« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

2019年12月

2019年12月30日 (月)

今日の躓き石 無責任な新発明紹介 「全固体リチウムイオン電池」は永久運動機関の夢想か

                                     2019/12/30
 今回の題材は、JBPress (日本ビジネスプレス)サイトの記事である。

 全固体リチウムイオン電池はなぜ凄いか?液体→固体で変わる使途・耐性・充電時間
  2019.12.30(月)伊東 乾

 この記事は、ファンタジーとしては、そこそこの出来かもしれないが、大事な点が欠けているので、科学解説としては、落第のように思う。

 いわゆる新発明は、最初に正しく自己紹介しなければならない。

 まずは、従来技術の紹介と欠点、問題点の提示である。

 この点に関しては、そこそこ書けているように思うが、一番肝心な、電池の動作理論がちゃんと書けていないので、なぜ、従来のリチウムイオン電池が高く評価され、今、その欠点が問題化したか、理論的な解明ができていないのである。何しろ、筆者は「乾電池の内部が、文字通り全固体だと思っている一般人」を相手にしているのだから、そんな人にもわかるような丁寧な説明が必要ではないか。
 分からん奴は、これを読めという指導もないのである。

 次に肝心なのは、従来不可欠だと考えられていた電解液によるイオン移動を廃止して、全固体にしても電池として動作する理屈の解明である。要は、知られている物理・化学の法則で不可能とされていたことが可能だというのだから、理論的な裏付けが必要なのである。

 少なくとも、NHKの「サイエンスZERO」では、その理論的な裏付けの部分で、明確な説明無しにごまかしていて、単なるホラ話と見なされる原因になっているのである。

 当該番組では、電気自動車競技を紹介して、「欠点と問題点」を明示していたから、視聴者に対する背景説明は済んだ上での登場であったが、素人視点で視聴者の疑問を代弁してくれている(抜群に賢い)MCが、「固体の中では、物質の移動ができないのに、なぜイオンは移動できるのですか」と発明の核心に関してズバリと質問したのに対して、正面から答えずに答えをはぐらかしたのは疑惑を深めているし、全体として、長年の膨大な実験による試行錯誤の労苦を語るだけで、明解な理論的説明を怠っていたことから、そう思わされるのである。

 第三者に説明したら、当然、SFにある壁抜けではないのかと質問されると予想されるから、全国の視聴者にわかる説明を用意せずに番組に登場できないと思うのだが、即答も何もできなかったと言うことは、ひょっとして、これまで、みんなが訊くのをはばかっていて、MCが訊くまで誰も訊くべきことを訊かなかったのだろうか。それだと、NHKの番組作りは、出たとこ勝負のやっつけで、随分杜撰なのだと思うものである。いや、これは、当記事筆者への批判ではない。陳謝。

 筆者は、発明者に心服しているようだが、発明者ができなかった理論的解明は、どうやって自分なりに理解したのだろうか。当記事に書かれているようなおちゃらけでは、説明にも何にもなっていないのだが、筆者がそう理解しているとしたらしょうがない。別の筆者を起用するべきだろう。是非、無批判な受け売りと言われないように、丁寧に、手抜きせずに、素人にもわかるように説明いただきたいものである。でないと、実行不可能な夢想を、受け売りしていると見なされるのである。いや、受け売りにしては、当発明の発明者はどこの誰なのか、詳しい説明はどこで読めるのか、何も説明がないから、単なる記事筆者の夢物語と見られるのである。

 周知のように、発明の特許を取りたければ、動作原理を提示する必要があるのである。できなければ、巷に溢れる永久運動機関の類いの「発明」と見なされるのである。

以上

2019年12月23日 (月)

今日の躓き石 毎日新聞 高校駅伝連覇失敗報道に見る「メンタル」の愚劣さ

                            2019/12/23

 今回の題材は、毎日新聞大阪14版スポーツ面の高校駅伝報道で、男子の前回優勝校が連覇を逃した経緯が語られている記事に対する不満である。断っておくが、別に記者の報道の落ち度をあげつらっているものではない。単なる不満である。

 当の先頭走者のカタカナ語てんこ盛りの談話の難詰ではない。ことは、そのような談話を言わせた指導者と当の談話自体に対して特にコメントなしに報道した毎日新聞への無い物ねだりである。
 以前から当ブログで指摘しているのだが、スポーツ界で蔓延している「メンタル」なる暴言は、ポーツ選手の能力が、「フィジカル」、「メンタル」なる二大妖怪に支配されているという妄想に発している。特に、まともな英語であり得ない文法外れのカタカナ語の流している害毒は大きい。但し、その視点は、夙に批判しているので、今回は省く。

 今回問題なのは、どうも指導者が選手に対して、おまえは「メンタル」という化け物に取り付かれているから、自分の意志の力でコントロールせよ、と厳命しているらしいことにある。奇妙奇天烈な話である。
 多分、感情の動揺で平常心を乱されたとも取れるが、あるいは、そのような場に相応しい緊張感を感じられなかったともとれて、理解困難である。記者は、どう解したのだろうか。
 いずれにしろ、感情は当人の心の幹線であり、身体で言えば心臓のようなものである。自分の大事な一部であるから、時には、調子を狂わせるかも知れないが、取り外したり、圧し殺したりできないものである。指導者は、適確にものの成り行きを教えるべきである。
 指導者としては、適確に問題を指摘した、選手には「メンタル」を「コントロール」せよと指示したということで責任逃れができるのだろうが、実は、コントロールできないものをコントロールしろと指示しているのであり、誰にもできない難題を厳命された選手が気の毒である。

