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2020年6月18日 (木)

私の本棚 7 礪波 護 武田 幸男 隋唐帝国と古代朝鮮 改 1/3

中公文庫 世界の歴史 6 2008年3月 文庫版 2014/05/22 分割再掲2020/06/17

 私の見立て★☆☆☆☆ 未熟な推測構成  以外★★★★☆

〇始めに 「古代朝鮮」論
 本書の主たる守備範囲は、「隋唐帝国」ですが、何故か、時代を遡った「古代朝鮮」が付随しているので、後半部が本論筆者の守備範囲に及んでいます。

*倭人伝考察
 第2部 朝鮮の古代から新羅、渤海へ 武田幸男
 「10高句麗と三韓 帯方郡と卑弥呼」に、魏志倭人伝に関する考察が展開されているので、ページをめくる手が止まるのです。

*景初三年皇帝拝謁仮説

 著者(武田氏)は、景初遣使が拝謁したものの下賜物は目録と解します。

 当然、景初三年一月一日に明帝が死亡したことは、ご承知ですから、年少の新帝曹芳が、喪中を顧みず接見したのでしょうか。どのような根拠で、「拝謁」、「接見」を得たと断定しているのか不可解です。

*安易な生口解釈追随
 生口は、捕虜ないしは奴隷と安易な「定説」追随が明らかとなっています。
 「鳥は宿る木を選ぶ」のですが、確かな木を選んだのでしょうか。

*的外れの出超評価
 景初遣使下賜物を魏側の出超と評していますが、物々交換の交易ではないので、時代錯誤、見当違いの低俗な評価です。

 献上物と下賜物の魏朝での時価を総合すれば、交易収支が推定できますが、ことは交易ではないのです。

 また、倭側としては、献上物の価値(コスト)評価には、危険を冒して遠路はるばる持参した運送費や使節の出張費といった膨大な「経費」を考慮するし、魏朝側としては、帝国の威光を遠隔地に広げるという「広告宣伝」が絶大であるのを考慮すれば、下賜物のコスト評価が変わってきます。

 こうして、単純な「物」の価値評価の埒外の評価が適用されるますが、それぞれ主観であり、どうしても正当、公平な価値評価とならないのです。

*拭いがたい時間錯誤
 後世の価値観を無思慮に古代に塗りつけるのは、時間錯誤であるし、ここで述べられた「出超」評価は、短評を試みたように、現代の合理的な経済原理を踏まえた評価でもないのです。何とも、子供じみた浅薄な放言であり、著作の価値を下げてしまうと言わざるを得ないのです。

*大盤振舞い
 それにつけても、魏朝下賜物は、その時ことさらに設えたのでなく、恐らく漢王朝以来の宮廷倉庫在庫品であり、後漢末期の長安遷都に伴う略奪を免れた貴重品としても、アウトレット(在庫処理)の大盤振舞いかと思います。

*万里の賓客
 とは言え、周代以来の制度として蛮夷受け入れ部門である鴻廬に示された規準では、万二千里の遠隔の新来蛮夷は、最大限の賓客厚遇を施すことになっているので、後世人には、到底理解できない処遇と見るのです。

 時の明帝曹叡は、漢代は勿論、祖父武帝曹操、実父文帝曹丕を越える絶大な偉業を示そうとしていたので、一段と厚遇されたものと見るのです。

 何にしても、詳細な内容と価値評価基準がわからない点からも、「出超」発言は軽率と言えるでしょう。

                                未完

 

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