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2020年6月24日 (水)

新・私の本棚 番外 川村 明「九州王朝説批判」改 2/7 通典の読み方

                 2016/03/20 2019/03/09  2020/06/24

*通典編集の台所
 通典は、隋代記事まで書き連ねた後、最終段落で編者の時代に近い唐代記事を収録し、その際は、「日本」らしいのですが、倭の別称として紹介されているだけであり、記事全体を「日本」記事に改題するには至っていないのです。そのため、体裁は至って明解で、通典に「日本伝」は無いのです。

 実際のところ、通典編纂者のもとに、どのような史料が届いていたかは、知るすべがないのですが、概容を知る手がかりは旧唐書の記述です。

 旧唐書編者は、通典編者と同等資料を見たが、自身の見識で倭伝を立て、伝体裁を採らずに日本を記したのです。当時の正史編者の基本的な倭観です。

 いや、通典邊防篇編者の脇に正史蕃夷伝の収録された巻の上級写本が並んで、都度、直接そこから引用したとは思えないのです。下級編者が正史から引用した「倭伝稿」を、上級者が編集していたと思えるのです。

 その際には草書系早書きが多用されるということなので、「文字化け」が多発したでしょう。常套句は、編纂者が校閲できますが、蛮夷の人名や国名は、校閲できなかった可能性が高いのです。

 通典には、史書ならぬ特有の欠点があることを、覚悟すべきなのです。

*駿馬と鈍亀
 当ブログ筆者は、別記事で、できの悪い比喩を創造して、正史編纂者の態度を、地を這う亀と評しました。のこのこと前進するだけの鈍重な生き物ですが、滅多に転けないのです。

 それ故に、正史の記事には、比較的高い信頼を置けます。(なかには、笵曄のように、駆け出す亀もいますが)

 通典などの百科全書的大著は、記事分量が膨大なので、地を駈ける駿馬のような疾走ですが、駿馬は転けるのです。

 それ故、通典など非史書歴史記事に史料として高い信頼を置けないのです。

*非史書としての通典
 ただし、以上の論旨は、通典記事が、はなから全て信用できないと言っているのでないことは了解頂けるものと思います。

 つまり、通典は、厖大な大著に歴代王朝の儀礼や官制を網羅して、大変貴重な史料であることは言うまでもないのですが、念のため付記します。

*粟田真人談義
 氏の主張で無邪気と思うのは、通典倭記事の最後に出て来る入唐倭人に関する「有名な大和の人物である粟田真人」と言う粗雑な発言です。

 「有名な」が意味不明で、たぶん「人物」にかかるのでしょうが、ここは中国史料の史料批判を試みている場であり、その環境では、戸のような発言は、論拠と意義が不明です。

 「大和の人物」と仮睡しても、通典に「大和」はなく、また、「粟田真人」は倭の人物です。氏の内面で、通典記事は、「大和」史観、世界観で読み替えられているのでしょうか。論議の際は、どの史料をどう解釈しているか明解にしなければ、すれ違うだけです。誰も、氏の脳内を覗くことはできないので、氏の書かれた文字を追うしかできないのです。

 国内古代史史観に囚われて、中国史料の文意解読の際の論理が混乱しているのではないでしょうか。同時代の何のと言う以外に、どんな世界観で書かれているか拝察すべきでしょう。

                              この項完

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