 私見であるが、自分の感情に正しく付き合う具体的な技を教えるべきではないだろうか。時には、身体の一部を動かすなり、呪文を唱えるなり、お守りを握りしめるなり、「自分でコントロールできる何か」で改善できるかも知れない。
 {メンタル}は、どこかから襲いかかる魔物ではない。自分の大事な一部、メンタル面の要素なのである。

 以上、大変つまらないことを連ねたが、選手が自分を責めないで済む見方もあると理解いただきたいのである。

 さすがに、毎日新聞記者は見識豊かで、以下の各走者の談話と心理描写で、不安なり焦りなりと言った「敗因」を語っているようだが、冒頭の談話は、理解困難なままに放りだされているので、敢えて、以上のように読解いたものである。

 実態としては、先頭走者の不調で発生した並々ならぬ遅れが全員に影響し、本来の力が出し切れなかった、と弁明していると見るのだが、団体競技は一人の不調を全員が受け容れてカバーするものであり、全員揃って身体的(フィジカル面の)な不調を心(メンタル面)の不調と言い逃れしたのは、指導の失敗と見るものであるし、とかく悪役捜しする報道面の責任でもある。大したことではないが、気になったのである。

 以上は、スポーツ素人の年寄りの勝手な言い分であり、別に何の権威もないのだから、読み流されても、特に何とも思わないのである。

以上

追記 少しは建設的なことを言おうということで、書き足した。

 三位チームの監督談話で感心したのだが、さすがに、冷静でポイントを押さえているのである。いや、次のところで、言ってないことを勝手に推定したのは、ご容赦いただきたい。
 つまり、「[過去、留学生抜きで最高記録を出したときの記録に迫っても勝てなかったが、]選手は、全て全力を尽くしたのであり、それでも勝てなかったのは、誰の責任でもない。チームの[力が及ばなかったことを認めざるを得ない。]」という談話であり、随分苦吟・推敲を重ねてのことと思う。
 して見ると、今回の記事の最大の間違いは、全力を尽くして走り抜き疲れ切っていて、しかも、勝てなかったという悔しさが煮えたぎっている選手に、無理な談話を求めたところにあるのである。結果として、失言めいたことになっても、それは、選手の過失では無いと思うのである。

 競技直後の高校の選手、特に敗者に、直後談話を求めるのは、これっきりにしたらどうかということである。各メディア全体で、自粛してもらいたいのである。聞きたかったら、監督に訊けば良いのである。あるいは、どうしても、選手の後悔談を訊きたかったら、監督を通して訊いて、監督を通して回答してもらえば良いのである。担当記者の署名など、誰も見ていなくて、選手の名前と談話が残るのである。

 メディアの押しかけ取材の蛮行は、一つでも減らしたいものである。もちろん、メディアに良心も分別もないのであれば、言うだけ無駄であるが、それでも、言わずにいられないのである。

追記 完

2019年12月22日 (日)

今日の躓き石 NHKBSが盗用したドイルの「ロストワールド」~無視された創造者の功績

                         2019/12/22

 今回の題材としたのは、NHKBSの下記ドキュメンタリー番組である。

 体感!グレートネイチャー「風の絶景!天空のジャングル~モザンビーク~」
 2019年12月21日(土) 午後10時00分(90分)

 *冒頭三十分が未視聴であることをおことわりしておく。

 いや、番組自体を批判するとしても、大規模な取材と見事な集中力で、受信料に見合う以上の価値を感じさせてくれた名番組であるが、実に不可解なのが、54分あたりから開始する「天空のジャングル 断崖上のロストワールド」なる部分の「ロストワールド」と言う言葉の扱いである。
 英語としてみると、この場合のLost Worldは、意味の取りにくいなじみにくい感じがある。それは、Lostというものの、実際はずっと存在していたのであり、見失われていた、と言うか、全く知られていなかったに過ぎないからである。
 良く言われる「失われた大陸」は、かって存在したが現在は存在しないという意味で、失われた世界と言われても納得できるのである。
 番組で紹介されたような、世界から切り離されて見失われていた小宇宙を「ロストワールド」と呼ぶなら、視聴者に対して、ちゃんとした説明がいるのである。

 いや、そんなつまらない当てこすりを言わせるのは、断崖上で孤立した世界に前世紀の恐竜が生存しているという「ロストワールド」像は、探偵小説分野を確立した名探偵シャーロックホームズの創造者である、サー・アーサー・コナン・ドイルが世界に先駆けて冒険物語とした架空世界であり、その世界を形容する言葉として、特に創造した著作物であるということを、実は関係者が知っていてそのように意味を取っているのに、視聴者は無視されているからである。
 サー・アーサーは、SFや映画で恐竜が現代に登場する理屈を与えた最大の功労者であり、その意味では、大いに追従者を従えた創造主なのである。しかるべき敬意を払うべきではないか。

