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2020年9月

2020年9月30日 (水)

今日の躓き石 毎日新聞に残る暴言 「リベンジの機会」の迷言

                              2020/09/30

 本日の題材は、毎日新聞大阪朝刊14版スポーツ面のプロ野球戦評である。

 「倍返し」で始まる不吉な記事であるが、後半に問題発言が飛び出した。まことに、全国紙の紙面規準に外れたと思われる無様なものであるが、現実に、配達された朝刊に堂々とのさばっているので、ここに、苦言を呈さざるを得ない。

 そもそも、某テレビドラマからパクったらしい「倍返し」は、安直であり、しかも、野球の試合に「倍返し」とは、何とも恥曝しである。自分で考えた言葉で書けないのは、一流紙の署名記者として貧相である。

 さて、登場する「リベンジの機会をものに」したというのは、どういう意味なのだろうか。現在主流の若者言葉では、「リベンジ」は、再挑戦、も一丁の意味に過ぎない。記者は、不勉強で知らないのだろうか。つまり、読者によって、「汚い罵倒」、「立派な仕返し」、あるいは「お茶目な今度こそ」のいずれの意味ともわからないと言うことである。報道として、読者が理解できない言葉を使うのは、恥ではないだろうか。ここは、歴史も権威もある全国紙の紙面なのである。現在の毎日新聞社には、以前、公刊されていたような社内の用語規準はないのだろうか。校閲は無いのだろうか。

 因みに、さらに理解しがたいのは、「機会」を「ものにした」と言う希代な言葉遣いである。リベンジが仕返しだったら、先発登板しただけで、機会を得ているのである。
 それとも、機会をものにするというのは、機会を生かして「結果」をものにするという事なのだろうか。記者は、自身の幻想をママ書き出すのではなく、一般読者に理解できるように工夫するのではないだろうか。それが、職業人、プロフェッショナルのみちではないのだろうか。

 毎回書いているように、生煮えカタカナ言葉「リベンジ」の出所と思われる英語の「リベンジ」は、絶対避けるべき反社会的な言葉なのである。記者が、テロリズムの隠れた支持者であったとしても、署名入り記事で使うものではないのである。

 どうか、将来ある投手に、そのような汚名を着せて良いものか、考えて欲しいものである。そして、天下の毎日新聞の紙面で帰せられた汚名は、拭い取りようがないのである。投手は、前回登板で、力が及ばなかったから、今回こそは、努力して力を出し切りたいと思ったはずである。ローテーション入りすれば、年に20試合以上登板し、10試合程度はまれるはずである。勝敗を争った果てに、負ける度に、その相手への報復を期していては、投手としての成長の妨げになるとしか思えない。失敗したことの反省はすべきだが、一々、根に持っていては、ということである。いや、人間性の問題、スポーツマンシップの問題であるから、人それぞれ個人的な意見はあるだろうから、ここは、当記事筆者の私見としていただきたい。

 以上、ただの素人の意見であるから、何から何までまともに受け止める必要はない。
 絶対大事なのは、「リベンジ」排除の提言である。後は、他人の身からすると、どうでも良いのである。

以上

 

2020年9月29日 (火)

今日の躓き石 繰り返されるNHKBSの暴言 海を越える「リベンジ」の蔓延

                             2020/09/29

 今回の題材は、毎度になってしまったNHKBSの「ワースポ」である。ずっこける暴言は聞きたくないのだが、メジャーリーグの報道では、他にこれだけ情報豊富な番組はないので、視聴しているのである。

 今回サカナにされたのは、カブスのダルビッシュであるが、暴言を浴びせたのは解説者でもなければ、時折、語尾を呑み込んでぼそっと「リベンジ」と口走るコメンテーターでもなかった。番組情報に名前は出てこないが、レギュラー登場の「ナレーター」なので、ダルビッシュが「リベンジ」したというのは誰の言葉かわからない。
 メジャーリーグで、報復行為というと「ぶつける」事なので、この番組が直訳でMLBに届いたら、ダルビッシュは罰金を食らうだろうし、次の対戦では、報復行為を受けかねないのである。

