« 2020年6月 | トップページ | 2020年8月 »

2020年7月

2020年7月29日 (水)

今日の躓き石 毎日新聞将棋記事に漂う「リベンジ」汚染の一端

                          2020/07/29

 今回の題材は、同一記者による二件の記事であり、今や一般向けニュースで報道される「時の人」 将棋界の新鋭、新棋聖の卓抜した技量とそれを支える不断の努力を称えるものと思う。それ自体は、納得のいくものであり、広く取材し、深く思索を極めた物として、賞賛に値するものである。

 毎日新聞大阪朝刊14版 「大阪」面      盤上の風景 藤井聡太新棋聖         2020/07/27付
 毎日新聞大阪朝刊14版 「オピニオン」面   記者の目 [最年少でタイトル 藤井棋聖]  2020/07/29付

 正直な所、当記事担当記者の言葉遣いは、全体としてまことに順当であるが、困ったことに、この場でどうしても指摘せざるを得ない難点が、両記事に登場している。ここで指摘するのは、一個の「ほころび」に過ぎないのだが、その一個の「ほころび」がまことに深刻な物であり、広く害を蔓延させる可能性が無視できないので、公開の場で指摘せざるを得ない。

 丁寧に読めばわかるように、二件共に「カタカナ語」の起用は、むしろ禁欲的に見えるほど控え目である。そして、使われている数語にしても、現代の日本語として定着しているものであり、安易に新語に流されない記者の品格を偲ばせる。

 その見地で言うなら、ここで使われている「リベンジ」は、近年蔓延している「平成の怪物流」の「乳臭い」誤用でなく、英語準拠のrevenge、「復讐」として使われていて、それ自体は、適正な流用であって文句を言う筋合いはない。

 しかし、真摯な意図で書かれていても、記事の文脈に当てはめると、将棋棋聖戦で、挑戦者に追い込まれた(前)棋聖が「リベンジ」、仕返しをたくらんだとの記事は、大変不穏当である。問題は、重大な宗教的な意義を見逃していることにある。

 いや、当記事筆者は、ご当人と言葉を交わしたことはないのだが、とても、将棋の場に、個人的な復讐心、さらには、血の天誅を持ち込む意図などないはずである。また、氏の宗教信条も知らない。

 そもそも、堂々たるトップ棋士が、いかに手強い相手であっても、負けたからその分、あるいは、「倍返し」で仕返しするという、子供じみた闘争心で動いたとは見えないのである。かりに、本人がそう発言したとしても、当人の名誉のために報道を控えるべきではないだろうか。記事の主題である新棋聖は、別に「悪玉」、「斬られ役」、「ボスキャラ」は、必要としていないはずである。

 別記事で指摘したように、目下掲載の毎日新聞名人戦観戦記では、両対局者の人格を貶める「暴言」が飛び交って、大いに歎いているのだが、担当記者には、この記事で、新進気鋭の若者を称揚するために、先輩を貶す意図はないはずである。十分定着しているはずの「リベンジ」の悪辣さについて、勘違いしているとしか思えないのである。このままでは、貴重なトップ棋士の顔に泥を塗りつけていることになるのであるが、多分、ここまで気づかなかった以上、今後とも、自力で気づくことはないと思うので、敢えて、耳に突き刺さる記事を書いたのである。と言っても、害意はない。

 いや、今回は、大阪版と全国版の釣り合いということで、晴れ舞台に二件相次いだのだろうが、全体として、よく推敲された堂々たる紹介記事に見えるのである。して見ると、不用意な「リベンジ」は、何とも、何とも、もったいないのである。

 「リベンジ」蔓延を食い止めるため、従来は、当該記事担当記者の記者倫理を問う手厳しい物であったが、それは、「半人前」の記者が、小耳に挟んだ流行り言葉を無造作に書き散らす軽率さを攻撃して、教訓として貰いたい趣旨で、ことさら手厳しくまとめていったものであり、今回の二記事が、その同列でないことは、以上の説明からも、おわかり戴けたものと思う。

 それにしても、天下の公器である毎日新聞には、各記者の筆の暴走を是正する校閲機能はないのだろうか。
 それとも、このような市井の私人の意見など、意に介さないのだろうか。耳を貸そうか貸すまいが、長年の定期購読者には、一言提議する権利はあると思うのである。

 記者の周囲には、この忌まわしい言葉の使用を控えるように苦言を呈してくれる「友人」という名の「厳師」は、いないのだろうか。一度紙面に載って世に広がれば、未来を担う子供達を含め、悪習に倣う人は数多いのである。後世に、悪習を継承しないように、と思うだけである。

以上

 

2020年7月28日 (火)

今日の躓き石 毎日新聞 名人戦観戦記の反社会的タイトル 「マスクはいらない」

                             2020/07/28

 今回の題材は、毎日新聞に掲載されている将棋名人戦の観戦記である。
 第78期名人戦七番勝負 豊島将之名人-挑戦者・渡辺明王将 第3局の8

 今回の苦言の原点を確認すると、観戦記とは、事実の報道でなく観戦記者の著作物なのだろうか、ということである。文学作品、創作であれば、多少の気ままは許されると思うのであるが、事実の報道なら、報道としての節度が求められるはずである。