 いや、当方は、番組冒頭の三十分を見過ごしたので、その部分でたっぷり紹介されているかも知れないが、モザンビークの絶景を個別に紹介している構成上、当絶景はここで初登場している。そして、生態学者の発言として「ロストワールド」なる言葉が頻発されるこの場所では、正体不明の恐竜世界イラストが作者付きで引用されて、普通の用語として勿体ぶって紹介されているだけで、そのような理解の根拠となっている著作物紹介がなかったから、その点を問題と言っているのである。単なる番組構成の不手際かも知れないが、NHKが、そのような子供じみた間違いはしていないと思うので、以上のように、著作権的な不備を言うのである。

 NHKは、何かドイル氏に恨みでもあって黙殺したのだろうか。大変な問題である。確かに当著作の著作権は切れているが、だからといって、勝手に、当番組の創作した概念の如く、無造作に使用することは大問題である。下世話に言う「パクリ」である。そして、NHKは、公共放送として、視聴者にドイルの名作「ロストワールド」に関して、大変誤った印象をまき散らしたことの「恥」を知るべきである。

 それにしても、番組制作者一同の誰一人として、先人の著作物の功績を公然と無視する愚行に気づかず、あるいは、気づいても、視聴者に知らせないとする悪行を犯しては、全員一致の組織的犯罪行為ではないかと思わされるのである。

 折角の好番組が、NHKの恥を全世界にさらしたのに気づいて、是正していただければ、一視聴者として、一国民として大変幸いである。

以上

2019年12月20日 (金)

新・私の本棚 「魏略西戎伝」にみる魏の西域経営と范曄後漢書誤謬 補充

                            2019/12/20 

□はじめに
 引き続き、後漢書西域伝の信頼性について、考察しています。

*晋書四夷伝概観
 曹魏を継いだ晋朝は、当然、蜀漢の支配を振り払った西域の支配回復を図ったのですが、その事績と言うか実績は、まことにまばらなものです。
 取り敢えず、晋書四夷伝の目録を収録しましたが、西戎各国の記事は、新来で紹介の必要な吐谷渾の記事が豊富であるのに対し、既知の諸国は、後漢書までの記事の頭書を再録した後に、晋朝期の僅かな入貢記事などを引用しています。

晉書 卷九十七 列傳第六十七 四夷傳目录
1 東夷  1.1 夫餘國 1.2 三韓 1.3 肅慎氏 1.4 倭人 1.5 裨離
2 西戎  2.1 吐谷渾 2.2 焉耆國 2.3 龜茲國 2.4 大宛國 2.5 康居國 2.6 大秦國
3 南蠻  3.1 林邑 3.2 扶南
4 北狄  4.1 匈奴      5 史評

 晋書は、南遷後の記事を含めて、百三十巻に及んでいますが、西戎記事の西晋代記事は、端的に言えば貧弱で、これは、当該王朝が徳に欠けていたことの表明となっています。ありのままに書けば、こうなるのです。

*大秦國伝概評
 大秦國一名犁鞬,在西海之西,其地東西南北各數千里。有城邑,其城周回百餘里。屋宇皆以珊瑚爲棁栭,琉璃爲牆壁,水精爲柱礎。其王有五宮,其宮相去各十里,每旦于一宮聽事,終而復始。若國有災異,輒更立賢人,放其舊王,被放者亦不敢怨。有官曹簿領,而文字習胡,亦有白蓋小車、旌旗之屬,及郵驛制置,一如中州。其人長大,貌類中國人而胡服。其土多出金玉寶物、明珠、大貝,有夜光璧、駭雞犀及火浣布,又能刺金縷繡及積錦縷罽。以金銀爲錢,銀錢十當金錢之一。安息、天竺人與之交市於海中,其利百倍。鄰國使到者,輒廩以金錢。途經大海,海水鹹苦不可食,商客往來皆齎三歲糧,是以至者稀少。漢時都護班超遣掾甘英使其國,入海,船人曰:「海中有思慕之物,往者莫不悲懷。若漢使不戀父母妻子者,可入。」英不能渡。武帝太康中,其王遣使貢獻。

 概して後漢書西域伝の略載ですが、大秦風俗、産物と安息、天竺との交易を書いた後、突如、到達至難という「笵曄創作」が付加され、末尾に、西晋武帝の太康年間に,大秦国王の使節が洛陽に着いて貢献したと記しています。

 「商人達が、大秦は、海上往来に挙(こぞ)って三年分の食料を積むと風聞を伝える地の果てで、漢代四百年を通じ指折りの勇猛な西域武人である甘英が、長期の船旅と聞いて逃げ出した」という范曄創作の地から初めての使節が来たのは、かの偉大な漢朝が、遂になし得なかった画期的功績ですが、つまり、引用元である晋朝の日常記録に特記事項がなかったのは、実際は、単に数ある西域一小国の来訪だったのでしょう。何しろ、ここには、西域伝でありながら、かの魏朝金印大月氏国も、安息国/波斯国も登場しないのです。

 そうそう、西晋以降の魏書(北魏)、周書(北周)、隋書の潤沢な西域記事が、編者の手元に届いていたのです。ご参考まで。

*春秋筆法再考
 春秋の筆法でいうと、晋書は、大秦国来貢事績を書き飛ばすことによって、後漢書記事がほら話だったと書き残していると見ることもできます。
 硬骨漢であった魚豢であれば、容赦なく前世の謬と書くところですが、唐代史官は、後漢以来承継された文献をあからさまに誹(そし)ることはできず、まして、正史記録を改竄することはできなかったのです。それが、隋唐代以降の史官の常識というものです。

