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2019年10月27日 (日)

新・私の本棚 「魏略西戎伝」条支大秦の新解釈 参 史料篇   5/5

                             2019/10/27
【屬大秦】 承前 列記されたのは、大秦属国であり、安息近隣でもある。
 且蘭王屬大秦。從思陶國直南渡河,乃直西行之且蘭三千里。道出河南,乃西行,從且蘭復直西行之汜復國六百里。

 且蘭王は、大秦に属す。思陶国から真南に河を渡り、乃ち直西に三千里行くと且蘭である。道を河南に出て乃ち西に行き、且蘭からまた真西に六百里行くと汜復国である。


 南道會汜復,乃西南之賢督國。

 南道は汜復に会い、乃ち西南して賢督国である。

 且蘭、汜復直南,乃有積石,積石南乃有大海,出珊瑚,真珠。

 旦蘭、汜復の南に乃ち積石が有る。積石の南に乃ち大海があり、珊瑚と真珠を出す。

 且蘭、汜復、斯賓、阿蠻,北有一山,東西行。大秦、海西,東各有一山,皆南北行。

 且蘭、汜復、斯賓、阿蛮は、北に一山があって東西に行く。大秦、海西は、それぞれ東に一山があって、皆南北に行く。

 賢督王屬大秦,其治東北去汜復六百里。

 賢督王は大秦に属する。其治は汜復を東北に去る六百里である。

 汜復王屬大秦,其治東北去于羅三百四十里渡海也。

 汜復王は大秦に属する。其治は于羅を東北に去る三百四十里で渡海する。

 于羅屬大秦,其治在汜復、東北渡河,從于羅東北又渡河,斯羅東北又渡河。

 于羅は大秦に属する。其治は汜復に在る。東北に渡河し。于羅から東北し又渡河し、斯羅から又東北し渡河する。

 斯羅國屬安息,與大秦接也。

 斯羅国は安息に属し大秦と接している。
 注 方向付き「去」の方向は、目的国から逆算のようである。でないと、
   方角が錯綜する。ここでも、大秦は安息に接している。

【大秦西】 とってつけたような西の果て記事で中道記事の結尾である。
 大秦西有海水,海水西有河水,河水西南北行有大山,西有赤水,赤水西有白王山,
 白玉山有西王母,西王母西有脩流沙,流沙西有大夏國、堅沙國、屬繇國、月氏國、四國西有黑水,所傳聞西之極矣。

 大秦の西に海水が有り、海水の西に河水が有る。河水の西に南北に行く大山が有る。西に赤水が有り、赤水の西に白王山が有る。(白玉山ではない)
 白玉山には西王母が有る。西王母の西は流沙が有る。流沙の西に、大夏国、竪沙国、属繇国、月氏国が有る。四国の西に黒水が有る。所伝は(世界の)西の果てと聞く。(別記事の衍文か) 以下略

 注 白玉山、西王母、流沙、大夏国、竪沙国、属繇国、月氏国、黒水は、
   白王山から白玉山の連想で中国世界の「西の果て」を大秦幻影の西に
   投影したのであり、甘英の証言ではない。因みに、赤水は紅海か。
総じて、各国記事が入り乱れているようだが、ここでは追求しない。

 以下、北新道、つまり、匈奴に近い北道諸国記事が続き、魚豢短評で終わる。残念ながら、冒頭部の記事共々今回の記事の主題を外れるので割愛した。
 日本文作成に際して筑摩書房刊「三国志」魏書巻三十の訳文を参考にした。
 当方の所感としては、このように比類無き記事を後世に伝えてくれた班超、甘英、魚豢、裴松之、そして、范曄の諸先哲に深く感謝する次第である。

                             史料篇 完

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