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2020年3月15日 (日)

私の意見 「倭人伝」談義の行き詰まりを歎く話~付 翰苑談義、写本談義 1/2

                              2020/03/13
〇極論症候群の話し
 よろず、論議が行き詰まると極論が連発されるのですが、ここではネット上を徘徊して見かけた複数の「倭人伝」極論の比較的行き渡っていると見られる諸論を、ぐるっとまるめて、論法批判を含めて、丁寧に批判しました。
 これは、特定の個人や特定のブログ記事、サイト記事の批判ではないので、他人事として気楽に読み取り、その後自問自答いただきたいものです。何しろ、凡そ論客の最初で最強の論敵は自分自身と思うのです。

■壱 三国志の文献批判
『三国志』は、何度もの書写を経て継承されたものであり、原本確認できないから、記述が正しいとはとても思えない。かなりの誤写は間違いない。

*短評 根拠の無い暴言
 「何度もの書写」と言うのは、具体的に何度で問題が出るのか知りたいものですが、よく考えると、各資料に原本からの写本回数は書かれていないから、当否の検証のしようがありません。
 それにしても、咎め立てているのは百回なのか一万回なのか。大の大人が、雑駁な断言に凝っていては、困ったものです。

  1. 誤字0.1㌫以下、信頼性99.9㌫以上なら、原本は延々と適確に継承されます。
     倭人伝で言うと、全文二千余字に、一,二字誤記があるかどうかですから、慎重に全文字を校正すれば、確実に誤記を発見、訂正できるので、誤記は、ほぼ完璧に除去できます。
     官製写本は、豊富な予算と優れた人材を投入し、当然、信賞必罰、特に誤記に厳罰の下る厳しい評価に曝されるので、所要期間や労力は度外視した、つまり「経済原理」の埒外の完全主義というか、成果至上主義になるのです。

  2. 誤字10㌫余り、信頼性90㌫余りなら、一度の低質の写本で、史料はゴミと化します。
     倭人伝で言うと、全文二千余字に、二十字の誤記があることになりますから、ちょっと丁寧に見れば、誤記が多いと見て取れるはずです。つまり、その程度の写本では、写本工は、文字の適否も、書かれている意味も判断できない程度の(無)教養の持ち主であり、出来映えの確認も、字面を眺めるだけで済ませていて、そのような不出来な写本が世に出るのです。
     あるいは、類書のように、百科事典的に膨大な資料を抜粋引用する場合、引用先は概して、原典の引用もあれば、子引き、孫引きであることも多く、また、高級写本の利用には厳しい制限があるため、職業的な写本工に信頼性で大きく及ばない、性急な素人写本になるため、ほぼ確実に低質写本に陥るのです。
     そのような低質写本の発生する背景は、納期短縮、粗製濫造が利益確保のための至上目標となる商用写本の「経済原理」であり、そのようにして世に出る低質写本の数は圧倒的に多いし、また、世上に気軽に出回って人目に付くので、正史写本といえども、信頼性の低いものが至上の大勢を占めるのです。
     そして、一般読者は本来の原本を知らないので、当人にとってはそれが原本となるのです。
     こうした流れに乗っている写本の誤字は、一度増えたら回復することはないのです。

 それぞれの特質を見極めれば、現存刊本に至る何度もの写本が、どちらの写本工程で行われたか、容易に理解できるはずです。
 手短に言うと、写本の回数を数えて数値化しても、そのようなデータは、現存刊本の信頼性について何も語ってはいないのです。論者は、実務を見ずに、自身の想像で論じているのです。

*完璧主義と言うこと
 写本の信頼性は、写本工の資質と仕事の仕組みにかかります。
 太古以来、国家文書書写は、組織的に維持されていたのであり、魏晋代以後も皇帝付きに高度な知識と技術を有する専門家集団がいたのです。専門家は、簡単に養成できないので、古来、写本工や校正者を常任、恐らく世襲化、ないしは、徒弟養成にしたのでしょう。因みに、史官も、多くの場合世襲でした。

 官製写本、つまり、国家事業の写本は、最後に、写本工の書写した写本と原本を並べて最終確認し、それまで見逃されていた誤字も、ほぼ完璧に発見、訂正できたのです。つまり、誤字はとことん低減できたのです。

 もちろん、写本工程の信頼性が根幹です。世上、いくら優れた写本でも、誤写は絶滅できないとする風評が出回っていますが、完璧写本は、数次の校訂で達成するのです。もちろん、二千余年間、倭人伝の二千余字が完璧に継承されたとの断言ではありません。執務の規準を示しているのです。

*無意味な「原本確認」
 確かに三国志原本は現存しないのです。だからといって、『現存本の「記述が正しい」と言えない』とは無茶です。全ての原本は、時と共に消えるのであるから、この場合だけを言い立てる意義が見て取れません。

 確かに、先賢にも同様の発言は見えますが、よくよく見ると「史料原本は、当然残っていないので現物確認はできない(から、そこで止まらず最善の史料考察を通じ原本に迫るべきである)」との前向きの至言と見えます。諸兄は、耳当たりのよい解釈に取り憑かれているようですが、頭かじりで止めず、しっぽまで囓って咀嚼し、行間や紙背まで見通して、その真意を確認願いたいのです。なお、先賢による永年の倭人伝考究で、原本の姿は、ほぼ把握されて原点とされているのです。先賢が論じているのは、原点、第ゼロ歩から踏み出す第一歩の選択肢なのです。

 それにしても、子供に言うようなことを、感情的に書き飛ばしたら信用をなくすのです。

*自嘲合戦の兆し
 続いて、「思えない」とご本人の思考力不足を公言し、史料に責任転嫁するのは、まことに見苦しいものです。論拠を示さない私情発露は、要するに、見苦しい泣き言です。とにかく、古来、無知蒙昧に付ける薬はありませんから、これ以上の説き聞かせは控えます。

 また、おおざっぱに言うと誤写はゼロ件でありませんが、そのような大局観を漠然と述べるので無く、二千余字、つまり二千文字程度の史料だから、具体的に一字一字の精査で論ずべきです。

*証拠のない憶測
 論者も自覚しているでしょうが、いくら「かなりの誤写」と言い立てても、相変わらず、現実世界では「邪馬臺国」と書いた倭人伝は一冊もありません。新史料の発見もありません。これが、全ての議論の出発点、万人が共通して認識できる「原点」です。それを原点と認めるのに、絶大な心理的抵抗があるのでしょうが、現にそこにある物的史料を頭から否定して、何を規準に、何を論議しようというのでしょうか。

 『三国志の「誰も見ていない」原本に「邪馬臺国」とあったのが「邪馬壹国」と誤記された』との趣旨であれば、それは言っている当人にしたら、眼前の実景に見えても、実は、当人だけの夢想「現実」ですから、いかに激烈な言葉を費やし、熱をこめて弁じても、読者に伝わらないのです。
 現実世界では、いくら極論を凝らしても、その主張が立証されなければ無効です。

                               未完

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