                                以上

2019年12月19日 (木)

新・私の本棚 番外 英雄たちの選択 追跡!土偶を愛した弥生人たち~2/2

 縄文と弥生をつなぐミステリー 2019/12/04再放送     2019/12/19

□浮かび上がる合理的な考古学史観
 以下は、言うならば、行間、紙背から浮かび上がる古代史の史観です。

*まほろば史観絶賛
 弥生文化博物館秋山浩三副館長の意見が炸裂します。「近畿は西日本と別だ」発言は、日本全土が、瞬時一様に時代を歴たとの「通説」に堂々と異を唱えます。いや、話題は河内圏であり、奈良~河内圏一帯一路で近畿と括っていると思いますが、奈良盆地は、西の河内圏とは、間の山地が防壁となるまほろばで交流が乏しく、さらに「別」、つまり、西日本全般の進歩から随分取り残されていたとみられるのは承知で断言したと見るのです。

 ここでは、弥生と縄文の平和共存と言いますが、弥生で紛争が起きるのは、稲作の水争い、土地争いです。稲作に手を染めていない縄文人は弥生人と抗争することは少ないのです。それを全近畿の後代まで敷衍するのは不審です。

*九州先進説確認
 次に、九州北部の進展について専門家松木武彦氏から駒澤大学教授寺前直人氏と連携でそそくさと発言があり、九州北部は外来船舶で文物流入が多く進展が急で、抗争が多くなったと総括し先の断言の史観が裏付けられます。

 外来文物が近畿まで伝搬するには、数か月、数年、十数年、数百年の時が必要なのは自明ですから、先の発言も、宜(むべ)なるかなと思われます。

*唐突な九州行き詰まり説
 さらに、九州で水田耕作の平地が限定され抗争を招いたとしていますが、壱岐対馬の耕作地事情を良田不足と明記している倭人伝が、末羅国上陸後は、一切書いていないのを見ても、三世紀当時、耕作地不足は見えなかったと思えます。人口過密で粗暴な心理状態になるとは途方もない言いがかりです。案ずるに、玄界灘沿岸の後背地として、筑後、有明海沿岸もあり、成長限界は先と思われます。因みに両地区は山地で隔てられてはいません。

*隠された憶測で断定思考~乞う ご再考
 それとも、松木氏は、倭人伝戸数記事の俗読み派で、倭地全体を、どうも十五万戸程度らしいと勝手に目算したためでしょうか。一説では、倭地全体は、どうも七万戸らしいと「明記」されているとの読みもあり、俗読み派の目算のほぼ半分となるのです。戸籍不備の投馬国が、期せずして最大になっていて、どうも五万戸らしいという程度のものですから、これも、憶測の根拠にすらならないのです。
 口に出せない憶測で、強固な推定を行うのは、時間感覚の混沌も含めて、身勝手な主張と思います。一度、根底から考えなおしていただく方が良いでしょう。

 つまり、そのような事情は承知の松木氏が、断定的に三世紀ならぬ、遙か以前の時代の耕作地不足を言うのが不審です。おそらく、神がかりで口走ったのではないかと思われます。かたや、近畿が平穏なのは、当時覆い隠しようのなかった過疎状態の故でしょうか。それにしても、大問題としたいのは、端から出遅れていて、進展もはっきりと遅い近畿は、いつになって、九州を追い越したのでしょうか、と言う素人の質問です。

*奈良湖と竹ノ内峠
 仄聞するに、同時期の奈良盆地は、西南部に湖沼が残存し、まとまった耕作地が取れなかったようです。更に進歩が遅れても不思議はありません。現に、巻向地区の公道は、まずは河川氾濫で起伏の激しい低地を避け、山地下部の等高線沿いに曲折の多い「山辺の道」が設けられたように見えるのです。時代の進行で、奈良湖は干上がり、纏向付近の平地は、多数の労力を投入して均されたでしょうが、それはいつのことだったのでしょうか。

 また、素人の限られた見聞でも、奈良盆地から西方への街道は、まずは、幾重にも重なったつづら折れで竹ノ内峠を越えたのです。最初の古代街道は、そうでもしなければ、荷を背負って越えられない、途方もない山越え難路だったのです。俗説では、地図上の直線距離だけ見て、容易な輸送路と称している例が少なからずありますが、一度、提唱者自ら、そこそこの荷を背負って、早朝発進の前提で、登坂の容易さを実証いただきたいものです。

 別の俗説が決め付けているように、大和川沿いに適当な沢道がずらりとあれば、同地域で最初の公的街道に起用されたでしょうが、古代も今も、現場には騎馬走行できるような道どころか、普通の体力の人が難なくたどれるような道は、作れない(かった)のです。つまり、大和川を上り下りする河川運送もなかったのです。河川遡行には、側道からの曳き船が不可欠であり、漕ぎ手が何人いようと自力で名うての早瀬の急流を遡行することなどできなかったのです。こちらの俗説も、提唱者自ら、実証漕行されたらいかがでしょうか。