 後に示すように、前日の観戦記のタイトルもひどかったが、今回は、「マスクはいらない」と反社会的な物になっている。
 現下の情勢は、ウィルスの感染拡大防止のため、例外のないマスク着用が義務化していて、これに対して、毎日新聞が堂々とマスクなどいらないと宣言するのは、どうした物だろうか。しゃれのめすなら、合衆国やブラジルの大統領を気取っているようにも見える。

 さらにひどいのは、文中で「思考の邪魔、つけてらんない!2人とも息苦しさから逃れて盤上に集中した」と両者の内心を勝手に代弁していることである。いや、観戦記者が両者にインタビューしてそうした主旨の意見を聞き取ったとしても、両者が報道機関に対して発言するときには慎重に言葉を選んだはずである。想像するのだが、両対局者が、マスクを外したことについて問われたら、「マスクが必要な主旨は理解しているが、マスクに湿気と熱気が籠もり、呼吸の妨げ、ひいては思考の妨げになるのでは、一時的に外さざるを得なかったことを、よろしくご容赦ください」と言ったはずである。ここに引用されているのは、仮に正確な引用としても、精々が子供じみた我が儘の口移しであり、高度な観戦記を求めて講読している読者の目に触れるべき物ではない。

 この点は、何にしろ主催者の配慮の限界と思う。マスク以外の何らかの手段で、このようなな息苦しさを、極力緩和できないか、最善の努力を図ったはずが、良策が見つからなかったようである。因みに、NHK棋戦では、設営に制約の少ない自局スタジオということもあって、両対局者の間に、上から隔離板を下ろしていると見受けた。名人戦会場では無理と思うが参考に述べておく。

 手段が何にしろ、隔離手段が両者に与える影響は公平であるから、思考を制約されることは、両者ともに受容すると思われる。まして、将棋界が、最高峰の棋戦で最善の配慮を行っていることは、ネット中継で公開されているから、最善の努力は最善の評価で報われているはずである。

 このような背景を考えると、今回の観戦記で示された配慮の無い暴言は、一新聞社の一観戦記者の分を越えて、将棋界全体に暗雲を醸し出すものであり、まことに不穏である。
 毎日新聞社は、将棋界の財産である「名人戦」に対して、社会的な非難が集中するリスクをどう考えているのだろうか。

 因みに、前回の見出しは、「名人が「ソフト化」」であり、意味不明なものの、記事を読むと、名人の指手の筋悪化を糾弾したもののようであり、将棋界最高タイトルの保持者に対して、「神」の如き不敗の高みから堂々と見下して、一切反論を許さない非難を浴びせていて、一読者として大変不快であった。まして、「ソフト化」などと、日本語として意味不明な見出しを善良な一般読者に投げつける手際は拙劣である。

 思い返すと、この観戦記者は、しばしば高級な暴言を書き殴る人である。ただし、影響が将棋界にとどまるなら、その世間で顰蹙を買えば良いのであり、当ブログで指摘したことはあっても、大きな問題でないと見ていたものである。

 それにしても、毎日新聞には、紙面を精査して、不穏当な字句を、穏当な字句に書き替えさせる校閲が存在しないのかと、歎くものである。

以上

2020年7月27日 (月)

私の意見「陳壽の見た後漢書」サイト記事批判 謝承後漢書談義 ・補追 5/5

                 2016/03/22 追記 2018/05/05 2020/02/15 2020/03/31 2020/07/27
 私の見立て ★★★☆☆ 誤解、誤読の反面教材

原記事の追記段落
*魏牧魏「後漢書」と言う妖怪
 因みに、当記事筆者は、別の場所で、『翰苑』は、高麗条において「魏牧魏後漢書」なる六文字書名を引用していると見ていると書き綴っている。これは、論議の余地無く、翰苑(写本工)の誤写によるものである。(原著者、編者の責任ではない)

 写本内の別の場所でほぼ正しく書かれている「魏収後魏書」(魏牧)と「笵曄後漢書」(笵曄)のそれぞれ五文字が、翰苑現存写本の写本工の脳内で混線したものである。しかも、途中で気づいてつじつま合わせしようとしたものが、六文字になっているのか、お手本とした写本に、すでに誤記校正が加筆されていてそれを正解、誤解したものか、とにかく、翰苑は、その誤写の来歴について、いろいろ空想が楽しめるのである。

 それはそれとして、本件は、明瞭な誤記であるが、同様の愚にも付かない誤写が、少なからず校正されず放置されていることが、翰苑現存写本の「史料としての信頼性」を、ほぼ帳消しにしている。

 Wikipediaによれば、「魏収後魏書」(2件+後魏書1件)は、中国北斉の魏収が編纂した北魏の正史(CE554頃の成立という)であり、おなじみの三國志の「魏書」と混同されるのを避けるため、『北魏書』『後魏書』なる通称が施されるものである。

 因みに、陳寿「三國志」の「魏書」(魏国志)が、「通典」、「御覧」などに「魏志」と誤記でなく書かれるのも、この混同を避けるものであることは衆知と思われる。

 当ブログ筆者のようなど素人が、一読して、すぐさまこうした勘違いに気づくのに、翰苑写本の誤った字面を信奉するのは、原文重視の姿勢であり、堅実な取り組みに敬意を表するが、翰苑現存写本の問題点を無視したものであり、福永氏ほどの部串木野方が、持論の根幹に据えるのは、のことに暢気なものと思う。