 どうか、この世界では言ってはいけない言葉があるという事を思い知って欲しいのである。そうでないと、日本のプロ野球は、報復行為が当然、むしろ賞賛される世界だと解されてしまうのである。
 既に、この番組は、田中投手のリベンジの烙印を押している。
 これは、公共放送のすることでは無いと思うのである。
 折角、大変な努力でナイターやセットアッパーを、公共放送の発するの電波から排除しているのに、段違いで悪質なリベンジを排除しないのはなぜなのか、全く、理解できない。

以上

2020年9月28日 (月)

新・私の本棚 季刊邪馬台国 136号 笛木良三 「魏志倭人伝は本当に短里..」三次稿 1/1

 「魏志倭人伝は本当に短里で書かれているのか?」 2019/07刊行

私の見立て ★★★☆☆ 不毛の論争の朴訥な回顧 2019/07/11 2020/04/06, 09/28改訂

〇愚問愚答
 本誌一九八八年春号「里程の謎」は「古典」であり、掲題は愚直です。
 三国志に、はなから「短里」なる用語と概念は存在しないから、『三国志に「短里」はなかった』のです。史学論文は、用語錯誤に注意すべきです。
 このような批判は、掲載に際し論文審査されていると信じるからです。論者も十分な見識を有し、率直な指摘に耐えるとみました。

*無駄なおさらい
 古田武彦氏創唱「魏晋朝短里説」論議は先行論文参照で事足ります。紙数の無駄は悪しき先例となります。本誌131号掲載の受賞論文、塩田泰弘氏の「魏志が辿った邪馬台国への径と国々」の広範で確実な論考を参照しないのは不用意です。学術論文は先行論文を克服すべきです。重ね重ね不用意です。

*見過ごされた「宣言」
 ここで、肝心なのは、倭人伝記事を読み違えているのです。
 「韓人、倭人は中国本土と異なる里数を使用し」の要約は、多重錯誤です。「里数」でなく「里」の論議なのです。また、「中国本土の里」、つまり、普通里の里数と六倍程度異なる里数を提示したのは、諸韓国や倭人の者でなく帯方郡の者です。夷蕃は官制を知らないのです。不用意な用語選択です。
 氏は、「地域里」の但し書きが無いと速断しますが、現に「帯方郡から狗邪韓国まで七千里」と「宣言」が明記/示唆されていて、軽率です。
 陳寿は、倭人伝編纂時、普通里でない里数を採用せざるを得ず、後世検証できるように「宣言」したと解するのが、後世読者の務めと感じます。明白な宣言を見過ごして三国志本文の雑記事をもとに泥仕合したから、掲題設問に三十年を経て解答が出せていないと思量します。

*図の錯解
 以下、意義不明の「図」の概念で論じますが、「図」は非論理的で、読者の感性に向けて、自身の幻想を押しつけるものなので、論拠になりません。
 ただし、機械製図のように、一定の規則に沿って作図解釈される「図」は、規則を学べば一意的解釈が成立し、論拠たりえますが、それは例外です。
 論者は、根拠無く、三世紀の陳寿が見た「世界図」を論じますが、全て論者の脳内図式であり、第三者に何の意味も無い夢物語は、紙数の無駄です。

*迷走の果て
 最後に、論者は、我に返って、史料を直視しますが、史料が読み解けないと、長々と夢想にふけったことの反省があるのかどうか。

 結局、論者は史料を直視せず、他人の意見を丸呑みしています。陳寿が明示した「帯方郡から狗邪韓国まで七千里」の「原器」を渡海一千里で曲げています。渡海は本来日数勘定で実距離と連動しないと見定めたのを忽然と抛棄します。そのような右顧左眄の論証は信用できません。

 また、実測でない、不確かな「里数」に高精度計算を施すのは、時代錯誤です。不確かな数値は不確かなまま扱うのが「合理的」、「科学的」です。

*まとめ
 すべて読み通して、合理的な推論手順を外れた、何十年の堂々巡りが実績として浮かびます。正解を得られないと証された不毛な論議は捨てるべきです。「本当に」などと、空疎な常套句に貴重なタイトルの三文字を空費している余裕などないはずです。

                               以上

2020年9月26日 (土)

