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2020年1月29日 (水)

新・私の本棚 中島 信文 「陳寿『三国志』が語る 知られざる 驚異の古代日本」 1/3

 本の研究社 2020年1月初版 アマゾンオンデマンド書籍
私の見立て ★★★★☆ 深い知見・考察の新たな史学書 必読 2020/01/23

〇総評 一部再掲
 中島信文氏は、多年工学・技術分野の実業に従事され一代を画した方であり、引退後は、当分野の古代史に関して、広く関連文献を精読し、新鮮な視野から俗説の弊を正していることに、賞賛を惜しまないものです。

 当方も、独自に考察を重ね、独自の意見を発言しています。

〇本書に対する感慨
 さて、中島氏の陳寿観、范曄観は、我が意を得たもので、このような順当な観点が今まで消し去られていたのは、嘆かわしいものがあります。国内史学界は、虚構に邪魔な「倭人伝」への偏見が堆積し論議が埋没しています。
 出回っている史料読み替えは、現代人創作の偽書です。

 原因は、当分野の一般向け解説書が、崇范曄、罵陳寿を刷り込むため、真に受けた論客が、無批判追従するところにあると見受けます。

 そうした感慨はさておき、中島氏の論考は、中国古典史料から出発して大変貴重なものです。そう言うと、反射的に中国史料絶対視批判が出るでしょうが、氏の論考は慎重な史料批判を経た上のものであり、安直な先人追従べったりの俗説による魏志否定とは異なるものです。「まず筆者の真意を読み取るべし」との文書解釈では大原則を知らない俗人が徘徊しているため、くどくど前置きせざるを得ないのです。

 案ずるに、学界関係者は、先賢の言説を否定すると、学界での将来が閉ざされ生業を失うため、頑として先賢に従っていると見てとれます。これでは、本書といえども、滴水の一滴かと噛みしめるしかないのです。いくら強力に発信しても、受信機の電源が切れていたら何も伝わらないのです。

 本書を一読いただくのが始まりで、直ちに回心されることは無いとしても、世の中には、かくも本格的な主張があることを意識にとどめてほしいものです。

 ということで、ここに微力ながら中島氏への支持を表明します。

*不同意点
 取り急ぎの口上を述べた上で、私見を確認すると、行程道里の解釈で、地域の政治経済の中心と思われる伊都国から、王都『邪馬台国』の間が、当時、文書交信がほぼできない状態と交通事情とを考慮すると、両国間で密接な連携のできない遠隔に想定されているのには同意できません。精々、一日、二日の道のりだったのでは無いでしょうか。

 意見の相違は避けられない以上、論議を挑むものではないのです。ご不審なら、過去記事を確認いただきたいものです。

*当記事における范曄批判について
 本件について初見の方は、以下の議論が唐突に見えると思いますので、若干捕捉します。

 倭人伝史料批判で先人の意見に困惑するのは、はなから、倭人伝編者の陳寿への反感が展開され、対照的に後漢書倭伝編者の范曄への好感が示されていて、そうした判断の論拠が示されないまま、一種の決定事項として論議が進んでいる例が多々見られることです。しかし、課題となっているのは、「倭人伝」の解釈であって、後漢書倭伝は、いわば、通りすがりの野次馬なのです。従って、この野次馬が、単なる野次馬なのか、陳寿の見解を克服するに足る信頼を託せるかどうか、審査を重ねる必要があると考えたものです。

 私見では、中島氏は、倭伝と倭人伝の対照から、倭伝が、史書としての信頼性を有しないとしていますが、当方は、別の見地から、笵曄の文筆家としての「曲筆」、華麗な修飾偏愛を、実例を根拠として、厳正に指摘しているものです。

 ご不満の方は、提示した史書を確認頂いた上で、ご自身の反論を提示いただきたいものです。くれぐれも、ご自身の思い入れ、情感を振り回した「そんな馬鹿な」的な印象批評はご勘弁ください。

*范曄批判 其の壹 「倭国大乱」の「大罪」
 私見では「倭国大乱」に文筆家たるの笵曄の大誤謬が明示されています。

 「大乱」は、単に規模の大きい[乱]でなく全く別の事象です。

 良く言う「天下大乱」が由来であり、これは、中原天下の帝国が瓦解し、新たに覇権を求めた群雄が天命を争う状態を示す、大変特別な言葉です。例えば、秦末期、咸陽に二世皇帝がいても各地の武装蜂起で、天下は覇者を見失い、最後、劉邦と項羽の両雄が争った「中原逐鹿」事態に至ります。

 従って、史官たる陳寿は、東夷王権不安定状態を単に乱れたとしているのです。笵曄の「大」は、水の沸点のような「臨界」の通過を示します。

〇文筆家、ロマンチスト 范曄
 笵曄は史官ではなく、畢生の文筆家として、「美しい」(美文)史談を書いたのであり、重大な用語へのけじめを持たず、無造作に「倭國大亂更相攻伐歴年無主」と四字句を揃えたのです。蛮夷「倭」の記事で、風聞をもとに「大乱」と書くのは天子に不敬であり史官ならもってのほかなのです。

 范曄が史官でないのはこの点に表れています。華麗な文体にこだわって正確さは二の次であることから、後漢書倭伝に信を置いてはならないのです。

                                未完


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