                                以上

追記:2020/03/31
 コメント回答には収まらないし、一般性があるということで、別記事を立てたので確認いただきたい。
私の意見「陳壽の見た後漢書」サイト記事批判 謝承後漢書談義 補充

                                                                                                                  完

私の意見「陳壽の見た後漢書」サイト記事批判 謝承後漢書談義 ・補追 4/5

               2016/03/22 追記 2018/05/05 2020/02/15 2020/03/31 2020/07/27
 私の見立て ★★★☆☆ 誤解、誤読の反面教材

*「筈」押し一辺倒
 福永氏は、後年、陳寿「三國志」全体を精読した上であろうが、劉宋皇帝の指示に従って補追と注釈を加えた裴松之が、後に散佚した史書の完本を「見ていたはず」と確認しようもない提議を持ち出しているが、衆知の如く、裴松之の注「裴注」には、都度引用原典が明記されていて、さらに、参照資料に関して、別途評価を加えているのであるから、そこにも挙げられていない史書は、参照するにすら値しない「ゴミ」と見るべきである。

 まして、当時、史官でない素人の私撰史書であって、いまだ公的に取り上げられていない范曄「後漢書」の東夷傳を「実際は見ていたはず」だと臆測して、これもまた確認しようもない提議を持ち出すのは、どういう意義を認めている発言なのだろうか。

 裴松之が、一読していようがいまいが、裴注に参照されず、論評を加えられていない雑文は、三国志解釈に於いて、存在しないと同義である。(現代風に言うと、「ジャンク」、ごみである)
 まして、「魏志」の本質的な部分と関係の乏しい「後漢書」など、裴松之の書庫の片隅に積まれていたとしても、無いに等しいのである。

*粗雑な前提、無謀な提言
 このように、福永氏は、幾重にも積み重ねた根拠のない推定の上に立って、魏志倭人傳の現行刊本に現実に明記されている「邪馬壹国」の文字は、当初の魏志「倭人傳」には存在しなかった、と、根拠も何も求めようのない、一方的な作業仮説を立てているが、「もともと明確な根拠のない推定であるから、そのような根拠を否定する論理は立てられず、いわば、単なる私人の妄想と見られているから、そのために決定的な反論は現れない」ものである。
 もっとも、批判能力が十分でないと見られるない一般聴衆にホラ話を、辻説法風に言い立てているだけだから、反論どころか、質問、意見は、出てこないのであろう。

 丁寧に裴注時の状況を確認すると、参照されていない范曄「後漢書」の東夷伝記事が、実質的に、「魏略」の引用、節略にとどまっているのが、後世人に容易に確認できるように、陳寿が取りこぼした東夷記事は見られないのである。すくなくとも、「倭人伝」に対する裴注は、些事の補正だけである。

 それは、魏志「東夷伝」の倭人伝に対する裴注が、大変寡黙であるところから見て取れるのである。恐らく、福永氏の脳裏には、夢想した資料が投影されていて、現実の史料の紙背に映じているのかも知れないが、それは、あくまで、個人的な幻想であり、何がどう見えているのかすら、明示していただかなければ、批判の仕様がないのである。

 つらつら思うに、同時代の事象について、言論自由のご時世とはいえ、学術的な論考で、根拠の提示できない風評を云々することは蔑視されるものである。まして、誰も実証確認できない古代の事項に関する風評想像にかこつけて、他者の論考を罵倒するのは、何と批評すればいいのであろうか。誠にもったいない話である。
 こうした強弁の類いのよく陥る失敗として、論考の基本的なところに大穴が空いているので、折角の提言が、熟読、精査されることなくゴミ箱入りする羽目になるのではないかと危惧する。

 少なくとも、氏ほどの確たる評価のある論客は、率直で忌憚のない批判に値すると思うので、ことさら別記事を立てたものである。史学論考としては、別記事の後漢書論と一括して、氏の意見をゴミ箱入り扱いするものである。

                                     未完

私の意見「陳壽の見た後漢書」サイト記事批判 謝承後漢書談義 ・補追 3/5

2016/03/22 追記 2018/05/05 2020/02/15 2020/03/31 2020/07/27
 私の見立て ★★★☆☆ 誤解、誤読の反面教材

*本題に還る
*謝承後漢書 観点の変化
 魏志倭人伝は「王沈の魏書」と「魚豢の魏略」とを基に書かれたとする見方に、「謝承の『後漢書』」を初めとする「旧・後漢書」群をも参照したとする見方を加えなければならないという観点に至った。

 福永氏は、高々と「観点」の変化をおっしゃるが、どんな知識、見識の持ち主で、どのようにして、どんな境地に至ったのか不明な状態で、このような発言を投げつけられても、共感も同意もしようがない。ご自身の意見を「理解、検証できるように」読者に伝える努力をしなければ、いくら広く読まれる場所としても、独り合点に終わるのではないのか。