新・私の本棚 河村哲夫 講座【西日本古代通史】「邪馬台国論争のいま」3/3

 アイ&カルチャ天神   資料 平成26年8月5日

私の見立て ★★★★☆ 沈着な道里論評         2020/09/24

○「魏志倭人伝」における一里
・漢代の一里はだいたい400㍍。これを帯方郡から邪馬台国までの一万二千里にあてはめると4800㌔㍍。これでは日本列島をはるかに飛び越してしまう。
・「誇張説」・・旅費の過大請求のため。
・「短里説」・・・・中国本土確認できない。
・「地域的短里説」・・『魏志倭人伝』における一里は、おおむね90㍍であり、理由は分からないが、それなりの一貫性を保っている。
結論::『魏志倭人伝』には、正確な部分もそうでない箇所もある。従って、、是々非々で検討するしか道はない。逆に言えば『魏倭人伝』のみで結論は出せない。日本文献や考古学成果など、総合的・多角的なアプローチが必要。
コメント 誇張説は(正確な)実測値が存在したとの妄想(推定、憶測、願望)に基づいています。
 短里説は、魏晋朝で国家制度として実施されていた証拠が、全く存在しないので、無法な強弁です。
 地域短里説も、文献上、何の証拠もありません。
 倭人伝道里行程記事の解釈で確実なのは、「倭人伝道里行程記事が首尾一貫して短里らしき里長で書かれている事を否定できない」だけであり、文献としては、倭人伝が孤証です。

 なお、倭人伝が同時代の同地域の道里の「唯一の文献記録」ですから、他に信頼できる史料が提示できるはずがありません。現実逃避、先送りは、徒労の繰り返しであり、後世に申し送りするのは「非科学的」で賛同できません。

 倭人伝のことは倭人伝に聞くしかないのです。

5、邪馬台国は何カ国の連合か
コメント 当ブログの圏外。別に30国でも31国でも、道里行程論議には、何の問題もありません。

6、邪馬台国の周辺諸国について
⑴『魏志倭人伝』には、「女王国より以北はその戸数と道里を略載できるが、その余の傍国は遠絶していて詳らかにはできない」として、二十一か国の国名だけを挙げている。
コメント 余傍の国の代表は、投馬国です。五万戸を擁しながら、道里行程も正確な戸数も報告していません。女王、つまり、魏朝に対して無礼です。
⑵これらの国々については、名前以外の情報が一切ないので、この記事だけで最終の結論を得ることは不可能に近いが、筑後川右岸の佐賀県地方にかなり近い郡名が見受けられる。
コメント 「不可能」と言い切りつつ、余人の憶測を認めるのは、あるいは、氏の保身なのでしょうか。感心しませんが、当ブログの圏外です。

7、狗奴国はどこにあったか
コメント 当ブログの圏外
 以下の講演内容は、総じて秀逸ですが、当ブログの守備範囲を外れるので、論評しません。

〇まとめ
 世上言われているように、倭人伝の道里解釈は、百人百様の誤解、迷走であるから、コメントに値しない「ジャンク」、「フェイク」の山です。
 河村氏に求められるのは、こうした屑情報を早々に論破して、検討に値する「説」だけを称揚することだと思うのです。それにしても、氏の「放射状行程仮説」嫌いはどういう由来なのでしょうか。まことに残念です。

                                以上

新・私の本棚 河村哲夫 講座【西日本古代通史】「邪馬台国論争のいま」2/3

 アイ&カルチャ天神   資料 平成26年8月5日

私の見立て ★★★★☆ 沈着な道里論評         2020/09/24

㈢〈六百里=水行二十日+水行十日+陸行一月とする説〉
・不弥国までの七百里に対馬と壱岐の一辺四百里と三百里の七百里を加え、残る不弥、投馬、邪馬台の六百里を、水行と陸行2ヵ月かけることになる。
問題点・・さらに日数がかかりすぎる。

㈣〈投馬国水行二十日と邪馬台国水行十日陸行一月は別々とする説〉

問題点・・苦肉の策問
コメント ㈢,㈣共に、趣旨不明、意味不明です。

㈤〈放射状説〉
・伊都国から先は伊都国を起点にして、奴国、不弥国、投馬国、邪馬台国へ別々の道をたどる「放射式読み方」説。
問題点・・恣意的解釈
コメント 当説は、ほぼ榎一雄氏創唱のようです。なお、蛮夷伝の道里行程記事で、王治などの地域中心を扇の要とする「放射状」記述とするのは、西域伝等で前例の多い書法です。知識、見識に富む識者の意義深い提言を、考証することなく等閑に付しているのは不審です。

