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2020年3月15日 (日)

私の意見 「倭人伝」談義の行き詰まりを歎く話~付 翰苑談義、写本談義 2/2

                              2020/03/13
■弐 史料比較論の不毛
古田武彦氏は倭人伝に「邪馬台国」はなく「邪馬壹国」であると主張したが、「三国志」は数ある史料の中のたった一冊でしかない。「翰苑」や「後漢書」の「邪馬臺国」を信ずるべきである。


*短評 知性の枯渇
 三国志は、後世で言う「正史」ですから、単なる著作物で無く歴代国家が聖典として奉じた稀覯書であり、現代の出版書籍のように、一冊と数えて済ませられるものではありません。重みが格別なのです。

 史論では、現代人の軽薄な「実感」は、一旦脇にどけて、同時代の観点を再現する必要があります。それが、現代人に求められる知性というものです。

 三国志の宋代刊本(木版印刷)自体は、少なくとも、それぞれ、数十件から数百件の範囲で、いわば、完璧に複製され、そのようにして配布された刊本を種本とした写本が、数倍規模で出回るので、数としては「極めて多数」と見るべきです。

 それにしても、総じて、関係史料三種を「数ある」で済ませて良いものか。史料の意義は冊数で済ませて良いのか。もっと丁寧に、質や重みを見るべきではないのでしょうか。このように、極論の筆が豪放に唸るのは、ご当人にとって口調として心地良くても、書かれる文字は、頼りなくそよぎ続けるので、読者の書斎まで深意が届かないのです。

*翰苑小論
 「翰苑」は全世界に「一冊」の貴重資料ですが、先賢、例えば、内藤湖南氏、古田武彦氏の早期の丹念な史料批判をたどる限り、翰苑の歴史記事は「誤記」だらけであり、また、このような孤立した、原本に対する忠実度を検証不能な「断簡」に善本としての信を置くべきではありません。両氏の史料批判は、常道に従い現存史料を是とするのが原点、出発点であるため、各記事を肯定的に見ているように解されていますが、それとこれとは別儀です。誤記が多いが、まずは書いてあることをそのまま読み取ろうというのと、無批判に信用するのとは、大きく異なるのです。

 翰苑は、貴重書として継承されたと言うものの、史書として適確に評価した場合は、原点的に受け入れるだけであり、特に、歴史記事の正確さは求られません。思うに、原史料引用のさいの軽率な扱いに加え、少なくとも一度、原本と対照した校正を怠った低質写本が行われため、端的に言うと、悉く信の置けないゴミと化しているのです。

*美文集成の意義
 翰苑は、史書ではなく、百科全書的「類書」でもなく、まずは、当時必修の四六駢儷体形式美文集であり、規則の多い文体に合う整形、改竄が見て取れます。(別記事あり)
 翰苑断簡には、別項の薬草目録がありますが、薬草名の誤写は致命的なので、専門家が逐一照合した精密な校正をしたはずです。気合いの入り方が違うのです。

*極度に粗略な写本
 翰苑自体の写本継承が、校正不備の粗略なものであるのは、影印本を一瞥するだけでも明らかです。その意味でも、大変貴重な史料です。

 付言すると、翰苑に魏書引用「臺」とあっても、原典が不正確な低質写本であった可能性や引用の際の誤記、当時常用されていたという草書走り書きによる後伝達の疑いも多々あります。

*低質写本の誤記連鎖
 唐代以後、帝都で流通している写本を担いで、遠隔地の有力愛書家に売り込む商売があって低質写本が伝播・普及した感じです。伝播写本は、「経済原理」に従うもので、俗信の通りの誤記連鎖がはびこったものと思われます。

*原本不朽の原則
 翰苑記事が不確かということは、当時、翰苑編者の身辺には、粗雑な史料写本が氾濫していたことになります。但し、数多い粗雑な写本が、帝室書庫の最善写本に遡及することはないので「原本不朽」の継承原則をご記憶戴きたいものです。

 但し、北宋末の国家大乱時に、三国志などの正史に止まらず、経書などの国宝書籍も含めて、帝室書庫書庫のみならず、良質写本、刊本を分散所蔵していた地方書庫などの所蔵本が、版刻に使用した版木まで含めて一掃される空前絶後の異常事態があり、その後、再興した南宋の初期に、各地の良質と思われる写本を糾合して、失われた帝室原本を復元する国家挙げての大事業が行われましたから、原本不朽は絶対と言えなくなったのですが、原則とはそう言うものです。むしろ、宋代、全土に流通した多数の写本を根こそぎにするのは不可能だったことがわかるのです。

 因みに、木版印刷による刊本が登場して、写本は一気に廃されたと思っている方もあるようですが、全土に写本事業があったから、刊本を種本とした写本は、遙か後代まで続いたのです。政府が刊本を配布したのは、各地に正確な書籍を配布することにより、低質写本の質の向上を図ったものと思われます。

*挑戦資格の追求
 そのような史料批判を怠り、無造作に翰苑を三国志並の正史の一冊として、後漢書と同列に論ずるのは無謀です。比較できないものを比較するのは法外です。どんぶりならぬバケツ勘定を信用してはいけません。

 また、范曄「後漢書」と「翰苑」が、僭越にも三国志と対等と言うなら、両史料の原本はあるかとか、第三者が原本を確認したとの報告はあるのか等々、厳格な史料批判の試錬に曝すべきです。学術論議は、感情や思い入れを排し、論理のみに基づくものとすべきです。

〇結語
 ここでは、范曄「後漢書」と「翰苑」が尖兵として起用されたため、両書がきつい批判を浴びていますが、別に、両書にそれぞれの意義があることを否定しているわけではなく、この手の場違い、的外れな論議が迅速に終熄するように、それぞれに相応しい位置に封じただけです。
 最後に確認したいのは、このような極論は、議論で敗勢に陥っている陣営の論者が、強引な論法で悪足掻きしていると見られて逆効果だということです。ご自愛ください。

 端的に言うと、倭人伝論は、現存史料を共通の原点として、そこからいかに自身の議論を展開するかという、公正な論戦の時代の機が熟しているように思うのです。そうでなければ、史料軽視、先入観重視の、勝手な論議が蔓延するのではないか、との危惧を感じるのです。

 各自は、自身の意見を持っていますから、自身で納得しない限り、意見を変えることは無いでしょうから、せめて、感情の起伏を抑えて、冷静に議論を辿って。ご自身の視野を広げて戴ければ幸いです。
                                 完

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