 また、基本的な認識の確認になるが、史書編纂で肝心なのは、編纂者による関連史料の取捨選択と編集方針の遵守であり、それをもって「編纂」したというのである。
 実際問題として、編纂の過程で、どの程度、どの資料に依存したか、どの資料を却下したか、「三國志」上程版の作成時、すでに、編纂者の胸中に仕舞われていたものであり、公言されることはなかったと思われるから、今となっては確認のしようがない。

 因みに、陳寿が魏志を編纂した際、後漢朝の公文書は、禅譲によって平和裏に継承された魏の洛陽帝室書庫に健在であり、王沈「魏書」は利用したものの、陳寿自身が原資料を利用することも可能だったはずである。『「旧・後漢書」なる風聞資料』の実態は「後漢書稿」と見なす以外は、不確かであり、その実態は想像すらできないが、さらに飛躍して、陳寿が魏志の編纂にあたって、それら後漢書稿を頼りにしたというのは信じがたい。(「そんなことあるもんか」という深意である)

 陳寿「三国志」の魏志/魏国志には、確かに、後漢朝事績が引用されているが、それは、魏朝の創業者である魏武曹操の事跡、特に、献帝を傘下に収容してからの建安年間の活動を記録するために参照するのに限られているのであり、それらは、ほとんど同時代記事なので、あったかなかったかすら不明の後漢書稿の所引記事に頼らなくても、晋朝史官の史書編纂業務として、堂々と書庫蔵書、公文書類を参照して書き連ねることはできたのである。
 それは、史官として当然であるから、ことさら語られてはいないが、語られていないからこそ、順当に進められたと見るのである。

 つまり、著者によってこのように表明される論考は、証左のない、単なる現代読者のぼやきに過ぎないのではないかと愚考する。誰も反論しないからといって、絶対的な真理というわけにはいかない。

 とにかく、史書を書く以上、書き換えも取りこぼしもできない必須の原史料というものがあるのであり、それが取りこまれているからといって、史料として、二次利用とか盗用などとは言えないのである。
 必須の資料を改竄利用するなど、もってのほか論外の暴挙である。と言うものの、これは范曄非難をめいげんしているものではない。指揮者には当然、自明なので、示唆する必要すら無いというものである。
                                未完

私の意見「陳壽の見た後漢書」サイト記事批判 謝承後漢書談義 ・補追 2/5

2016/03/22 追記 2018/05/05 2020/02/15 2020/03/31 2020/07/27
 私の見立て ★★★☆☆ 誤解、誤読の反面教材

 再追記 (2020/07/27)  コメント回答
*謝承「後漢書」「東夷列傳」の当否 承前
 因みに、謝承「後漢書」輯佚巻八は未公開なので、確認不可能である。『七家後漢書』には、下記佚文が見られるが、「東夷列傳」の由来は不明である。謝承「後漢書」自体の記事であれば、単に「又」でよいとも思える。
 察するに「文選」の付注で触れられている程度のようである。
 その点も含めて、同コメントの指摘内容が、上記「追記」の当否について検討すべき資料であるかどうか、史料批判、資料審査を進める。
 因みに、「御覧」の全文検索では、当該部分は、謝承後漢所記事とは別記事と解釈されて表示されないのである。

*史料解釈批判
 正直なところ、当件は謝承「後漢書」「東夷列傳」と書かれているわけではないので、記事の出典が不明確である。
 「御覧」は、断片的記事を「整列」して記載しているが、記事が引き続いて「又」と称していても、同一資料を参照していると限らないと見られる。
 従って、「東夷列傳」は、范曄「後漢書」以外の何れかの後漢書の列伝の可能性が高いが、謝承「後漢書」の列伝かどうかは、確認しようがない。

 同内容記事が汪文台「七家後漢書」に「東夷列傳」を出典として引用されているが、謝承「後漢書」「東夷列傳」と書かれているわけではない。ただし、そのように解釈するのが有力と見られて、謝承「後漢書」「東夷列傳」佚文と見られた可能性はある。遡って、謝承「後漢書」輯佚巻八に収容され、ポツンと「東夷列傳」が成立しているのかも知れない。

 文選勤進表注東夷列傳~韓俗以臘曰家家祭祀俗云臘鼓鳴春草生也柵罪一禮儀心

 因みに、同書は、類書などに引用されている記事を拾い集めているので、「御覧」、ないしは「御覧」依拠史料の引用である可能性が極めて高い。つまり、「御覧」所引記事が謝承「後漢書」の佚文であるという推定の裏付けとはならない可能性が高い。
 遡って、「御覧」は、編纂時点に健在であった諸史料の善本から引用したわけではなく、かなりの部分が先行類書の引用と見られている。先行類書の編纂時点に、謝承「後漢書」の善本を参照したのか、佚文の子引き、孫引きなのかは、今となっては不明である。

 別記事で確認したように、謝承は、三国「東呉」領域の人であり、東呉に仕官したことは記録されているが、洛陽で中原政権に属し、後漢東夷文書に触れたと推定できる記録はない。他書に、謝承「後漢書」東夷列傳由来の引用も見当たらない。