㈥〈選択的道程説〉
・水行なら二十日で、陸行なら一月、所要日数は二十日あるいは一月との説。
問題点・・文法的に問題あり。
コメント 意味不明の文法論議でなく、厳密な時代考証で否定されるべきです。

㈦〈一日誤記説〉
・九州説では、陸行一月はかかりすぎだから、一日の間違いだとする。

㈧〈方角修正説〉
・畿内説では、日数はあっているが、方角の南は東の間違いだとする。
㈦、㈧ 問題点・・恣意的読み替え
コメント ㈦、㈧ 共に、単なる勝手な言い逃れであり、棄却すべきであるという点は、同感

㈨〈公休説〉
問題点・・公務員的発想
コメント 論外の児戯。「公休日」、「お役所仕事」、「接待漬け」など、論者の妄想、願望、公務員への私怨、偏見が拡大投影されています。論議は論理的に行うべきであり、現代人の見当違いの感情論を持ち出すべきではありません。いうまでもなく、使節は監査役付きです。曹操規準を見くびってはなりません。

㈩〈虚数説〉
・一万二千里というのは、まったくでたらめな虚数である。
・松本清張は『古代史疑』において、一万二千里は、漠然と遠い地域を指す場合にしばしば用いられた数字で実測ではないとする。その例として、『漢書西域伝』の大宛、烏弋、安息、月氏、康居道里が、「揃って長安から万二千里前後とは、明らかにいいかげんである」と断じている。
問題点・・陳寿は歴史を書こうとしている。
コメント 「虚数」は原義を見損なった粗忽な罵倒です。清張氏は、学者ではないので、論議の段取りが無理になっているようです。
 西域諸国道里は万二千里の「規準」に纏わり、例示されている諸国は、千里と離れてない塩梅の隣国であり、書かれている道里は、都護が得た百里単位の里数に即しているのであり、決して、デタラメではありません。(前漢紀安息道里万二千六百里)
 氏の正鵠を得た発想には、ここでも脱帽しますが、以下の詰めが甘いのは、人気作家として多忙を極めたからでしょうか。補佐役に恵まれず独走したと見られます。

 河村氏の意見を復唱すると、陳寿は「規準」を熟知の上で、筋の通る数字を書いたのです。現代人の(欲ボケ)感性で批判してはなりません。皇帝以下の読者が納得しないと、解雇でなく家族ともども馘首なので、全ての記事が真剣勝負です。
 因みに、当ブログ筆者の意見としては、陳寿は漢書西域伝に心服していて、魏代、これに付け加えるべき業績がなかったという理由から、魏志西域伝を割愛したと見るのです。
 この意見は、陳寿が同時代の各家の後漢書を参照していたとの見解を否定するものではありません。むしろ、後漢代後半の桓帝、霊帝以降の事績がほとんど無かったことを前提に、東夷傳を書いたと見るものです。

                               未完

新・私の本棚 河村哲夫 講座【西日本古代通史】「邪馬台国論争のいま」1/3

 アイ&カルチャ天神   資料 平成26年8月5日

私の見立て ★★★★☆ 沈着な道里論評         2020/09/24

〇はじめに
 今般、若干の事情があって、河村氏の講演資料を(有償にて)提供戴きましたので、学恩に報いるために、以下、部分批判を試みたものです。

 要するに、最近、倭人伝道里議論で、帯方郡から投馬国への道里が水行二十日と書かれているという迷解釈が浮上して、提唱者不明、提唱媒体不明の、いわば典型的な「フェイクニュース」が、某古代史ブログで論評され、趣旨理解に苦しんで、事の発端を確かめようとしたもので、未解明です。

