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2020年7月27日 (月)

私の意見「陳壽の見た後漢書」サイト記事批判 謝承後漢書談義 ・補追 1/5

  2016/03/22 追記 2018/05/05 2020/02/15 2020/03/31 2020/07/27

 私の見立て ★★★☆☆ 誤解、誤読の反面教材

〇おことわり
 本記事は、通例の商用出版物の書評などではなく、「神功皇后紀を読む会」通信(主宰・福永晋三)サイトの(かなり古い)記事に対する批判である。記事自体に署名は見て取れないが、福永晋三氏のサイトであるので、これらの記事は氏の書いたものであろうと言う程度のものなので、単なるサイト記事批判は避けている。単に、良くある軽率な判断の一例を点検したものである。

 但し、後日(2020/03/31)確認すると、福永氏は、近年、著書を公刊して世に広く訴えるのではなく、支持者を集めて講演会を開き、その内容をYouTubeに公開して、閲覧回数を積み上げることにより、広く(一部の)支持を集めているようだが、そうした不正規の活動では、ちゃんとした評価を受けられないのではないかと思量する。

 YouTube動画はダウンロード禁止なので、表示されている資料を読み取ることを強要される。史料批判しようにも、当ブログ読者に、根拠を示すのが困難である。YouTube動画のURLを表記するにしても、長大な講演のどのあたりと明記するのが大変困難である。

 今回の追記は、コメントいただいた方の意見に従い、講演を拝聴した上で、ポイントだけ取り出して反論したものである。

 今回の追記(2020/02/25)は、本記事およびほぼ同趣旨の批評記事を参照する訪問者が多いことから、点検して、補強したのである。

□前置き
 ネットを散策していると、いろいろな意見に出会うもので、人も知る貴重文献「翰苑」でしばしば引用されている「後漢書」は、笵曄「後漢書」でなく、謝承『後漢書』であったと主張しているのである。

 いや、思いつきの個人的な意見に横合いから口を挟むのは何だが、これを、建設的な仮説と誤解する向きがけっこうあるようなので、一本、釘を刺すのである。

陳寿の見た後漢書

 記事筆者は、魏志倭人傳の記事の正誤を論じる基礎として、范曄後漢書だけでなく、魚豢魏略(散佚)を論ずるのに加えて、謝承後漢書(甚だしく散佚)も重視しなければならないという意見のようである。一応、ご主旨は拝聴した。

追記 (2020/03/31)
 謝承後漢書 の佚文は、太平御覧(御覧)に多数収録されているが、正史夷蕃伝に類する記事は見当たらない。元々、東夷伝などなかったと見る由縁である。

再追記 (2020/07/27)     コメント回答
*謝承後漢書「東夷列傳」の当否
 御覧所収の謝承後漢書佚文に続き『又「東夷列傳」』との記事が存在するから、謝承後漢書に東夷列傳があったと見るべきではないかと指摘があった。
 確かに、維基文庫「八家後漢書」によれば、謝承後漢書輯佚巻八の末尾に「東夷列傳」が記載されているが、原本に「東夷列傳」が収録されていたかどうか不明である。当時、夷蕃の対象である四夷の中でも、北狄、南蛮はともかく、西域都護を置いて大々的に探索を行った西域に関する記事が欠けていて、ことさら東夷列伝が立てられているのが不審である。

                                未完

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コメント

昨日の小生のコメントを早々に表示下さいまして、ありがとうございます。

ささやかな指摘をさせていただきましたが、全体としては首肯するに吝かではありません。福永晋三氏のYouTubeを少し覗きましたが、ひどいものです。

あんな説を故郷に戻って吹聴して回るなど、どういうつもりなのか?その気持ちが分かりません。田舎の人間は地元が邪馬台国だったら喜ぶだろう!なんて思っているのか?

福永晋三氏はご自分の子供らにも邪馬台国が田川だ!なんて教え込むんでしょうえねぇ、、、

あ、ボヤキが過ぎました。失礼m(_ _)m

貴ブログは時折り覗かせていただいております。

不躾ながら本日は事実関係について一言だけ。

「追記 (2020/03/31)謝承後漢書 の佚文は、太平御覧に多数収録されているが、正史夷蕃伝に類する記事は見当たらない。元々、東夷伝などなかったと見る由縁である。」

とのことですが、『太平御覧』巻三十三時序部十八 臘に謝承後漢書を引いて【又東夷列伝曰】と見えます。これは三韓についての記事ですので、謝承後漢書に東夷の記事があったのは確かでしょう。

また、汪文台(南士)『七家後漢書』にもこの一条は収録されています。

素人故、楽しくブログを拝見させて頂いております。
福永氏は、日本で一人しか唱えない説を唱えておりますと自身も言っておりますが、やはり根拠を示さなければならないと思います。福永氏の説は異端ではありますが、日本古代史については、いろいろな人がそれぞれ自説を展開しているので、そういう考え方もあるのかと云う程度に時々見ております。

さて、「陳壽のも見ていた後漢書」ですが、既にご存じかも知れませんが、福永氏は下記URLの動画の中で説明しております。私自身は、これが証明になるのかどうか分かりませんが、参考までに連絡致します。45:30付近です。
https://www.youtube.com/watch?v=uxayNyTwXLo&list=PLn4G-4KcI7-1-30egzUOn6_9N3SCjuQvT&index=14

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