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2020年1月29日 (水)

新・私の本棚 中島 信文 「陳寿『三国志』が語る 知られざる 驚異の古代日本」 3/3

 本の研究社 2020年1月初版 アマゾンオンデマンド書籍

*武人甘英の面目 別視点による考証
 西域都護が重大な使命(君命)を託した副官に重大な抗命があれば、都護は皇帝に奏上し副官を誅殺したはずですが、同代史書に、かくなる無面目記事は無いのです。ことは、後世人范曄の使命誤認であり、本来の使命は大成功でないので明記されていませんが、両国との友好関係を確認したので成功の筈です。

 不名誉な武人挿話と夢物語は、ある意味、鮮やかな創作虚構であり、思うに、笵曄は武人に冷笑的です。史官の素養を棄て、武人に転じた班超への筆誅でしょうか。因みに、班超は漢書編纂者班固の実弟です。

〇范曄総評 適確な評価の試み
 私見ですが、文筆家たる范曄には、取り立てて非難すべき点はないのです。

 繰り返しますが、范曄後漢書倭伝は、行文明解でも不正確で、史書としての不備が多いので、史論に於いて無批判な踏襲は避けるべきだというだけです。主部の本紀、列伝は、先行書があって、創作はほぼ不可能だったのです。
 むしろ、先例豊富な後漢書を、あえて編纂した事情を察すべきと思います。

 南遷後、中原回復を焦った北伐、軍閥興隆で自滅した西晋を継いだ劉宋武帝劉裕麾下にあり、文帝代に皇弟重臣から閑職に左遷されたこともあって、二世紀以上前の後漢書独創の大事業に没入したと思われます。

 多分、笵曄は、「オリジナリティー」なる深刻な悪癖に陥る誘惑に勝てず、遂に、史官たり得なかったものと思うのです。他人事ではないのです。

〇「沈没」余談
 些細なことですが、古い中国語で「沈」「沈没」は、水に浸かって泳ぐ様を言うのであり、「潜」と書いても、潜水とは限らないのです。

□太平御覽 地部二十三水上は、「爾雅」により水にまつわる言葉を説く。
《爾雅》曰:水行曰涉,逆流而上曰溯洄,順流而下曰溯游,亦曰沿流。
    絕流而渡曰亂。以衣涉水曰厲,由膝以下為揭,由膝以上為涉。
    渡水處曰津濟。潛行水下為泳。
 「水行」は、水(河川)を渉(わた)ることを言う。流れを遡ることを「溯洄」と言い、流れに従うことを「溯游」という。概して、流れに沿うという。水深次第で、涸れた川を渡るのは「亂」、衣類そのままの浅瀬渡りは「厲」、膝下は裾を掲げて「揭」、膝を越えると「涉」と言う。「水」の渡しは「津濟」と言う。身を沈め潜るのは「潜」、泳ぐと言う。

 世の中には、ちょっとした川なら泳いででも渡る豪胆な人がいるようですが、中原人はほとんど金槌だったようです。所詮、泳げたらの話しです。余談御免。

 中島氏が説くように、中原人の教養の範囲で、水は、ほぼ川に決まっていますが、中原の川は、大抵、泥水、濁水なので、向こう岸で清水で身を清める必要があります。まさか着衣で泳ぎ渡る無謀な人はいないでしょうから、着替えの用意が必要です。倭地の川は清水であり、中原とは大違いです。

 そうそう、金槌の身には、見通しにくい川底の深みが怖いので、命が惜しくなり、精々「揭」止まりなのです。もちろん、腰のあたりまで水が来たら、水の抵抗が大変で、川底を歩くのは大事業です。余談御免。
 因みに、河川上流、下流を、中国語で「上游」、「下游」といいます。またも余談御免。

〇最後に
 私見では、中島氏は、紙数を費やして、立論の根拠、経緯を明示しているので、後学のものは、氏の著作から着実な論考のすすめ方を含めて、大いに学べるのです。望むらくは、読者諸兄は、分厚い刷り込みや行きがかりを棄て、虚心に受け止めていただきたいものです。別に、無批判に追従しろというのではなく、私見では、それは、中島氏が、大いに嫌うはずです。

 最後に私見ですが、倭人伝用語には、正統派の中原語だけでなく「うみ」(Sea)に親しんだ帯方/韓/倭人の言葉/用字が、かなり入っていると感じていますので、訳文の海、水解釈に対する細(ささ)やかな異論としておきます。

 私見では、陳寿は、このあたりに気づかなかったのか、気づいて干渉しなかった(述べて作らず)のか何れか不明です。史書の編纂は、新手のロマンを捻り出すものではないのであり、既に書かれた先人の知的な遺産を、小賢しい後知恵を排して、適確に史書として構築することにあるのです。

〇評に代えて
 西戎伝末尾の魚豢「評」に習えば、人はそれぞれの井戸に生涯閉じ込められた蛙なのです。この一文を読んで、多年魚豢に抱いていた不信の念は夢散したのです。現代人が、やや蛙の境地と違うとすれば、しばしば長年の時すら超えて、先人ならぬ先蛙の知恵を知り得ることです。

                                以上

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