 因みに、講演資料は、河村氏が、道里行程論諸説にメスを入れ、短評を賦したもので、全て論議に価する一説と評価してはいないと見られます。

 氏の論評は概して妥当であり、世に知られることなく埋もれている論考を当ブログで紹介する目的で(適法な)抜粋引用にコメントを付したものです。

 当部分は、氏の講演全二十四回のごく一部に過ぎず、倭人伝に基づく行程道里談義に限定です。引用の抜粋、要約文責は、当ブログ筆者に帰します。

〇第9回『魏志倭人伝』を読む  倭の国々
2、倭人
⑴倭人がはじめて登場する中国の正史『漢書』地理志、⑵この文章が書かれた文脈、⑶『漢書』の注目すべき個所、⑷『山海経』海内北経、⑸その他
3.狗邪韓国と倭との関係
4.狗邪韓国から倭国へ
⑴対馬 ⑵壱岐 ⑶末慮国 ⑷伊都国 ⑸奴国
結論:以上の国々については、ほとんどの学者、研究者が一致している。
⑹不弥国
⑺投馬国
①(続いて)南、水行二十日で投馬国に至る。
・水行起点に不弥国と伊都国の両論がある。帯方郡起点説もあるようである。
結論:『魏志倭人伝』だけではその位置を特定することはできない。
コメント この点で、韓地陸上移動説に言及していないのは、残念です。
 出所不明で追試できない帯方郡起点説に、この点で言及したのは、余りに不用意に思います。感心しません。
 後記するように、論外の思い付きは、氏の見識で決然と棄却すべきです。

⑻邪馬台国

①(続いて)南、邪馬台国に至る。女王の都するところである。水行十日、陸行一月。
②不弥国までは何里、何里と距離できたものが、投馬国と邪馬台国では突然日数表示になる。これが一つの謎である。

㈠〈伝聞説〉 諸説㈠~㈩は当ブログの追加。「問題点」は、河村氏の表現、短評。
問題点・・『魏志倭人伝』によれば、魏使は長期滞在し邪馬台国の政変に関与した形跡もあり、邪馬台国に行ってないとするのは否定的に解する。
コメント 「否定的」との意見が、出所不明の誤解に巻き込まれていて、感心しません。

㈡〈千三百里=水行二十日+水行十日+陸行一月とする説〉
・のちに帯方郡から邪馬台国まで一万二千(里)との記述がある。郡から不弥国まで七千、千、千、千、五百、百、百と里数を足すと一万七百(里)であり、残りは千三百(里)となる。これが、投馬国水行二十日と邪馬台国水行十日、陸行一月を足した日数に相当する距離になる。
問題点・・日数がかかりすぎる。
コメント 移動速度は不確定なので、否定の根拠にならないと思われます。感心しません。

                                未完

2020年9月23日 (水)

新・私の本棚 河村哲夫 講座【西日本古代通史】「邪馬台国論争のいま」2/2

 アイ&カルチャ天神 講座【西日本古代通史】資料平成26年8月5日

⑴邪馬台国か邪馬壱国か  承前
④「邪馬壱国」と記しているのは、いずれも十二世紀以降の文献ばかり
コメント 刊本、つまり、木版出版は南宋期以降であり、それ以前は写本継承であるから、「十二世紀以降の文献」と決め付けるのは誤解である。

⑤「臺(台)」は神聖至高の文字ではない
陳寿の『三国志』にも、牢獄とか、死体置き場といった意味で「臺」の字が使われている。魏から見て敵国に当たる呉の国の君主孫権の父親である孫堅のあざなは「文臺」である。神聖な文字を、死体置き場や敵国の人間の表記に使ってもよいが、未開の友好国に使ってはいけないというルールは見当たらない。
コメント 当時の「ルール」は、史書などに一切書き残されていないから、見当たらなくても不思議はない。
 三国志と大雑把に指摘しているが、東呉創業者孫堅を記録しているのは、東呉の史官が書き、陳寿が用語に干渉しなかった「呉書」による「呉志」で「魏志」ではない。また、地方首長が字を名乗るとき、古典書典籍も含めて、その時点での自身の見識で選んだのであり、存在しない魏朝が後世定めたと思われる貴字を回避する理由はない。何かの勘違いであろう。論拠にならない。
 それ以外の指摘は、文献考証の鉄則に従い、個々の当該文字用例の出現場所と文脈(前後関係)で判断すべきである。(時間と労力を要する作業である)
 魏は、天下唯一の正統政権であって、呉は、叛賊に過ぎず、「国」ではなく、まして、魏と対等の「敵」ではない。「敵国」と称するのは、古代史学に相応しくないし、「友好国」と称するのも、時代錯誤の世界観と見える。氏の本領ではないので、素人めいた言葉遣いに陥っていると見える。(講演を行うなら、聴衆への責任があるので、誰かにダメ出しして貰うべきではないだろうかと愚考する)
 本項で言うと、確かに、「神聖至高」は、誰が言い出した知らないが、素人目にも言いすぎであり、また、三国志全体で通用とは言えないものだし、古田氏も、そのような主張はしていないはずである。お互いに、枝葉末節を力んで論議するのは、学問の本筋を外れているように見える。