 結論として指摘記事に基づいて謝承「後漢書」が「東夷列傳」を備えていたとする意見は、根拠不十分と見ざるを得ない。

*魏略「西戎伝」観の是正
 ちなみに、魚豢「魏略」について、当記事は「散佚」と速断したが、魏書末尾に補追された魚豢「魏略」「西戎伝」は、劉宋史官であった裴松之が、帝室書庫に継承されていた魚豢「魏略」善本の「西戎伝」全体を正確に補追したものであり、以後、陳寿「三国志」の一部として、適確に写本、刻本されたものであるので、部分とは言え、至上の善本と見るべきである。ここに早計な意見を訂正する。

                                未完

私の意見「陳壽の見た後漢書」サイト記事批判 謝承後漢書談義 ・補追 1/5

  2016/03/22 追記 2018/05/05 2020/02/15 2020/03/31 2020/07/27
 私の見立て ★★★☆☆ 誤解、誤読の反面教材

〇おことわり
 本記事は、通例の商用出版物の書評などではなく、「神功皇后紀を読む会」通信(主宰・福永晋三)サイトの(かなり古い)記事に対する批判である。記事自体に署名は見て取れないが、福永晋三氏のサイトであるので、これらの記事は氏の書いたものであろうと言う程度のものなので、単なるサイト記事批判は避けている。単に、良くある軽率な判断の一例を点検したものである。

 但し、後日(2020/03/31)確認すると、福永氏は、近年、著書を公刊して世に広く訴えるのではなく、支持者を集めて講演会を開き、その内容をYouTubeに公開して、閲覧回数を積み上げることにより、広く(一部の)支持を集めているようだが、そうした不正規の活動では、ちゃんとした評価を受けられないのではないかと思量する。

 YouTube動画はダウンロード禁止なので、表示されている資料を読み取ることを強要される。史料批判しようにも、当ブログ読者に、根拠を示すのが困難である。YouTube動画のURLを表記するにしても、長大な講演のどのあたりと明記するのが大変困難である。

 今回の追記は、コメントいただいた方の意見に従い、講演を拝聴した上で、ポイントだけ取り出して反論したものである。

 今回の追記(2020/02/25)は、本記事およびほぼ同趣旨の批評記事を参照する訪問者が多いことから、点検して、補強したのである。

□前置き
 ネットを散策していると、いろいろな意見に出会うもので、人も知る貴重文献「翰苑」でしばしば引用されている「後漢書」は、笵曄「後漢書」でなく、謝承『後漢書』であったと主張しているのである。
 いや、思いつきの個人的な意見に横合いから口を挟むのは何だが、これを、建設的な仮説と誤解する向きがけっこうあるようなので、一本、釘を刺すのである。

陳寿の見た後漢書

 記事筆者は、魏志倭人傳の記事の正誤を論じる基礎として、范曄「後漢書」だけでなく、魚豢「魏略」(散佚)を論ずるのに加えて、謝承「後漢書」(甚だしく散佚)も重視しなければならないという意見のようである。一応、ご主旨は拝聴した。

追記(2020/03/31)
 謝承「後漢書」 の佚文は、太平御覧(「御覧」)に多数収録されているが、正史夷蕃伝に類する記事は見当たらない。元々、東夷伝などなかったと見る由縁である。

再追記 (2020/07/27) コメント回答
*謝承後漢書「東夷列傳」の当否
 御覧所収の謝承後漢書佚文に続き『又「東夷列傳」』との記事が存在するから、謝承後漢書に東夷列傳があったと見るべきではないかと指摘があった。
 確かに、維基文庫「八家後漢書」によれば、謝承「後漢書」輯佚巻八の末尾に「東夷列傳」が記載されているが、謝承「後漢書」 原本に「東夷列傳」が収録されていたかどうか不明である。当時、夷蕃の対象である四夷の中でも、北狄、南蛮はともかく、西域都護を置いて大々的に探索を行った西域に関する記事が欠けていて、ことさら東夷列伝が立てられているのが不審である。

                                未完

2020年7月12日 (日)

今日の躓き石 毎日新聞の暴言 米国企業が連邦政府に血の報復「リベンジ」の疑惑

                               2020/07/12

 本日の題材は、毎日新聞大阪朝刊14版「総合」面のクローズアップ「5G整備米国内対立」なる重大な記事である。

 同様の暴言は、主として(比較的)無教養なスポーツ面で多発しているが、今回は、教養豊かで国際性に富んだ記者の執筆と思われるので、同社内の「リベンジ」誤用は、広く潜伏し多発しているのではないのかと危惧される。大半の良識ある記者は、不穏な言葉遣いを避けていると思うが、今回のように、屑記事が掲載されると、各員の日々の努力はぶち壊しなのである。

 報道に依れば、某米国企業は、10年前の連邦政府、主として、国防総省の決定で事業計画を覆され、会社が経営破綻したのを恨みに思っているようなのだが、だからといって、「血の報復(revenge)を企てている」というのは、大変な告発である。ペンタゴンにテロ攻撃、と言っても、お手の物のIT技術で、サイバーテロでも目論んでいるのだろうか。大変不穏当である。

 全国紙の記事で、米国内の連邦政府と企業の間の抗争を、このように不穏当な決めつけで書き立てるのは、報道の自由をはみ出していると思う。毎日新聞の編集部がそう思わないというなら結構だが、そのような告発は、十分な裏付けが必要ではないか。不審に思うのなら、当記事の当段落の直訳を作成して、駐在員から、関係者の意見を取材したらどうか。

