                                以上

2019年7月 7日 (日)

今日の躓き石 大谷翔平の誕生日に忌まわしい呪い 「力勝負 剛腕にリベンジ」 毎日新聞/共同

                     2019/07/07

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版スポーツ面のMLB記事である。

 「大谷13号誕生日弾」なる見出しはどういうこともないのだが、でかでかと見出しにして「力勝負 剛腕にリベンジ」と大問題である。

 報道されている限り大谷翔平選手は、爽やかな快男児であり、MLBトップクラスの剛腕投手にひねられたとしても、恨みに思って仕返しを口にするはずは無いし、そんなこと、思いもしなかったはずである。
 ところが、この見出しを見る限り、やられたらやり返す、ぶっ殺してやるという感じで、本人にとってとんでもない男の勲章だろう。

 記事は、共同通信の配信だが、見出しまで共同通信の文責かどうかわからないので、連帯責任としておく。知る限り、共同通信は、このような無様な記事送りは見たこと無かったのである。まあ、いずれにしろ、ここは毎日新聞の紙面であるから、最終責任は、毎日新聞に帰着するのである。

 リベンジというカタカナ語は、大別して二通りの意味がはびこっているようだが、英語に戻ってみれば、血なまぐさい復讐である。大谷選手が、そのように報道されるような忌まわしい発言をしたとしても、子供達に真似されないために、このような問題発言を世間に拡散させないでおき、そして、当人に反省してもらうために、発言自体を伏せておくのが、報道陣の務めではないか。
 今回は、全国紙の栄えある紙面に随分派手に泥を塗ったのである。

 そして、MLB選手に関する記事だけに、誤解が現地にひろがることを危惧するものである。

 毎日新聞には、新聞の良心を守り、言葉を護る文書校閲は無いのだろうか。

以上

 

2019年7月 6日 (土)

今日の躓き石 垣間見るプロ球界の知恵~隠れた褒め言葉を知る

                                           2019/07/06

 当ブログでは。言葉咎めの回数が多いので、いつもあら探しているように感じられるかも知れないが、単に耳を傾けていて、耳障りな言葉遣いをほっとけないだけである。有効というところを「友好的」と言ったり、フォアボールと言うべきところを「ファーボール」などと言い飛ばしていると、つい、釘を刺したくなるのである。

 それはさておき、本日は、CSのGAORAで阪神戦を見ていて、狩野恵輔氏の解説に、久しぶりに花丸言葉を聞いたので、おおっぴらに褒めるのである。

 感心したのは、めっきり出番の少なくなった鳥谷敬選手を、「レジェンド」になりかけているが、まだ38才であるから、うまく調子を上げさせて「レジェンド」にしないようにすべきだと明言したことである。当方が、かねて主張しているように、「レジェンド」は、引退選手への優しい慰め言葉であり、活躍している間は、何才であろうとレジェンドではないことを指摘してくれたことである。
 
プロの世界では、頑張れとの励ましはいらないし、かわいそうだと気の毒がられるのも迷惑ということだろう。
 何しろ、大変な高給取りだから、ぶっ倒れるまで使い立てないと勿体ないと思うのは、当方の貧乏性のせいだろうか。球団経営者は、そう思ってみているのではないだろうか。

 因みに、そのあと、ショートストップの守備範囲に話が行っていたが、当方が、鳥谷選手の守備を見ていた頃、と言っても、ほんの数年前であるが、サードはベースをがっちり守るのが責任だから、「遊撃」は広く守るのが務めだと言う感じの守りに感心していたものである。当時、三塁線方向に上がったファールフライをフェンス際まで追いかけるのを見て、そちらはサードの守備範囲とみていた素人の誤解を見直したものである。
 サードに移った後、素人が見て驚いたのは、後継のショートストップがほんとにショートストップで、定位置のまわりしか守らないことだった。その上、守りがぎこちない。経験はそれなりにあったのだろうが、プロのショートストップのレベルに達していなかったのであろう。

 素人考えであるが、野手の善し悪しの物差しに「エラーの多い少ない」は当然あるだろうが、守備範囲の広さ、そして、その広い範囲を固く守ることにプロの技の見せ所があるように思うのである。
 名手鳥谷選手は、素人には、走者と送球が交錯する事態で目が霞んだかと思わせる凡プレーが出てショートストップを外されたように見えたが、通常の打球守備であれば、時に視力に障害が出ても問題なく守れたはずである。もっとも、さすがに、打撃には悪影響が出ていたのかも知れない。不調でも休めない連続試合出場の副作用とも見えた。いや、テレビ観戦していただけの素人の意見である。

