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2020年5月10日 (日)

古代ロマンの試み 伊豫国宇摩郡 邪馬台国説 こと始め 王都論 4/5 追記

                      - 2020/05/07, 05/08 05/10分割 2021/08/23

〇治まらない道里論
 本編では、道里論議は棚上げしましたが、図上測量で、末羅から投馬まで450㌔㍍、千普通里と見ると、六千地域里になり、道里を通算すると、全行程万二千地域里に治まりませんから、持論の「エレガントな解法」では、説明困難です。
 とは言え、ここでは、困難は不可能と同義でなく、やり甲斐のある難題とみて、以下の様に組み立てを変えてみました。

 時代考証を練り直し、国の身の丈に合わせて着付けを工夫して見ましょう。

800km_s
*倭人の国の姿
 公孫氏以来、郡倭通信往来で、郡文書使は伊都国止まりで、倭都の万二千里も、通算四十日も、伊都国を倭都扱いしたと見るのです。つまり、倭人伝の倭都描写は魏使の創作と見え、倭人の国の姿を再考証する必要があります。

 郡「外交」は、伊都国王が全権委任されていたので、王都往復日数は勘定していないと見えます。伊都駐在の大宰、大夫が代行したかも知れません。

*安息国先例
 そのような対処は、中国にとり先例の無い無法なものだったのでしょうか。
 そこで想起されるのは、史記大宛伝、漢書西域伝、魏略西戎伝、後漢書西域伝に書かれている、西方の超大国安息国(パルティア)との交渉です。
 安息国は、武帝が最初の使節を送った頃に現在のイラン高原、南北数千里の広大な国土を確立し、王都をメソポタミアに置きましたが、王国発祥の地で、歴代王墓の地、カスピ海東岸南方の「安息領域」を東都としていました。
 漢書にも、漢使が東都に到着すると、西方数千里の王都に急使を発し、知らせを聞いて駆けつけた王の使節が親しく漢使を歓迎したと書かれています。
 「国交」樹立の際を含め、両漢は使節を派遣していますが、使節が西方の王都を訪れたことはなく、副都を安息国都と扱っていました。

*漢使王都訪問記の不在
 漢書から、魏略を経て、後漢書に至る正史記録は、副都を安息国王治所として、漢都(長安、後に洛陽)からの里程を記録し、後漢書に至っては、この「国」は、「小安息」であって南北数千里の大国ではないとしています。

 安息は、独自の文字、文化を有し、漢帝国に匹敵する古代国家であり、漢に服属しませんでしたが、相互に敬意を払う「国際」関係だったようです。そして、使節が王都を訪問せず、副都で「小安息」王に接見するだけで、漢安息の良好な関係が、魏代の安息亡国まで維持されたのです。

 当然、訪問していない王都への往還記、情景描写はなく、漢書は、安息国長老、恐らく、小安息高官のカスピ海東岸からの眺めを記録し、西方メソポタミアからの眺めは見当たらないないのです。

 陳寿は、後漢書を読んでいないものの、漢書と魏略西戎伝を熟読していたので、伊都国を倭都扱いした記録に筆を加えなかったのです。

 因みに、古田武彦氏は、倭人伝解釈の際に、漢書西域伝に言及し、安息国をイラン高原全体を統一支配したアケメネス朝のペルシャと混同して、そのために、「安息国長老」の言の趣旨を誤解したようです。

*魏使の成り行き推定
 こうして見ると、魏使が伊都国に止まり、そこに、女王の代理人が臨席することにより、魏帝の下賜物が、印綬と共に女王に嘉納されたことや、帯方郡からの道里が、所要期間と共に、伊都国までの行程に対して記録されたことも、無法なものではないことがわかるのです。

 いえ、決定的な意見ではないものの、古田氏初め、この際の魏使が女王に謁見しなかったとの解釈に異を唱えている諸兄への有力な反論とみるのです。

*緩やかな国家像
 以上のように解明すると、伊都国から投馬国への里程は、水行二十日とあるものの、続く、倭都行程は記述されない理由が一応説明されるのです。
 また、倭都描写は紋切り型で、現地踏査したものでない事情がわかります。

 あるいは、以後数世紀の何れかの時代に、女王の権威や王都の位置は変貌したでしょうが、倭人伝記事から推測されるのは、緩やかな国家像です。

 概して、諸兄は、「倭人」に、後世風の強力な国家を想定しているのですが、文書行政なくして、鉄血国家は、成立し得ないし、そのような時代錯誤の強権国家の必要もなかったのです。

                                未完

 

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