 全国紙の報道については、とかく政治的な偏向が云々されるが、今回の暴言は、特定の私企業に対する告発であり、「フェイクニューズ」とは別次元の低劣さと思うのである。

以上

 

2020年7月 7日 (火)

新・私の本棚 岡田 英弘 「倭国~東アジア世界の中で」 「倭国の時代」

中公新書 482 1977年10月 ちくま文庫 2009年2月
私の見立て ★★★★☆ 知見に根ざした大局観 2020/01/15 追記 2020/07/07

〇総評
 全体として、一貫した史観に貫かれていて、良い意味でも悪い意味でも、巨匠の芸です。但し、追従者は、岡田氏の識見を受け継がずに、単に、その提言の字面で追従するから、単なる独善史観に陥る傾向が見られます。

□大局と明細~堂々たる見識
 岡田氏は、魏志の記述が、客観的な史実記述を逸れていると見ますが、その由来として、陳寿が編纂時の晋朝皇帝に阿ったなどと安易な決めつけをしません。説かれているのは、晋朝高官張華への義理立てです。
 私見では、史官が「正史」編纂にあたって、後世の指弾を回避するため、皇帝への阿りは、命がけで排除します。また、自分が魏志編纂の大任を与えられたのは、政権の泰斗張華の推薦によるものであり、この恩義は排除できません。
 ただし、張華は、明らかに自分に阿る曲筆は望まないから、陳寿は、あからさまな追従はしていません。この大要は、ご指摘の通りです。

*行程/道里の誤認~俗説加担
 岡田氏の見識が、具体的な考察に届いていない例が、倭人伝の郡から倭に至る行程/道里解釈、特に、半島内行程の誤断に現れています。

 岡田氏は、半島内地理の知識が深いのでしょう。半島詳図を掲載し、半島中部帯方郡から東南部狗邪韓国への街道順路として、賢明にも、南漢江街道~洛東江街道を提示し、途中に「鳥嶺」(竹嶺か)越えの難路を上げています。街道は、官制に基づき、所定の道里毎に宿駅を備えた整然たるものであり、駅送りの公用文書往来は当然として、兵事の兵馬移動以外にも、市糴財物の運搬に供され、弁辰産鉄の両郡への納入にも供用されたものと見えます。当然だからことさら倭人伝行程/道里に書いていないだけであり、「あって当然」のもののように思うます。

 従って、「官制に基づく街道が存在しなかった」という証拠がない限り、帯方郡から狗邪韓国までは、この街道順路を往来したと見なければなりませんが、岡田氏は、倭人伝行程/道里論議に至ると、なぜか、官制街道を放念して、俗説に染まった沿岸航行を採用しています。

 氏が、ご自身の見識を無造作に放棄して、無法な俗説に加担するのは、とてつもなく不出来だと思うのです。

*大月氏虚構/虚報に加担
 俗説では、魏代、西域大月氏からの使節入朝の大功が曹真に帰せられ、司馬懿に倭人入朝が擬せられ、倭使記事に粉飾が施されたと言いますが、魏朝にさしたる西域功績はないと見えます。
 当時の三国形勢図には、時に、魏の領域が遥か西域に伸びているように書かれていますが、これは、魏が後漢の西域経営をそっくり継承したという名分が「見える」化されているのですが、この手の図示に良くあるように実態のない虚構なのです。

 当時、西域への入り口にあたる涼州には、魏に激しく反抗し、蜀漢に提携していた勢力が強力な軍事力を持っていて、魏は、後漢の旧都長安を含む関中地域すら、把握できていなかったのです。いわば、西域への入り口が固く閉じられていて、まして、その西域の西の果てにある大月氏に百人が定番の使節団を送り込むことなどできなかったのです。

 大月氏は、交易商人に偽装して、涼州勢力の監視をすり抜けて、はるか東方の洛陽に辿り着いたのでしょう。魏朝にしてみれば、長年絶えていた万里の「遠絶」の地からの来貢は、漢代以来の定則で金印下賜に値しますが、前世武帝以来の「古狸」が、小ずるく馳せ参じたのは、別に曹真の功績ではなかったのです。

 現に、魏書三十巻末尾に裴松之が魏志西域伝稿に擬して補注した魚豢「魏略西戎伝」全文に、大月氏来朝で曹真を称揚する記事はありません。俗説は、根拠のない言いがかりと見えます。

 そして、岡田氏は、この俗説に安易に加担して感心しません。

*「創作」と「虚偽」の混同
 道里説について、氏は「ウソ」と決め付けましたが、「創作」と「虚偽」の区別がつかないのは勿体ないと思います。不合理な俗説に加担した上で、一転「ウソ」呼ばわりは泥沼論議であり、善良な読者は付いていけません。

 「偽」という漢字は、歴史的には、人の意思を為すという、肯定的な意味もあるので、あえて、「ウソ」と仮名書きしたものです。

*史官の筆の軽視
 史官は、「述べて作らず」と言うように、史実を適確に伝えるために記事に演出なり創作を加えますが、それは史実を偽るのとは全く異なります。この点を弁えた方は、古代史学界にまことに少なく、敢えて苦言を呈します。原史料の混乱をむき出しにせず、「史実」を伝える創作の「盛り付け」は史官の極上の手際と思います。

