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2020年8月 5日 (水)

新・私の本棚 松尾 光 「現代語訳 魏志倭人伝」 参 通詞論 1/2

 新人物文庫 .KADOKAWA/中経出版 Kindle版

 私の見立て ★☆☆☆☆ 誤解と認識不足の露呈  2020/08/05

〇はじめに
 当記事は、本書に追記された「通詞論」に関する批判である。
【Q】魏の使者と倭人は、どのようにして会話したか
【A】魏国の使者が倭国に来たときもそうだが、倭国の使者が魏国に赴いても、使者の出身国の言葉がそのまま通じることはない。まして、世界の真ん中にいると称する国の人が、蛮夷の言葉に通じているはずも、通じていようと努力するはずもない。

〇コメント
 問われたのは、魏使来訪時の会話方法と明快だが、氏は時代錯誤の自己満足のせいか、筋の通った説明を怠っているので、率直に指摘せざるを得ない。

〇「倭人」錯誤看過
 「倭人」を、倭人伝「倭人」でなく、倭の住民とみて躓き石をやり過ごす。

〇識字率ならぬ識語率
 倭の住民といっても大半は文字を知らないし、一切教育されてないので、魏使の発言を理解できるはずはなく、また、身分の高い魏使と対話するのは、同様に身分が高く漢字を解する高官のはずである。「会話」など、端からあり得ないのである。しっかり、事態を想定する必要がある。

〇洛陽遣使談義
 洛陽に赴いた倭国正副使は、当時最高の教養の持ち主であり、あるいは漢語を解したかも知れないが、概していえば、それ以外の倭王以下の高官は漢語を解せず、倭国使が漢語まじり倭語に通訳したはずである。
 ちなみに、倭王は、国王の教養として漢字の素養はあったと思われる。でなければ、国事報告の内容が理解できず、裁決、指示できないからである。
 言うまでもないが、当時、中国語の通じない蛮夷、倭に、中国人と国事を談じる「日本語」など存在しなかった。(日本が影も形もないことは別として)関心を持っても、存在しない言葉を学ぶことはできないのである。

 三世紀当時、中国世界では中国が(唯一の)文明国であり、国事を語る言葉は中国語だけだったのである。「世界」は中国であった。松尾氏は、わけもなく中華思想を揶揄しているようだが、自身が不勉強で、誰かの意見に追従しているだけであり、つまり、見識が狭いために、自身の井戸の中に囚われていることに気づいていないのである。特に、三世紀どころか、中国太古以来の文字文化の堆積と当時の『外国』の文字無く、文化無き世界との隔絶を想到できないで、勝手な意見を垂れ流しているのではないかと危惧される。

〇掌客の意義
 中国は、世界の外の「外国」つまり外道の来訪時、紛糾を避けるため、客として遇したが、客は、中国の内国として認知されるために懸命に中国語、中国古典を学んだのである。蛮人が中国人として認知されるには、四書五経を暗唱し、古典書に書かれた先哲の言葉に関して問答に耐えることが「目安」とされていたのである。
 それでも、帝都の蕃客受入部局鴻廬の下級官、実務担当者の「掌客」が蛮人に言葉と儀礼を教えて、宮中参内で大過ないようにしたのである。

〇掌客の実務
 蛮人との『会話』の最先端に位置する掌客は、最下級とは言え官人であるから、蛮夷の言葉に染まることは許されなかったが、通詞として蛮夷の言葉を解する官奴がいたとも思われる。通詞を介しなければ、漢語、漢儀礼を教えようにも、端緒がつかめないのである。会話に要する片言は覚えざるを得なかったであろう。

〇会話通訳の意義と限界
 以下、氏が図式化して論じているのは、会話通訳であり、同原理を国事の意思疎通に敷衍するのは、全くの見当違いで、氏の認識不足を露呈している。蛮夷は、高度な概念を表す言葉を持たないから「通訳」は成立しないのである。いや、脳内に図式がなければ、文字や図で表しようはないのであり、氏は、読者に教授するつもりで、自身の浅薄な理解を示しているのである。

 また、日常会話の類いでも、両者の間に通じるものがなければ、通訳のしようがないのである。
 例えば、対面で行われる商取引では、数や通貨の勘定や月日の記法も、共通していたはずである。共通していなければ、言葉が通じても、意思が通じないことになる。
 簡単な日常会話は理解し合えたとしても、日常会話の延長の言葉や概念で国事は語れない。
 いや、ここまで説いている勘違いは、一般人、素人にはむしろ常態であり、民放の古代史番組で、司会者が番外発言として、同様の誤解をこぼしたのを聞いたことがあるが、氏のように中国史書の翻訳に挑むほどの玄人論者が、これほど簡単な原理を知らないままに過ごしてきたことが、不可解である。

                                未完

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