新・私の本棚 遠山美都男 卑弥呼誕生 改訂新版 1/2
洋泉社 歴史新書Y 2011年6月発行 2020/06/09
私の見立て ☆☆☆☆☆ 零点 よいこは真似しないように
◯総評
本書は、こと倭人伝解説書の中で、原史料たる倭人伝を改竄、造作する流れの行き着くところを示したようです。他にも同様の無意味な解説書はあるから、最悪かどうかはわかりませんが、かなりの水準をいく悪書です。
当ブログ記事の書評として書き出したように買うべきでないものです。
*概要 史論でなく「浪漫派」の独白
本書は、日本古代史専攻史学博士たる著者の中国正史の文献学考察において要求される専門知識の欠如、稚拙さが露呈していて誠にお粗末です。
要するに、日本古代史の国内史料の解説書に基づいて、古代浪漫を紡いでいるだけで、日本書紀を解読したわけでもなく、まして、倭人伝の漢文の解読を放棄していては、文献学先人の追従しかできないのです。
正体不明の訳文を適当に引用して、もっともらしい装いですが、素人考えを素人風に書き散らしています。
専門家を装っているため読者が丸呑みしそうで剣呑です。これを『素人風』と書くのは当ブログ筆者の謙遜表現と輻輳して大変不愉快ですが、素人と言えども、学べば改善されますが、学ばなければ付ける薬はありません。しゃれて「浪漫派」か。
*無学不遜 不熟の大成~ムック記事批判
氏の無学不遜、不熟不撓は、近作の歴史読本2014年7月号 特集「謎の女王 卑弥呼の正体」~「徹底検証九人の卑弥呼」の一端に書かれた『卑弥呼機関説』なる粗暴な短文の書き出しに、往く繰りもなく表れています。
卑弥呼とは『魏志』倭人伝という外国史料にしかあらわれない存在である。したがって、その実像の解明には『魏志』倭人伝に対する徹底的な史料批判がもとめられる。そこに書いてあることをそのまま追認することが許されないことは多言を要さないであろう。
僅かな字数に、現代日本語としても特異な用語、表現が凝縮していて、読者に出費を求める商用出版物で、このような意味・意義不明な暴言は『許されない』事は言うまでもありません。
*誤解満載 以下同様
衆知の誤解を列記すると、「卑弥呼」は、魏志倭人伝以外に後漢書倭伝に登場する人名、「固有名詞」です。光学的「実像」は倒立「イメージ」であり、所詮外観印象ですから、本来、目を開けば難なく見えるのです。
「史料批判」は、史料テキストを理解した上で、内容を掘り下げた徹底的考察を付くすのが常識です。原文意を理解して初めて史料の適否を決めるのであり、既存の根拠不明の印象記は追認すべきでないのです。
冒頭のつかみが、このような乱調ですが、以下の記事も、用語、行文が揺らぎはなしで、暴走、迷走するので、善良な読者は、何を言いたいのか聞き取ろうとする気がなくなるのです。と言う事で、これ以上引用はしません。
以上、高校生のクラブ活動報告書の下書きのように、一歩ごとの用語ダメ出しが必要では、情けないものがあります。「歴史読本」誌は、伝統を継承していると信じていたのですが、ムックでは、何も編集しないのでしょうか。
*「浪漫派」の錯誤
初心者なみの用語改善指摘では仕方ないので、重大な錯誤を指摘すると、視点錯誤です。
中国古代史で「外国」は中国以外の蛮夷であり、「言葉」、「文化」を解しないから、史料はあり得ません。つまり、三世紀、文字のない「外国」に史料は一切ないのです。
それに対して、氏は八世紀「日本」の夜郎自大視点で「外国」としていて、要は、中国も、鴻廬館に寄寓する蛮客に過ぎないという尊大な視点から、堂々と見下しているようです。ようですというのは、この暴言の根拠を示さないからです。
と言う事で、はしなくも露呈しているのは、「浪漫派」共通の視点錯誤であり、後世「日本」成立以降の国家像が当然の原点となっている古代「浪漫」のようですが、同ムック主題から見ると、大きな見当違いです。
「徹底的な」「史料批判」の視点がはなから的外れでは、御自分を診断したらいかがですかと言いたいところです。
中国では、経書、史書などの文書編纂に高度の教養を動員したから、資料原文を読解できない素人は、現代風の貧弱な語彙を武器として理屈付けするのは、言うならば素手で岩壁を削るものです。
とどめの「多言を要しない」は自身の言葉で正当化できない時の無責任な隠れ家です。衆知自明、自然などの逃げよりはましに聞こえるのでしょうか。二言、三言で済むなら、この場で言ってみたらどうかという事です。隠れ家にもなっていないのです。
未完
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