私の本棚 大庭脩 親魏倭王 4/6
学生社 2001年9月 増訂初版 2018/05/26 補充再公開 2020/06/24
*蛮王の栄光
さて、⒋で、著者は、景初三年六月記事から、倭人伝の調子が変わったと感じるとおっしゃる。お説の通りである。
ここまでは、客観的な記録文書であるが、この後の部分は、魏朝皇帝の制詔を骨格とした史実に即した記事であるとしている。
魏志の記事と対比して、卑弥呼は、蛮王として、国内の王より一段も数段も低い格落ちになっているとされていて、わざわざ「帯」に大書、特筆されているが、不当な扱いでなく、むしろ、秦漢魏三代の官制に即していて、順当な扱いと見るべきである。私見では、むしろ、弱小遠隔でありながら、いや、極限の遠東故に、立ち所に極度の厚遇を受けたと見るのである。
漢では、王は皇帝の一族に限定された。建国当初任じられた異姓の王は、長沙王なる例外を除き全て誅殺された。その後も、漢制の王は、皇帝の縁戚だけが任じられる、極めて高貴な身分であった。
建安年間の末期、漢朝の威光を天下に回復した曹操が、その無比の大功により、魏王に任じられたのは、その光明の頂点、つまり、死の直前であった。「王」とは、そのように、臣下を超絶した天子に通じる境地なのである。漢代、臣下の頂点は、通侯ないしは徹侯と称されたが、王は、その上に位置するのである。
対して、蛮夷は、中国の文化を身につけていないものであるから、決して中国の一員になれないのである。
蛮夷は、中国の文字を知らず、中国の言葉を知らず、よって、先哲の書を知らず、中国の暦に従わず、中国の衣服を身につけず、まして、女性を王としているからには、中国でなく蛮夷なのである。一段格下で、何が不都合なのか、理解に苦しむ。
この辺り、著者の面目躍如の分野であり、諸王朝の法制史料を広範に照会しているので説得力の高いものである。まことに著者の真骨頂であるが、当方の口を挟むものではないので、書評はしない。
*倭人伝本文批判 再び
以下、倭人伝記事について、普通、あてにならないとされる書記記事まで援用して議論を進められるが、帯方郡太守が皇帝に「使」を送るのはもってのほかであり、「吏」を送ったと解すべきである、と具体的な校正を行っている。
*丁寧な古田説批判
さて、そこで、倭人伝に一度登場する「邪馬壹国」が、「邪馬臺国」の誤写であるとする俗説に断固反対する古田武彦氏の論考に対して、丁寧に考察を加えて私見を示されているのは、貴重である。
著者は、俗説として世に蔓延っている、『現に史料に書かれている「邪馬壹国」を「邪馬臺国」に読み替えるべきだ』という無根拠で短絡的な議論には同意していないが、古田氏の後漢書に対する論考には、同意できない乱れを感じている。まことに、おっしゃるとおりであろう。
*古田氏の後漢書論
古田氏は、現存史料はもっとも尊重されるべきだとの原則を保っているから、後漢書に「邪馬臺国」と書かれていることを、論考無しに否定することはできないのである。それが、手際が悪いと見える後漢書史料粗飯になっているのであるから、著者の意見は妥当なものと思える。
つまり、古田氏の「「邪馬台国」はなかった」論が、倭人伝に「邪馬台国」はなかったとするにとどまっている最大の論敵は、古田氏自身なのである。
未完
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