 勿体ぶって言わなくても、ウロコのある海魚をはらわたごと食膳に供する料理人があり得ないのと同様、混沌たる史実を、無編集で取り上げて「編纂」などと言う史家はないのです。

〇結論
 岡田氏は、広範な知識と深い考察をもとに、倭人伝解釈に大なたを振るいましたが、追従者が、事態を掘り下げず表面的に追従したため、倭人伝論に無用の波風を立てたことをいたましいと見ます。

                                以上

 

2020年7月 1日 (水)

新・私の本棚 季刊「邪馬台国」 第138号 巻頭言 紹介

「記紀の行間を読む」 梓書院 2030年7月刊

私の見立て ★★★★☆ 良心的で開明的      2020/07/01記

◯はじめに
 本号巻頭言から、編集子の国内史料視点偏重が読み取れます。いや、別に非難しているわけではなく、業界大勢に無批判に同じているように感じ取れるという指摘です。

*国書の成り行き
 隋書に記述のあると称する「厩戸皇子」の国書なる先入観は、別に個人的な意見でないので別に置くとして、隋帝が問題にしたのは、「天子」が「天子」に「国書」を呈したことで、日の出や日没の関係ではないと思われます。

 中国の世界観で、西界は「西王母」の住み賜う西域ですから、日没に近いというのは侮辱になりません。むしろ、当時の帝都長安は、東都洛陽に比べて、西域の玄関に大変近いのです。

*暴言の大罪 「天に二日無し」
 大罪は、「天に二日無し」(礼記)なる至言に照らしてです。

 隋帝天子に対して夷蕃が天子を名乗るのは、滅ぼして取って代わろうとの不遜な挑戦であり大逆の極みです。鴻廬寺卿は、身命を賭し、家族に決別して、至上の君に取り次いだのでしょうか。死して後已むという硬骨の志です。

*暴虎に挑む無謀さ
 それにしても、中国古典に多少の教養があれば、このように、目前の暴虎に挑み討伐を誘う、無謀で挑戦的な檄は、遠からず亡国を招くから、絶対飛ばさないのです。西域夷蛮の国の例で言うと、使者の首を刎ねるのなら、まだしも、生存の可能性があるのです。

*夜郎自大の伝統
 編集子は、国内史料視点であり、中国教養に欠けるようです。個人的な批判ではなく、上古以来の「夜郎自大」症候群なる宿痾の露呈と見てとっているのです。

 夜郎国は、中国南蛮王国であり、自身の天下を「世界」と思っていたから、外界の漢の巨大さを知らず実感を吐露したのです。とは言え、漢都遣使後は、蟻が泰山に挑む無謀さを悟って、口を慎んだということです。

 つまり、問わず語りで、かの国は、魏晋以来の遣使伝統の圏外であったと示しているのです。後年、此の国は、大隋、大唐の偉大さを悟って、不遜な言辞を詫びたとして、それで取り返しはついたのでしょうか。

*史書編纂への至言~高度な見解
 先だって、編集子は、史書編纂は、必然的に編集の筆が要求され、その筆で編集の度量が試されるとの至言を述べています。無加工、無造作の佚文羅列では、読むに堪えない紙屑ができても、典拠となる史書はできないのです。

 その筆を「潤色、加筆」などと矮小化する乱臣賊子の批判は、差し障りがあるので、ママ引用して愚劣さを示唆し、非難は抑制、割愛していると見えます。

 当時、「公文書」など無いから「改竄」も無いのが自明と言う事で、時代錯誤の現代野次馬放言はものともせず、古代人の至上の史書編集事業を称揚していますから、現代の非難、つまり、数は多いし、騒々しい、的外れな雑音は、全て空を切っていると見るのです。

 以上、当方は、別に業界の世間づきあいを気にせず勝手に代弁します。

*正史解釈に不可欠な基礎教養
 とかく無視されますが、中国正史は中国人の古典的な世界観で書かれていると悟って、座り直して文献の丁寧な解読に勤しむべきであり、早々に「夜郎自大」解釈の悪癖は払拭すべきでしょう。郷に入りては郷に従うものです。

 編集子の筆ではありませんが、後出の古代史論で「日中」「外交」などと、時代錯誤、場違いの暴言を書き立てているのを見ると、付ける薬はないのかと歎くものです。

*まとめ
 最後に確認すると、以上、編集子の筆には、概ね賛同しています。

 そういえば、タイトルは、「記紀の行間を読む」ですから、国内史料偏重を「夜郎自大」と誹るのは、ちょっと的外れに思われるかも知れませんが、「行間」の向こうは、太平洋ならぬ中国正史の青海原ですから、長々と書き綴った問題点指摘には、言った甲斐があるのではないかと感じます。
                                以上

今日の躓き石 毎日新聞の「壁」起用に賞賛の雨 くたばれ「ハードル」!!