 従来、遺跡、遺物に年代が書かれていないことから、考古学界としては、(西)日本全般の進歩をほぼ同一歩調とみていたようですが、その拘束が解かれると斬新な史観が見えてきます。

 いや、以上のような個人的な番組解釈を公開すると、発言者に不都合が生じるかとも思ったのですが、報道は報道であり、学問的な論証はされていないので、当方も、個人的な感想として提示するものです。

*まとめ
 本番組は、行間、紙背を含めて、NHKが、久々に報道機関としての機能を全開にした好番組と見るのです。
 これを契機として、たちの悪い全国一律紙芝居は、ご勘弁いただきたいものです。

                               以上

新・私の本棚 番外 英雄たちの選択 追跡!土偶を愛した弥生人たち~1/2

 縄文と弥生をつなぐミステリー 2019/12/04 NHK BSプレミアム

*私の見立て ★★★★☆ 旧悪を雪ぐ好番組     2019/12/19

□駆け足批評
 いや、当番組の展開は、あまりに画期的なので、当方の感想をそのまま公開して良いかどうか大変迷ったのです。いや、番組全体の流れに大きな異論はありません。あくまで、隅っこをつつくだけです。

*NHK軽率史観の是正
 まずは、従来のNHK歴史関連番組で展開されていた素っ頓狂な呪文が述べられています。大陸から伝わった水田稲作と青銅器・鉄器を特徴とする弥生文化が、瞬く間に、縄文文化を席けんして、弥生時代が到来したというのが、これまでの通説でした。これは、NHK自身の解説の丸写しです。(NHKの著作物の適法な引用です)

 いくら何でも、こんな馬鹿げた通説が通用するわけはないので、これは、NHK制作陣の妄想でしょう。自分で妄想を描いて自分で揉み消すのもおかしな話ですが、マスメディアというのは、そう言うものです。

*磯田流早とちり連発
 例えば、高名な磯田道史氏が、MCとして教科書の図示を嘲笑していますが、とんだ見識違いです。縄文時代から弥生時代への移行が、「一本の線」で区切られていておかしいと言いますが、画面で見る限り、描かれているのは結構太い線であり、それを、百年の幅とみるか、千年の幅とみるか、いずれにしろ、結構な期間を要したという表現であり、作意がちゃんと読み取れないとしたら、是非、小学校から勉強をやり直してもらいたいものです。

 氏は、江戸時代の古文書の考察で大を成していますが、図やグラフの見方は、小学校以来、随分やり残しているということです。

 因みに、グラデーションなどと気取っても、地域によって大差があるのですから、合理的に塗りようがないのです。大事なのは、読み解く方の知性であり、図形認識には、感性も要求されるのです。

*ものの交流は双方向
 それはさておき、対照時代の世相について、西から東への文明の流れしか見ていなかったというのは軽率です。西から東にものが流れるだけでは、世の中は成立しません。ものが流れるのは、交易の長い鎖を伝うのであり、一つ一つの流れは、何かと何かの交換で成り立っていたのです。

 つまり、西から東に銅器が流れるとしたら、対価として何かが逆方向に流れたとみなければなりません。経済学はなかったし、価値観は、時代地域で異なったとしても、物の道理としてただでは何も得られないのです。いや、見合った価値と双方が認めない限り、その場で交換が成立しないのです。

 その一つが安産のお守りであったろうし、他にも、遺物として残らなかった何かがあったろうというものです。それにしても、古代史談義で、ネットワークとは、けったいな話です。問われたのは、どうやって知り、どうやって移動したかというのですがね。

*NHK歴史観治癒の妙薬
 そういう意味では、今回の番組は、従来のNHK歴史番組によって視聴者に植え付けられていたであろう安直な史観を、少しでも健全なものに戻すのかも知れません子供も見ているのですからね。

                                未完

2019年12月16日 (月)

新・私の本棚 季刊「邪馬台国」40周年記念号 2 高島忠平 1/1

季刊邪馬台国137号 【総力特集】邪馬台国論争最前線

邪馬台国の条件を探る

*私の見立て ★☆☆☆☆ 不得要領意味不明        2019/12/16

*駆け抜け書評
 まず文字資料「魏志倭人伝」の理解から邪馬台国の条件を探る。
 勿体ぶった口切りだが、以下、国内史料に形成された古代史観で、倭人伝部分は希薄である。何も根拠史料は提示されず、時代錯誤の押しつけである。

 三世紀当時の「日本列島」「倭人国家群」は根拠なき夢想である。
「魏志倭人伝」は、倭人を少なくとも三つのグループに分けて倭人社会を捉えている。
①「対馬、一大(支)、末盧、伊都、奴、不彌、投馬、邪馬台」など約三十国からなる女王卑弥呼政権が統括する地域。
②「女王国の南狗奴国有り、女王に属さず。……狗奴国男王卑弥呼弓呼、素より和せず相攻伐……」の地域。
③「女王国の東海を渡る千余里、皆倭種、国々をつくる」地域。

 「倭人」は冒頭の「倭人在帯方東南」にしか現れない。紹興本には、小見出し「倭人伝」はない。なぜ「倭人伝」か。意見が右往左往しているようである。

 いや、氏は、倭人伝解釈について、比定を避けているが、どっちつかずの史観などあり得ない。奈良盆地社会が断然発展していたとするのであれば明言した上で、そのように倭人伝記事の解釈を進めるべきである。

