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2019年7月13日 (土)

新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  4/5

        汲古書院    1992/5
私の見立て ★★★★★ 不朽の金字塔 必読     2019/07/13 記

*人海戦術の盗写事件
 いや、大部の類書写本の売り込みを受けた蔵書家が、一式借り受けた上で、一日一夜にして人海戦術で全巻を書写してしまい、翌日、不要と返却したなどと、荒っぽい挿話が伝わっているのです。
 大量の書写を即席でやっつけるためには、周辺に、そこそこの写本工がいなければならず、筆墨硯はともかく、常用の長巻紙とは言え、用紙の潤沢さにも恐れ入るのです。
 また、書き物机がある程度なければ、かなりの人数はほとんど腹ばいで書き写すことになります。夜を徹してとなれば、大量の明かりが必要です。要するに、安直な盗用とは言えないのです。恐らく、愛書家の財源のかなりの部分は、蔵書の複写、販売で得ていて、世評の高い愛書家のもとには、高価な大作の売り込みがあったのでしょう。

 ちなみに、かかる大がかりな盗写は、到底秘密を保てないので、やがて世間の知る所となったでしょうが、告発されたと書いていないので、ある程度常態化していたのでしょう。

*翰苑由来の推定
 三国志の史料批判に関係なさそうな挿話を掘り下げたのは、麗筆ながら乱調という様相を示している「翰苑」断簡を想起したからです。

 恐らく、一部に粗忽な書写が施された部分が混じった写本を購入したかと思われます。破格の写本を書き継いで、格式が乱れ誤字山積したものを、美麗忠実に書き写したと考えれば筋が通るのです。別断簡では、薬草目録記事が残っていて、この部分は、緻密な校正を経た書写と見られるのです。

 「翰苑」断簡の史料信頼性は、そのような考察を必要とするのです。

*泥縄写本の推定
 この挿話で、類書一式の写本が、莫大な金銀を対価としながら、ある程度の需要が見込め、各地の蔵書家に売り込むのが商売として成り立ったことがわかるのです。商売が成り立つには、練達の写本工が大量に必要ですが、お抱え以外に出入りの遊軍がいたようです。用紙代や写本工給金の先行投資で大量の資金を要するので全員お抱えでなくても不思議でないのです。

*草書写本の推定
 いくら人海戦術でも、楷書体では到底無理で、草書風の走り書きと見られます。誤字、脱字は甚大で、またもやの人海戦術で校正し、原文を復元したのでしょう。大部の写本はとてつもなく高価で得がたいものなのです。
 帝室書庫の貴重書の写本は、所要時間を半ば度外視して、確実に校正されたものであり、そうした荒技と無縁であったことは言うまでもないのです。現存刊本各種に、取り立てて言い立てる程の記事異同がないのは、正史写本の、信じがたい程の正確さを思わせるのです。

*校訂の反映
 榎氏は、こうした経緯を考察しつつ、御覧所収の魏志、「所収魏志」の由来に細心の注意を払い、そこに取り込まれた「倭国」国号は五世紀起源と思われることに基づき、六世紀以降の書写の際に混入したとの仮説に至ったのです。また、所収魏志の魏志本体と裴注のつながり具合が、書写原本の形態を思わせるとしている。なお、御覧新規書写は、適正に行われているようです。

                               未完

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