 それ以外に、レフトが遠投できないとき、さりげなく何歩か近寄って負担を軽くするところがあったように見えたのである。但し、余り寄せすぎると、いたわられたレフトがプライドを傷つけられるから、次第に嫌われるのであるが仕方ないところである。

 と言うことで、本日は、狩野恵輔氏のさりげない発言で、随分目が拓けたのである。感謝感激である。

以上

新・私の本棚 番外 大阪府立弥生文化博物館 講演会の味わうべき弥生時代観

                     2019/07/06

 今回の題材は、毎日新聞大阪夕刊「夕刊ワイド」面の囲み記事である。

 大見出しに 異口同音「邪馬台国は畿内」とあって、何のことかとみたが、話題は、大阪府立弥生文化博物館(以下、弥生博)の館長代替わりの機会に、新旧館長が語り合う講演会が開かれたとの報道であった。

 失礼を承知で言うと、弥生博は、在阪であることから、当然、地域文化としての「畿内説」の支持者であり、館長はその「首長」であるから、これまた当然、畿内説支持以外の発言はあり得ないのである。
 さらに失礼を覚悟で言うと、古来、報道は、新規性のあるものを報道するのであり、いわば「犬が人をかんだ」のは、ニュースにならないのではなかったか。これほど、見出しの役に立たない見出しも珍しいのではないか。いや、これは、毎日新聞の落ち度であって、両館長及び弥生博には、一分の否もないのである。

 いやなことを先に言ったので、後は、真剣に両館長の発言を確認させていただく。

 新館長のお話として、弥生時代終末期の三世紀には、「初期国家」と呼べる要素が揃い始める、と大変慎重に言葉を選んでいて、弥生博としては、三世紀は「初期国家」の萌芽期と見ることもできる程度と限定していることがわかる。

 前館長(現名誉館長)は、七世紀から八世紀にかけて(堂々たる)古代国家の完成が見られるものの、そこから四,五世紀遡る三世紀は、まだ、国家として随分未熟な時代であり、国家形成の初期段階という確信は持てないのではないかと、これまた限定的な意見が窺える。

 両館長の見解表明が、慎重で、無用な断言を避けているのは、史学者としてまことに廉直な姿勢を示したものであり、大いに学ぶべきである。

 毎日新聞記者は、ジャーナリストの務めと感じてか、邪馬台国の所在地について見解を求めているが、公式見解しか出てこないのは明らかであるから、毎日新聞記者に似つかわしい、賢い質問とは言えない。これでは、まるで三流ジャーナリスト並である。それにしても、両館長が、リハーサルでもしたのか「声をそろえた」というのは、まことに涙ぐましいものかある。そこまでさせて報道するとは、新聞記者は残酷なものである。

 新館長は、纏向遺跡について、慎重に言葉を選んで、弥生博の受け持ちとして弥生時代中期から後期にかけての畿内社会について調査研究していくと述べている。まことに、慎重である。また、記事の末尾で、新館長は、新しい切り口で研究を進めると語られている。府民税納税者としては、頼もしい限りである。

 一読者としては、記者が担いでいる陳腐な畿内説を洗い直す活動を期待したいものである。そうなれば、わくわくするような見出しが期待できるのである。

以上

2019年7月 1日 (月)

今日の躓き石 囲碁界の品格はどこに~毎日新聞囲碁・将棋スペシャル 現役「レジェンド」の悲喜劇

                2019/07/01
 今回の題材は、毎日新聞朝刊の囲碁・将棋スペシャルの「国際シニア棋戦で優勝 レジェンド16人の頂点に」と題した記事である。

 どうも、囲碁界では、50才を過ぎるとレジェンドの冠を押しつけられるらしい。ベテラン、シニアの呼び方でも、当人は不満のはずが、これではたまったものではないだろう。50で「レジェンド」の茨の冠を戴き「過去の人」になって現役から外れたら、60、70、80、90と続く「余生」をどう生きれば良いのだろうかと、皆さんお困りと思うのである。60才は、まだまだ洟ったれではないのだろうか。
 当方は、原語である英語の伝統的な用法などで判断するから、レジェンドとは、少なくとも、現役を退いた偉人を思うのである。場合によっては、骨董品である。
 これに対して、大会出場棋士は、うろ覚えの囲碁素人から見ても、各国の錚錚たるベテラン勢であるが、たまたまタイトル戦まで勝ち残っていないので報道されないというだけで、第一戦を退いてはいないバリバリの現役と見えるのである。
 思うに、囲碁界は、本当に末長く現役棋士を続けられるから、初老まで続けられないスポーツ選手どころか、お隣の将棋界では中々現役にとどまれない古稀クラスも、立派な現役であるから、囲碁界には、引退宣言しない限り、レジェンドはいないはずである。