                               2020/07/01

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊第14版の総合2面の見出しである。

 記事の内容自体は、大変重いものなので、ここでは触れない。感動したのは、壁」なる言葉の寸鉄の重みである。人の進路を阻んで、頑として閉ざしている姿が、読者の大半に確実に伝わってくる。見出しは、かく有りたいものである。

 ことさらに感動するのは、近年「ハードル」という、インチキなカタカナ言葉が出回っていて、読者の理解を妨げているからである。

 インチキなカタカナ言葉というのは、このカタカナ語は説明無しに起用される「比喩」であって、「壁」と漢字一字で済む所に、わざわざ意味の通りにくい4字カタカナ語を起用する趣旨が、読者に、大変伝わりにくいのである。
 要するに、読者の大半は、「ハードル」を、まずは、小中学の体育の時間に習った陸上競技のハードルと見るはずである。刷り込みということである。しかし、大人の世界で多用される「ハードル」は、実物のハードルと無縁の化け物である。次第に、大人の世界の大勢に馴染むにしても、毎回不審感を覚えるのではないか。無神経な大人には、なりたくないものである。

 少し考えればわかるように、陸上競技のハードルは、例えば、110メートルハードル競争の場合、100メートル競走のトラックを10メートル延長した競技トラックの各コースの決まった場所に決まった高さのものが置かれるのである。決して、一般社会の活動の場に、バリケードのように置かれるべきものではない。
 少し考えるだけで、以下の原則が浮かぶはずである。

  1. ハードルは、走者に、簡単な邪魔物を、トントンと飛び越える技を求めるものであって、走者をその場で阻止しようとするものではない。
  2. ハードルは、走者を阻止できるものではなく、軽く突き当たれば簡単に倒れる。何の罰則もない。
    走者は、ハードルを倒して走り続けると速度が落ちて競争に遅れるから、全て飛び越えようと練習するのである。
  3. ハードルの高さは、決まり切っていて、高さを変えることはない。世に言う忍者の高飛び鍛錬の道具ではないのである。子供用より大人用が高いのは、身の丈に合わせているだけである。大体が、背が高い方が速く走れるというわけではない。

 多分、この言葉の言い出しっぺは、ものしらずの知ったかぶりだったのだろう。小中学校で習ったことを忘れて、自分の好き勝手に言い換えるとは、何とも情けない大人である。いや、別に犯人の名前も顔も見たくはない。

 過去、現在の一流のメディアが、このような馬鹿馬鹿しい、間違った比喩を、むしろ持てはやして、無批判で追従するのは、言葉の護り人として、あまりにお粗末ではないかと思うのである。

 この「誤用」は、とかく政治家や評論家に多いのだが、これらの職業では、大半の方は、社会的に流行っていると思ったカタカナ語を、無批判に取り込むので、意見しても無駄と見ている。そうでない方には、ご不快であろうが、世の中、そういう見方で括られるのである。

 別の比喩で、「ガラスの天井」と言うのは、むしろ、誤解の発生しにくい、適切な比喩と言える。さすがに、米国製の辛辣な比喩である。

 ここでは、毎日新聞の良識の発露に、スタンディングオーベーションを送るのである。

以上

今日の躓き石 根深いNHK BSの「リベンジ」汚染 ワースポ+MLBの禁句連発

                          2020/07/01

 今回の題材は、昨日深夜のNHK BS 1のスポーツ番組である。恥ずかしい言葉が二度出たが、男性の声は、当日の解説者の男性であることはわかったが、女性の声は、コメンテーターなのか、ナレーターなのかわからなかった。詳しい台本はないとしても、丁寧な申し合わせをしているはずである。口が滑ったのではないはずである。

 この手の恐ろしく厄介な言葉は、野球選手が高校時代以来口癖になっていると言うだけではないようである。

 それどころか、アナウンサーらしい担当者、つまり、言葉の最高峰のプロが、とんでもない禁句を平気で聞き流しているという恐ろしい事態に直面するのである。

 失言は失言でも、「有効的」とか「同級生」とは、馬鹿馬鹿しさの次元が違うのである。

 何が恐ろしいかというと、この調子で、MLBオールスターゲームホームラン競争の出場者インタビューするときに、「おまえ、今回は、リベンジか」と言いそうなのである。別に、当視聴者自身は、NHKに何があっても痛くも痒くもないが、選手の怒りを買って放送事故にならないことを祈るだけである。

 これまでも、結構場慣れした記者が、シーズン終盤でタイトル争いしているMLB系選手に、タイトル一つぐらい、友達に譲ったらいいじゃないかと、敗退行為を持ちかけて、選手の激怒を買ったのを知っているからである。記者が男性だったら、カメラの前でもぶっ飛ばされていたかも知れない。これは、スポーツマンシップに対する侮辱発言であるから、罰されて当然と見なされているからである。
 ところが、「リベンジ」は、キリスト教などの基盤となっている旧約聖書の教えへの侮辱なのである。そして、世界を揺るがす、テロリストの心情なのである。バカにしてはいけない。

 かって、NHKの番組では、言葉遣いの規制が多くて叶わないというぼやきを聞いたことがあるが、もう、小言を言わなくなったのだろうか。そうであれば、報道機関として、着々と衰退の道をたどっていると見えるのである。一介の視聴者が、ここまでしつこく言わないといけないのは、どういうことなのかと歎くのである。

以上

« 2020年6月 | トップページ | 2020年8月 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    

カテゴリー

無料ブログはココログ