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2020年6月 5日 (金)

陳壽(中国史)小論-16 (2013) 獻生口 3

                               2013/09/30   追記 2020/06/05
◯献生口
 それにしても生口は何者だったのか、一案を先賢に学びます。
 http://koji-mhr.sakura.ne.jp/PDF-2/2-3-4.pdf (無断Linkごめんください)

 獻生口の実態は技能工(匠)ではなかったかと提言しているものと思います。
 貴重な見識に感服はしましたが、承服はしかねるのです。

 中華王朝が、多年の歴史を誇る華夏文明(権威有る中国文明)に浴しない東夷の「匠」の技術を取り入れるとは思えないのです。
 中国を貫く儒教的世界観では、職人芸を尊ぶどころか、士人(一人前の人物)は、つまらぬ雑事(鄙事)に手を染めない、と手仕事を卑しみかねないほどに軽視するのですから。

 倭国も、貴重な匠を大挙して大陸に送り出したら、人材払底するし、匠の跡継ぎも生まれないので、不都合と思われます。倭国は、中国に対して、そこまで犠牲を払う理由はないと思われます。やはり、人員の移動があったとは思えないのです。
*新生口論
 さて、折角だから、否定だけで終わるのでなく、無理は承知で大胆な案を提示してみましょう。
 ここでは、生身の人間の献上、派遣は、大変困難性であり、「獻生口」とは、人数分の戸籍(戸口、今日の戸籍謄本)資料を献上したものであり、このような資料提出により魏朝への臣従を誓ったのではないかと思われます。

 「口」のつく熟語である「戸口」を分解すると、「戸」は「家」の管理情報であり、「口」は「人」の管理情報です。「生口」と合わせて、(各国王族の臣従の証拠となる)個人戸籍資料ではないでしょうか。

 これなら、献上品としての値打ちが高く、旅程上の荷物にならないし、もらった方も倭国の忠誠に価値を感じると共に、後の始末に困らないのです。

 つまり、「獻生口」とは、中国王朝への任官を願って身元資料、戸数資料、地図を献上し、献上地図の土地を知行地として与えるように求めているのであり、謝礼として礼物を献上しているのではないか、と言う「珍説」です。

 「難升米爲率善中郎將、牛利爲率善校尉」と書かれているように、正使副使は魏朝の高位の武官に任じられていますが、その際、先年の獻生口に基づく知行地を得ているはずです。二人は、魏朝の国家体制に組み込まれ、朝命が下れば、傘下の兵を率いて出兵する訳ですから、戸口資料でその陣容を上申しているはずです。

 なお、獻生口に基づく任官でも、これらの官位より下級の官職の任官記事は残らなかったのでしょう。

 このように、中国の王朝に忠誠を誓う獻生口の報酬として官位と印綬(記念品)を与えるのでしょう。魏朝としては、与える領地は元々本人たちの領地であり、中国の遙か彼方で国内の誰かが迷惑することもないのです。そして、各国国王は、女王配下の統治者としての権力を正当化されるという仕掛けです。

 魏朝から女王国に下賜された銅鏡100枚にしても、何か根拠がなければ100枚も纏めて下賜できないと思われますが、獻生口の見返りであれば、当面の任官の記念品となります。

 こんな「非常識な」方法で任官を誓願した外夷は、空前絶後で、かくも特異な記事になっているのでしょう。愉快な理論と思いますが、いかがでしょうか。

 聞けば聞くほど、獻生口とは、何のことかわからないと感じていただけたら幸いです。

 以上は、筋の通らない記事に筋の通りそうな意義を与える、無謀な素人考えなので、お忘れいただいて結構です。

 とにかく、「獻生口」の意味のわからないままに「奴隷」献上との解釈を定着させ、当時の統治者に、根拠もなく人身販売の汚名を着せるのは、好ましくない議論と思います。

 まして、一部の識者の論説にあるように、対海国、一大国が、食料、物資を調達する南北交易で、人身販売業に従事していたなどと論ずるのは、憶測による冤罪であり、今日の国際社会に波風を立て、後生に不安を与えるものではないかと懸念します。

 史上の人物、国家を論難するときも、確たる証拠無くして有罪としない「推定無罪」の適用が必要でしょう。

 毎度ながら、わからないことはわからないと認める勇気が、史料に対する誠実な対応法と考えます。

以上

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