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2020年6月27日 (土)

新・私の本棚 刮目天一 プログ記事公開質問への回答 補 2/3

                                 初稿 2020/06/27 補充 2023/02/05
 九州王朝説は古代史の躓き石だろ(^◇^)

*悪書論再び
 小生は、熟読の結果、長野氏は、無知で無神経な論者と見ているのです。「正史」に「海路」が登場しないのは、当時、そのような不法な概念がなかった、つまり、「海路」制度は無かったのです。自稿批判なしに、独善を書き立てて出版したところに、「言ったもん勝ち」の悪辣さを感じたのです。
 とにかく、なぜ、官制として確立された半島内陸路を行かないのか、納得のいく説明がないのです。
 同書は、史論書として余りにも無残なので、別途書評をご確認いただきたい。

 私の本棚 長野正孝 古代史の謎は「海路」で解ける 1/9

*まぼろしの大和川遡行
 河内から大和に入る大和川遡行は、過去記事で確実に否定しているので、貴見には従えません。大和川は、漕ぎ登れる流れではないのです。勿論、帆船などは論外です。また、川沿いは段差のある崖で、曳き船もできないのです。
 ついでに言うと、下り船で何とか荷を運んだとしても、帰り船ができないので、船を担ぎのぼることになり、途方もなく、大変な負担になります。
 敬愛する森浩一氏や直木孝次郎氏のような、実務、実証を重んじる考古学者諸賢が、貴兄と同様の大和川観に陥っているのは誠に残念ですが、諸説に誤りがあれば、率直に指摘するのが、私淑の表れと見るものです。
 大和川を河内湾から漕ぎ登った荷船は、終点柏原の波止場で荷下ろしし、そこからは、「痩せ馬」部隊が、小分けした荷を背負って、けもの路ならぬ人道を登ったでしょう。
 話しの流れに戻ると、お戯れとしか言いようのない、数百人どころではない武装軍兵が、小型の漕ぎ船に分乗し、大和川急流を漕ぎ上る図は、到底あり得ない戯画と考えます。言いくたびれるのですが、画餅ですらないのです。
 行軍に際しては、必要であれば、訓練された工兵が山林を伐採して桟道を設け、時には、船橋を敷いて、とにかく徒歩で行軍するのが、兵法の大原則であり、山があっても時間をかければ、乗り越えられるものなのです。そして、流れに身を浸して川を渉るのは、重大な軍律違反なのです。

*生駒暗峠の矢戦
 司馬遼太郎氏の少年期懐旧談で、生駒山暗峠西斜面の田んぼのあぜ道に、石鏃が結構な数埋もれていたそうですから、峠越え軍を頂上から射すくめたようです。いずれかの時代、つまり、後世に、両郡の間に妥協が成立して、往き来が始まったでしょうが、要するに、川筋が、「通商」の道の総てでは無いのです。

*主流の木津経路
 ちと余談めきますが、近隣で漕船運航があり得るのは、傾斜も流れも緩やかな大河「淀川」水系です。小生のお勧めの進軍路は、淀川を比較的大きな船で遡行して最後は、南に木津の船溜まりに至り、以下、奈良盆地には、比較的背の低い「なら山」越えで、奈良盆地北部の後の平城京域に入るものであり、以下、起伏と川筋はあるものの、平地続きで、盆地中南部に至るのに、「特に難関は無い」というものです。特に支持者のない素人談義ですが、労少なくて功の多い妙策と勝手に見ています。
 折角のご意見を聞き流しているようで恐縮ですが、この批判を提示するまでに、それぞれの議題でかなり資料を読み込んでいるものとご理解ください。

*無縁の邪馬台国正当化
 次ぎに、ご教示いただいている「邪馬台国」論ですが、小生は、隋使来訪で言えば、敵の目的地は「竹斯国」であり、ここに腰を落ち着けて探偵したと隋書を読んでいるので、「倭人伝」誤記論などは、お呼びではないのです。
 因みに、隋書は、「俀国」について、「魏晋代以来中国と交流を続けていた」、つまり、「倭の後継と明記している」ので、「倭」は、変わりなく九州北部と認識していたことが明示されていると考えます。「九州王朝説」など、無用です。

*裴世清談義
 川村氏は、隋書の「竹斯国から東に十余国を経ると海岸があるのを知った」との明快な記事を、長期間を経て海上移動で河内湾岸に着いたと解釈していますが、これは、隋書の解釈でなく、東夷の「創作」です。

*信じがたい疎漏
 隋使が、延々数ヵ月に上る長距離移動の顛末を、すっぽり書き漏らしたと決め込んでいますが、裴世清は、文林郎、つまり、図書館司書の役所(やくどころ)であり、職業柄、公文書を熟知していたので不用意な書き漏らしなどしないのです。まして、未踏の敵地で、何ヵ月も費やして遠路遙かに移動し、困難な寧遠任務を果たしたという一大功績を、逆粉飾して何も書かないはずがないのです。
 帰国時に、そのような疎漏を提示していたら、譴責され、馘首されていたはずです。当然極まることですが、隋使一行には、お目付役、監査役がいて、克明に記録を綴っていたので、正使が勝手なホラ話を書いても、通用しないのです。又、煬帝が、査読しないわけは無いのです。古代/中世の中国の叡知を侮ってはなりません。少なくとも、煬帝は、愚鈍、怠慢では無かったのです。

                                未完

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