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2020年2月16日 (日)

新・私の本棚 秦 政明「三国志」里程論 市民の古代第15集 2/2

「三国志」における短里・長里混在の論理性

*「受命改制」の政治思想
 ここで、秦氏は、里制は、国家制度の一部であり、「受命改制」の制詔に応じて、自動的に改変されたとしています。しかし、いずれの制詔記事を見ても、里長が(大幅に)改変された記事は見当たりません。

 里制は、拠点間の道里などの測定単位であるにとどまらず、土地所有制度で常に参照される面積単位である「畝」に連動していて、里を1/6に短縮すれば、土地台帳の全面書き換えが必要なのです。そして、台帳の1/6換算は、当時の計算手段で不可能です。いや、無理して、計算不能を脇に置いても、計算結果に小数端数が必然的に発生し、土地台帳書換は、国家として実施不能、亡国の失政ですが、そのような記録は一切ないのです。

 思うに、国家儀礼の変更は、専門家を動員し、国費を費消して実施できても、国家の基盤を成している土地制度改変は、国家制度に危殆を及ぼすこと無くしては不可能です。まして、狩りに全国の全土地の台帳記載を書き替えられたとしても、当該農地への課税は変えられないので、農民に対して、税率の説明が付かないのです。

 そして、国庫に対して、何の恩恵もないのです。

*秦制の考察
 秦始皇帝の制詔が例挙されますが、合理的な解釈では、それまで各国で異なっていた周制であったものを、秦の制度を厳格に敷衍するという宣言であり、貨幣制、度量衡も、秦制の徹底と見るべきです。秦が長年行ってきた諸制度を廃棄し、自身、「法令」を悉く書き替える難題になり不合理なのです。

 秦制を他国に敷衍したのであれば、自国内制度は維持するので、官員を割いて諸国に派遣し、厳格に徹底すれば良いのです。
 ただし、各国においては、旧来諸制度が撤廃され、官民もろとも多大な努力で秦制に適合する桎梏に喘ぎ、それ故に、二世皇帝の治下、諸国で大規模な反乱が相次いだと見られるのです。確かに、軍縮により多数の常備軍が撤廃されて、厖大な失業軍人を吸収するのに、寿稜造成という名の雇用創出政策しかなかったとしても、思うに、このような大規模な反乱は、土地制度の改変による増税に対する農民層の不満が、初因と思われるのです。

 それはさておき、全国的に土地制度改変が、大規模な反乱決起に到るということは、後代の諸統治者に知られていましたから、そのような「改制」は、なかったと見るべきです。

〇総評
 秦氏が多大な労力を投じた史料考察は、空を切っています。『「三国志」における短里・長里混在の論理性』は、早合点の誤解です。本来、地域短里は、全国里制、普通里がいかなるものか、一切主張していないのを見逃しているのです。地域短里は、魏志の特定部位で限定的に有効という意味での「地域」であり、地理的な概念を指しているのではないのです。そして、倭人伝道里の解明と言う「地域」内の議論に有効との端的な主張だけであり、これを論破することに、史学論としての意義はないのです。

〇まとめ
 以上、秦氏の論考が、古田氏の論説の短所を補強しようとしたため、大変無理なこじつけを行っていることの指摘です。
 本記事公刊以来、長い年月が経過していますが、魏晋朝短里説、と言うか、三国志統一里制説が収束していないのは誠に残念です。今や、氏は、「いまだに地域短里を一切認めない守旧派の専門家」とされているのではないかと危惧するのです。
                               以上

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