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2020年5月13日 (水)

新・私の本棚 平本 嚴 邪馬台国はどこにあったのか:  2/2

倭王卑弥呼の朝貢から読み解く 22世紀アート  アマゾンKINDLE電子ブック 2019年8月刊

〇既成概念の残光
 書評の務めですから、瑕瑾をつまみ上げて指摘することになります。

 案ずるに、意識してか無意識にか、さまざまな既成概念に影響されて倭人伝考察に取り組んでいて、着実な考察が妨げられているのが惜しまれます。

 その一つは、邪馬台国が、豊かな国力を持っていた古代国家であるという前提であり、そこから、六艘に及ぶ朝貢船団を連ねた延々たる行程となり、それ故、何としても、船団で乗り続けたとの視点に囚われているのが、もったいないところです。言い換えると、この前提を取り下げると、本書のかなりの部分が空転するのですが、前提を書き替えてしまうと、本書は別のものになってしまうのです。つまり、後段の批判は、向けな注文であることは、承知の上なのです。よろしくお含み置きください。

 但し、氏は、海路遣使の幻想に耽るのではなく、地に足の付いた考察を進めていますから、世にはびこるジャンク本と一線を画している点が、ここで賞賛されているのです。

*帯方郡の不思議
 折角、景初元年八月に、魏の支配下に復帰したとしながら、使節は、その事態急転に気づかず自律的に遣使を決意し、二年の早い時期に郡に到着したのに戦雲巻き起こる遼東に赴いたのは、ちょっと、説明のつかない事態です。

 ついでながら、倭人が遼東郡に隷属したと想定していますが、それなら、魏の攻撃に備えて韓濊倭に動員がかかったはずです。思うに、遠隔蛮夷の隷属は面倒なだけで、単なる服属と貢納でよしとされ、戦力視はされてなかったでしょう。

 勿論、氏の既成観念を指摘しただけで、当否を言うものではありません。

*後漢書崇拝の咎
 無造作に范曄後漢書倭伝を利用していることも不都合です。

 倭奴国貢献は本紀であり、光武帝は印綬を下賜しただけで、金印下賜とは書いていないのです。また、考安帝本紀は、貢献を示すだけで、生口は倭伝独特記事、つまり、范曄得意の根拠のない文飾と見えます。

 倭人伝には、情報源の詮索や、誤記、曲筆の疑惑が浴びせられていますが、後漢書倭伝は、無批判な引用が目に付きます。これは、正当ではありません。いや、これは、俗説の安易さを歎いたものであり、氏への批判ではありません。

*洛陽への遠い道
 氏の考察のかなりの部分が、狗邪韓国経由帯方郡の海上経路に費やされ、さらに郡から遼東にいたり、そこから、洛陽に転ずる街道の想定で、相当の労力を費やしたと思いますが、労苦に賛辞を呈するものの、疑問があります。

 黄河河口付近は、巨大な暗黒地帯であったとの指摘は、軽率な論者に対し貴重な問題提起ですが、使節は、遼東に寄らなければ、この迂回は不要だったと歎かなかったのでしょうか。

*嫌われた順路
 そのような経路を敢えて進んだ前提として、郡から山東半島への経路が難所とされていますが、どう見ても、ほんの一またぎの水たまり越えの散歩道で、激流の荒海でないと思うのですが、難所の根拠はあるのでしょうか。

 漢書には、武帝の朝鮮派兵で利用した経路とされています。

 帯方郡から見ると、山東半島から洛陽に至る青州路は、つい先年まで、公孫氏の支配下にあり、土地勘のある郡官吏もいたでしょう。帯方郡収監の際に渡来した兵士も少なくなかったものと見ます。随分近道ですからね。

 狗邪~郡街道史料が見当たらないとありますが、弁辰産鉄の運搬は、郡命により、日程厳守できる官道経由のはずで、それに備えて宿駅整備がされていたはずです。街道が当然だから、特に書かなかったと見ます。氏は、半島南部沿岸に、寄港地が整備されていたと見ますが、帯方郡としては、陸上街道整備だけで目的を達成できるのであり、遠隔僻地にそのような整備を行う動機が見えません。郡は、専政領主ではなかったのです。

〇最後に
 いや、氏の辿った地道な論考は、業界では異端の道であって、先賢の助言は得られなかったのでしょうが、氏ほどの慎重さで考察を固めながら、これほど見過ごしが残っているのは不思議です。月並みで恐縮ですが、弘法も筆の誤り、という事でしょうか。
                                以上

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