« 新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  4/5 | トップページ | 今日の躓き石 絶えないアマ球界の恥さらしな発言報道 毎日新聞の都市対抗野球報道に疑問 »

2019年7月13日 (土)

新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  5/5

        汲古書院    1992/5
私の見立て ★★★★★ 不朽の金字塔 必読     2019/07/13 記

*写本改竄疑惑
 榎氏の精査の動機の一部は、氏の畢生の学説である魏志倭人伝行程記事後半の放射状経路が、所収魏志などで直線行程としか読めないように改変されている由来の解明でしょう。

 氏によれば、これもまた、北斉に先行する東魏とその前の北魏時代に、東晋、南朝諸国への東夷遣使の上申書などの示唆で、邪馬台国が畿内にあったとも読めるように補正したのではないかというものです。そうであれば、「邪馬台国」の国名自体、類書編纂時、意図的に取り込まれた改変かと思われますが、氏は、そこまで踏み込んではいないのです。まあ、掲載されたのが、「季刊邪馬台国」なので、邪馬台国後世付会説は、出てきにくかったはずです。

*倭国国号の発祥
 してみると、かつて「倭人」として威勢を誇った政権は、五世紀までに舞台を退き、新政権は、政権交代を表現して「倭国」と名乗ったかもしれないのです。

 氏は、魏志、後漢書共に「倭国」国号を記録していないのに対して、宋書以降、「倭国」を自称したと明記されているので、何か事情があったと見ているのです。そして、厳重に管理されている魏志原本は不可侵としても、類書編纂用に書写された通用写本は、随時手を加えて当時の常識に合わして改善され、先に述べた先行類書所収の魏志は、当時で言う「現代化」されていたと推定したのです。

 氏の推察は、所収魏志の先行類書由来部は、「倭国」国号と直行経路の影響を受けているのに対して、現行刊本、ないしは、所収魏志の御覧編集時の新規引用文は、倭国国号の影響を受けていないとことから来ています。

*魏志写本の継承
 御覧論客は、御覧が宋代編纂で南宋刊本に先行していることにこだわり、実は、さらに三世紀先行していることに気づいていないようです。

 陳寿原著は、劉宋期の裴松之に精査、付注されましたが(429)、三国志上程以来、晋に続いて、劉宋でも貴重史書として保護されていたとわかります。

 裴注付注本の上程以後、裴注のない原三国志は、保護の対象から除外され、早々に廃棄されたものと思われ、北斉、唐の類書の所収記事は、裴
注を含めて引用されている
ものです。

 念のため言うと、類書編集者は、当時の「古典書籍」を類書に所収する時は、当時の「現代人の常識」ですらすら読める記事としたのであり、正史管理者が、古典書籍を原型継承を必然としていたのとは使命感が異なるのです。
 類書編集者の引用文に、厳密な正確さを求めるのは見当違いと言えます。

 正史管理者が組織的に正史原本に改竄を行うことは、断然あり得ないとしても、類書編纂者は、むしろ、古典書籍の改善に努めて美しく改訂したのです。いわば、美文家范曄の輩(ともがら)であったのです。

*しめくくり
 当記事は、榎氏の論考のうち、太平御覧所収魏志の資料批判を行ったものであり、世上流布している浅慮とも思える速断の議論を、是非見直していただきたいものです。
                                完

« 新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  4/5 | トップページ | 今日の躓き石 絶えないアマ球界の恥さらしな発言報道 毎日新聞の都市対抗野球報道に疑問 »

倭人伝随想」カテゴリの記事

新・私の本棚」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新・私の本棚 榎一雄著作集 第八巻 邪馬台国 御覧所収魏志  4/5 | トップページ | 今日の躓き石 絶えないアマ球界の恥さらしな発言報道 毎日新聞の都市対抗野球報道に疑問 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


いいと思ったら ブログ村に投票してください

2022年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリー

無料ブログはココログ