 氏は、「女王卑弥呼は邪馬台国の王ではなくて、何処の国の出自で、約三十国によって共立した秀でた呪術を行う巫女王である。」と言い放っているが、倭人伝のどこにそのようなことが書かれているのだろうか。不審である。

 更に、氏は、「女王卑弥呼の都は、国の始祖王を祭る廟と、土地神,作物神など諸神を祭る壇(社稷)があり、土塁と柵を廻らした城郭構造であつたと考えられる。」と言うが、倭人伝の記事を大きく虚空に膨らました。氏ならではの想像力の産物(オリジナル)と見える。

 オリジナリティを言いたくても、氏ほどの権威のある方の論考は、百年を越える先行論考(氏の旧作を含め)を全て論破しないといけないのである。そして、世の倭人伝論者は、氏の変節を望んではいないのである。

 また、魏王朝が女王卑弥呼を「親魏倭王」として制詔し、東夷の中で特別の計らいとなったのは、呉との覇権争いは勿論のこと、中国に対して抗争を通じて政治的成長を遂げようとする東夷の高句麗、濊、韓社会をおのれの郡(帯方・楽浪)支配の中に閉じ込めておくため、他方倭人社会では卑弥呼の女王国勢力が政治・外交において主導権を把握しようとする思惑とが機会的に一致していた。弥生時代後期後半、三世紀の列島の弥生社会が、朝鮮半島を含む当時の国際情勢のなかで、九州の「国々」を中心に政治的成長を遂げようとする動きを『東夷伝倭人』は記しているのである。

 夢想の果ての豊かな想像力であるが、肝心な同時代視点を踏み外していて、とても、倭人伝に記されている、ないしは、示唆されているとは思えない。

 「呉との覇権争い」は大誤解である。魏が天下の覇者、呉は賊である。

 うねりまくった文だが、「魏王朝」が主語とみて、後略部の「国際情勢」は錯覚であろう。呉が賊なのに、蕃王が国際関係対象となるはずがない。以下、氏の幻覚の「弥生社会」が「政治的成長」を遂げるなど、時代錯誤、概念交錯であり、史官たる陳寿が、そのような錯乱した記事を書くはずがない。
 どうも、氏の言う倭人伝は、氏が書き替えた現代語文なのだろうが、氏の誤解を満載した倭人伝を無理やり押しつけるのは、ご勘弁頂きたいのである。

 以下、ご託宣に付き合いきれずに脱落した。

*終わりに
 氏は、吉野ヶ里遺跡の発掘と考察を通じて、錚錚たる史観を形成し、広く一般人にそれを伝えていたように思う。今回も、季刊邪馬台国誌の特集号に於いて、氏の史観の集大成を読めるものと期待していたのだが、大変失望した。氏を深く尊敬する故に、以上、急いで、率直に批判したのである。
                               以上

2019年12月 3日 (火)

新・私の本棚 季刊「邪馬台国」40周年記念号 1 原田実  1/1

                         2019/12/03
 私の見立て ★★★★★ 必読

□「邪馬台国論争の経緯と展望」
 氏の記事は、本記念号の要諦であり、大所高所の賢者の意見のようですが、「また一つの偏見」に思えます。

 まず、「地名は、邪馬台国比定の決定的根拠とはならない」とのご託宣ですが言いっぱなしです。「有力な根拠となり得る」あるいは、「比定説批判への強力な反論論拠となる」との側面が、店ざらしになっています。

 世上、「地名」言及はそうした台所事情によるのです。私見では、近説で、本号にも書かれている井上よしふみ氏の比定論も、自説防衛のために誤字論を唱えています。いや、別に格別の非難でなく手近の一例を挙げただけです。

*所信表明への異論
 また、魏志倭人伝には朝鮮半島の帯方郡から邪馬台国までの詳細な行程里程記事があるが、それを現実の朝鮮半島から日本列島にまたがる地理に当てはめようとすると何らかのアクロバチックな操作を伴わずにはいられない。

 これは、本紙記念号の晴れ舞台である特集記事冒頭に堂々と披瀝した氏の所信と思うので、当記事に関しては、所信への疑義を唱えさせていただくものです。

 「魏志倭人伝には朝鮮半島の帯方郡から邪馬台国までの詳細な行程里程記事がある」とありますが、素人目には、極度に切り詰めた簡略な記事と見えます。むしろ、一般的に、過度に簡潔と批判されているのに対して、あえて「詳細」と言う根拠を伺いたいものです。
 少なくとも、われわれ無教養人がそのように(詳細と)解するのは、陳寿の本意に反していると見ます。氏ほどの識見の持ち主にしては、まるで論理的でなく、不合理な判断と思われます。

 「現実の朝鮮半島から日本列島にまたがる地理」と称しても、三世紀当時の「現実」は現代人の知らないもので、いかにも当てはめられないと見えます。また、先行の「朝鮮半島の帯方郡から邪馬台国まで」と齟齬して、冗長、かつ字数空費の構文不都合です。折角の晴れ舞台で、所作が乱れています。