 それにしても、大会に参加した中韓台の各国・地域の諸棋士には、確かに、往年の日本囲碁界で大活躍した名棋士も沢山いらっしゃるのだがそうでない方もいらっしゃるので、昭和の囲碁界、つまり、「日本囲碁界の1925ー1988年まで」を牽引したというのが、ふさわしいかどうか疑問なのである。素人目に一応見分けの付く王立誠、王銘琬の両名手は、平成、さらには二十一世紀の人に見えるのだが、どうして、昭和の人なのだろうか。このあたり、随分軽率な言い回しに思えるのである。

 いや、言いたいことは簡単である。なぜ、囲碁界のように知性と伝統を重んじる世界に、年齢勘定の基準が違えば経験者への尊敬の払い方も異なるスポーツ界の悪習が、こうもやすやすと伝染するのかということである。
 品格保持の基準は簡単である。異世界の得体の知れないカタカナ語は、20年経って、言葉の検疫がすんでから見習っても遅くないのである。その頃になっても、皆さんは、まだまだ現役バリバリのはずなのである。

 今回の記事の筆者は、若い頃から高名な名手であると共に、経験学識の豊富な方なので、以上の意見を読んでいただいたら、別の表現にしていただけると思うのである。少なくとも、大事な紙面に、誤解を招く不出来な用語があることは、毎日新聞にとって、不名誉だと理解いただけると信じるからである。。

以上

今日の躓き石 毎日新聞 なるほドリ「古墳って何」の怪

                                     2019/07/01
 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊13版「特集面」の片隅の囲み記事です。『なるほドリ「古墳って何」』なる記事の役目は、一般読者の疑問を解き明かしてくれようとするものなのでしょうが、読むにつれ、どんどん疑問が湧いてくるのです。

*古墳って何?
 まずは、三世紀半ば頃から「古墳」造りが始まったと言いますが、今回話題になっている「古墳群」の古墳は、そのような曖昧なものではなく、石積みで足元を堅固にした上で土を積み上げたものであり、ただただ土を積み上げたのでは、雨の降るたびに崩れて、「高く、大きく、目立つ」物にはならなかったはずです。そのようなきっちりした古墳は、いつ始まったのか、問い直したいところです。

*ゆるやかな造成
 次に、四百年にわたって作り続けられたと言うからには、よほど計画的に進められたに違いなく、当然、生前、それも、王位に就く早々に造成を始めて、長い年月掛けて徐々に造成したはずですが、どうでしょうか。
 つまり、「死者」などではなく、被葬予定者のために、その力の大きさ、それも、おそらく想定の大きさによって決めた、それとも、被葬予定者自身の指定によって決めた、と見るべきでしょう。

*統一、それともバラバラ
 一旦、規模や形は、被葬者の力などで決まると明言しながら、どのように決まるかの説明はなく、おそらく、大きさが決まるのだろうと「なるほど」させておいて、記事の見出しでは「規模、形さまざま」としたままで、巨大なものが沢山あり、このあたりに政治連合が有ったとか、そのトップの力に相応しい規模というものの、地域外に、同程度に巨大な古墳があることも説明に困るのではないでしょうか。
 結局元に戻って、「古墳群」の古墳は、当時強い支配力を持っていた支配者が、自身の偉大さを広く示し、天下を太平にするために、大変長い期間を掛けてゆっくり築き、死後、そこに葬られたものと言うべきでしょう。その間、食糧を供給し続ければ、弱者救済、民生の安定化、そして、反乱の予防策になるのです。それこそ、「仁徳」に相応しい偉業でしょう。

*権力でなく、知性の産物
 因みに、主たる記事には、古墳の造成に要した労力を試算して、それほどの動員力があったことをその権力に求めていますが、おそらく、経済力の勘違いでしょう。
 長期間にわたる工事の長期間のいろいろな方面に及ぶ計画を策定し、着実に実行し、それでも、住民の生活を維持したところに、支配者の偉大さを見るのです。大量の労働者が、食に飢え労苦に疲労しきったとしたら、いくら鞭を振るっても造成は進まないのです。四百年維持されたということは、適切な計画を立て、適切に運用した知性を評価すべきなのです。

以上

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