 「何らかのアクロバチックな操作を伴わずにはいられない」とのご託宣ですが、何を辛抱しきれなかったのでしょうか。「アクロバチック」とは、宙返りのようなものでしょうが、それが、本件とどう関わるのか。

 アクロバットは、フィジカル、つまり、身体物理特性、肉体鍛錬の生む至芸と賞賛され報酬を与えられますから、これは絶賛とも取れます。また、場違いなメンタル、つまり、知的な論理構築の分野に持ち出すのは不用意です。

 つまり、氏の所信は、一般読者には、独りよがりで独善的と誤解されかねないのです。本誌の原稿査読で異議はなかったのでしょうか。本記事は、寄稿された玉稿でなく、内部のものなので、編集過程で遠慮なしに推敲するものではないでしょうか。

*学問的疑義
 折角なので、疑義を唱えると、『倭人伝行程記事は、当時の洛陽教養人士が熟考し解読する「問題」』、従って、最小限の手掛かりしか与えられないから、無教養人が容易に正解できないのは、むしろ当然と見るべきではないかと考えるからです。これまで、多数の研究者が、営々と行程記事の「新」解釈を試みていますが、「問題」の解釈すらおぼつかないのに短気を起こして快刀乱麻する暴挙ですから、万人納得の解釈とならず、十把一絡げで氏の冷笑を浴びているのです。(この比喩は、アクロバットの比喩より、大分理性的ではないでしょうか)

 本論には、以下、氏の絞り出した賢明な指摘事項が多々あり、よく言ってくれたと思う下りが沢山ありますが、氏の所信に問題認識の齟齬がある限り、具体的指摘は、単なる異見としか見なされないのです。要は、ご自身の所信不備に気づかないのに、その所信に立って「大所高所から」他人の意見を云々するのか、となるのです。

 以上、ご本人にはご不快でしょうが、氏が、邪馬台国論の動向に大きな影響力を持っているとみて、敢えて、率直な意見を述べるものです。

                                以上

2019年12月 1日 (日)

今日の躓き石 毎日新聞の一大虚報 「漢字のルーツ」解明談 2/2

漢字のルーツ、金文は「筆文字」か 京都の美術館など、鋳造技法解明

 *私の見立て ★☆☆☆☆ 錯誤が大半の虚報     2019/12/01

*新規性の認知
 因みに、研究者は、「中国清代の学者、阮元(げんげん)が約200年前の文献で触れていた筆を使う手法に着目した」と明言し、研究の意義を適確に認識していると思われ、今回世に出てしまった記事暴走は、研究者の妄想が報道されたのではなくて、担当記者の読解力、理解力不足によると思われます。
 それが、かくの如く無様に露呈したのは、一つには、先に書いたような報道資料の公開、提供が無かったための誤解誘導と、新聞社編集部門の統率力不足が原因と思われます。担当記者が、ものを知らないそそっかしい性格でも、社内には、中国古代史に関して豊富な知識を備えた諸先輩が健在なはずであり、なぜ、独断でこのような間違った認識の下に、かくも粗雑な記事を書いたのが、世に出たのか、新聞社としての体制を疑うものです。

*筆が先か金文が先か
 もし、当時、筆書きが一切なかったとしたら、世に筆も墨もなく、筆書きに適した記録媒体もなく、金文工の創始した王室秘蔵の書法が、筆書きに適した媒体の開発として普及することはなかったとみるものです。
 特に専門家でなくても、一般読者はご承知のことと思いますが、筆と墨は、総合技術の精華であり、何もないところから即座に生まれるものではないのです。私見ながら、金文が、他の書記媒体に先行したという見方は、随分筋が悪いと見えます。
 いずれにしろ、どちらが先であったか、証拠はないのだから、少なくとも、軽々に金文筆書き先行を大発見のように言い立てるのは、学問の道でないように思うものです。研究者が、かくの如き虚報(フェイクニュース)に加担したとみられるのは、大変気の毒に感じます。

 以上、学問的な考え方について、素人なりの批判を加えたものです。

*成果の特定 (談話引用)
 東京国立博物館・富田淳学芸企画部長(中国書法史) 殷周時代の金文は書に携わる人にとってお手本とも言える文字。ただ、どのように製作したかは分からず、筆の使用は多数ある意見の一つに過ぎなかった。今回、実証的に筆で説明が付くと示したことは意義がある。この説が正しいとすれば、金文は筆の跡そのものが鋳込まれた、筆の魅力を十二分に表す書体と言えるのではないか。

 台湾中央研究院歴史語言研究所・内田純子副研究員(中国考古学) 中国青銅器の製作技法はホットな研究テーマの一つで、銘文の付け方は古今東西の学者が頭をひねって謎を解こうと挑んできた。研究グループは製作の痕跡を丁寧に観察し、鋳造実験を繰り返してこれぞという方法にたどり着いた。青銅器研究者を驚かせる成果だ。

 ここに、まことに適確な談話を紙面から引用したように、発表されたのは、「青銅器の製作技法」の細目であり、それは、高く評価されるべきです。この談話が、担当記者によって、どうして不届きな独断発表と誤解されたのか、大変不思議に思います。

 因みに、ここで言う伝統的な言い回しである「驚き」は、好ましいものであり、今日流布している「サプライズ」や「ショック」のように、原義で不快なものであるものを、勝手に誤解して無神経に採り入れたものではないことは、念を押すまでは言うまでもないでしょう。

 言うまでもありませんが、漢字の起源は、甲骨文字の甲骨への書き込みであり、筆文字の起源は、それを「紙面」に表現する書法であったはずです。

*報道の暴走の戒め
 と言うことで、本記事で、見出しを含めて、毎日新聞が読者に提供したのは、早とちりの誤解であり、俗に「ガセ」と言われるフェイクニュース、虚報かと思わされます。玄人向けの地味な話題を一面トップ大見出しにしたのには、そうした疑念が漂うのです。
 結局、毎日新聞にとって、夕刊紙面は、実験の場になっているのではありませんか。「フェイクニュース」でしょうが、独善、独断でしょうが、生煮えを構わず紙面に出してしまうと言うことではないのですか。
 毎日新聞社の全国紙としての見識はどうなっているのでしょうか。夕刊一面大見出し記事であるから、全社の信用をなくす物になっているとは思わないのでしょうか。
 これなら、個人ブログと大して変わらない空騒ぎであり、夕刊はこの程度という姿勢と見えます。これなら、毎日新聞に夕刊は不要と思えてきます。

以上

今日の躓き石 毎日新聞の一大虚報 「漢字のルーツ」解明談 1/2

                           2019/12/01
漢字のルーツ、金文は「筆文字」か 京都の美術館など、鋳造技法解明

 *私の見立て ★☆☆☆☆ 錯誤が大半の「虚報」

*遅筆の弁
 それにしても、毎日2019年11月25日夕刊の「漢字のルーツ」には、二重の意味で恐れ入りました。それぞれ、少々念を入れて指摘することになったので、日数がかかったものです。(「泉屋博古館」、「芦屋釜の里」発表と推定)

*「ルーツ」の悪用
 このカタカナ言葉の出典は、アフリカ地域社会、つまり、主権国家の担い手であった誇り高い男性が、大勢の同胞とともに、欧州奴隷商人に無法に拉致されて、アメリカ南部で蛮人異教徒奴隷として、終生、そして、子孫に至るまで、苦役に囚われたという忌しい物語です。

 それは、大航海時代のもたらした欧州先進国の罪悪を暴き、合わせて、当時新興国家であったアメリカの経済発展を支えた奴隷制度への非難も込めています。しかし、日本メディアの扱いは、そうした「拉致」に始まる苦々しい告発には無頓着で祖先捜しの要素だけがもてはやされているようです。

 今回の記事は、原典比喩からみると、中国文化の根幹である漢字は、異国から略奪されたものと告発しているように見えます。軽率な原資料用語の引き写しとしても、天下の毎日新聞なら大胆な欧米に対する弾劾となるのです。普通に「源流」と言えば、そのような忌まわしい連想は生じないのです。

*「漢字のルーツ」
 後段は、良くある新説を「十分な検証」なしに、こうすればできるという一例の「実証」だけで、表沙汰にしたように見えます。学術発表は、学会内で、追試、反駁応酬の手順で、重大な試錬を経て公表すべきと思います。また、今回のような取材の歪曲から起こる難詰を避けるためには、発表者自身が責任を持つ「発表資料」(レリース)を配布すべきものと思うものです。是非是非、古代史関係者の認識を改めてほしいものです。

 担当記者は、「漢字」の自己流解釈に基づいて、漢字文化の(いかがわしい)源流を探り当てたと言いたいようですが、浅薄な誤解でしょう。あくまで、今日漢字の「書」としての側面に限定すれば、楷書、行書に代表される書体の起こりが筆文字であることは、ほぼ異論は無いものと思います。

 今回の発表は、金文文字は、別世界から掠奪・拉致したものではなく、中原に於いて、青銅器への文字書き込みの技法として筆文字が創出されたと言うようですが、そのような仮説は、実証不可能のように思います。一つには、そのような決め込みは、金文創生期まで、金属針で引っ掻く金釘流の甲骨文字しかなかったという先入観、と言うか、認識不足、勉強不足の大間違いに災いされているようです。

 しかし、少し考えればわかるように、当時、広大な領土を有する中原国家が成立し、封建諸公を統治していた以上、国家制度の規定、文書交信、戸籍、財政管理、諸公との締盟など、厖大な文字の書き出しが行われていたはずであり、記録媒体が、亀甲のように不朽のものでなく、また、亀甲のように地下深く埋蔵されなかったために、今日に残存してないだけと思われます。まだ、竹簡、木簡の多用は始まっていなかったかわかりませんが、かたや、筆の工夫は始まっていたと見るのが、普通の考え方と見るべきではないでしょうか。

 つまり、筋のよい考え方としては、金文筆文字の創始は、当時、世に行われていた筆文字を、「金」、つまり、青銅鋳物の表面に適確に再現する手法が、王室の門外不出の秘術として開発されたということのように思うのです。

 と言うものの、研究発表の事実報道部分を読むと、一つの手法で、実現可能であるということが証されただけであり、実際にそうであったかどうかは、別儀ですし、また、その手法の創始の際に、筆文字が創案されたという証左ではないように思えます。多少の常識が働けば、そのように考えるはずです。

                                   未完

« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


いいと思ったら ブログ村に投票してください

2022年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリー

無料ブログはココログ