⑤結論:以上より「邪馬臺国」が正しい。
コメント 主張を列記したが、論証になっていないので、ここで飛躍して「以上より」で結論に結びつけるのは、余りに性急である。

それを現在は簡略文字で「邪馬台国」と表記している。

コメント 「現在」とは、古代史界の大勢を言うのだろうが、論証がなくてもそのように表記していること自体は自明である。氏は、それが、妥当かどうか検証したかったと思われるが、以下述べるように、それは不要と思う。

〇まとめ
 と言う事で、当ブログ筆者は、素人なりの見識と知識を駆使して、河村氏の論証を追尾し、反論して時間と労力を費やしたのです。

〇論争停戦の勧め
 古代史分野は、倭人伝二千文字の中の壱文字の話題で随分盛り上がるのですが、ここにあげられているような、無意味な根拠で力説するのは、氏の古代史に関する見識に疑念を投げかけるものであり、随分勿体ないと思います。(俗な言い方をすると、余計なことを言うと信用をなくすよ、と言う事です。下手すると、論争相手の失笑を買うことになりかねないものです)
 氏ほどの学識であれば、この話題は飛ばして【本講演は、「邪馬台国」(略字)で進める】と「宣言」するのが好ましいように思います。「ここだけ宣言」すれば、国名論議がなくなるので、聴衆も随分気が楽になります。

                                以上

新・私の本棚 河村哲夫 講座【西日本古代通史】「邪馬台国論争のいま」1/2

 アイ&カルチャ天神 講座 【西日本古代通史】資料平成26年8月5日

〇はじめに
 今般、若干の事情があって、河村氏の講演資料を(有償にて)提供戴いたので、学恩に報いるために、以下、冒頭部分の批判を試みたものです。
 案ずるに、氏の本領は国内古代史分野にあり、以下引用する中国史料文献考証は、第三者著作から採り入れたものと思われますが、素人目にも、検証不十分な原資料を、十分批判せずに採り入れていると見えるので、氏の令名を穢すことがないよう、敢えて、苦言を呈するものです。
 なお、当部分は、氏の講演全二十四回のごく一部に過ぎない瑕瑾なので、軽く見ていただいて結構です。また、「邪馬臺国」が、実は、「邪馬壹国」を護岸書が誤解したものが引き継がれたものであったとしても、氏の講演、著作の全貌を毀傷するものではないことは、ご理解いただけるものと考えます。あくまで、学術的な論証手法の瑕瑾を指摘しているだけです。

〇「邪馬台国か邪馬壱国か」
第9回『魏志倭人伝』を読む①倭の国々 1、『魏志倭人伝』
⑴邪馬台国か邪馬壱国か

①「邪馬台国」ではなく「邪馬壱国」が正しいとする説がある(古田武彦氏)
コメント これは古田氏の説でなく、三国志現存史料は、全て「邪馬壹国」(壱)との客観的事実を述べている。この客観的事実を否定して、「邪馬台国」とする強固な論証は、皆無である。原点の取り違えと見える。

・現存する最古の南宋(一一二七~一二七九)時代の『三国志』のテキストには、「邪馬壱国」と記されている。
※陳寿が3世紀末頃に著した『魏志倭人伝』の原本そのものは失われている。
コメント 古代史書の残存原本は皆無である。取り立てて言う事ではない。

②その他の文献
『魏略』の逸文、『梁書』『北史』『翰苑』『太平御覧』などには、「邪馬台国」と記されている。
コメント 魏略佚文は、原本でも正統な写本でもない。翰苑は誤記山積の断簡である。どちらも考慮に値しないごみである。梁書、北史等は、不確かな後世多重孫引きで信ずるに足りない。考慮に足るのは後漢書である。

※これらはいずれも現存する南宋時代の『三国志』よりも成立が古い。
コメント 三国志は、南宋時でなく三世紀の成立でどの参考資料よりも古い。各資料の現存史料は南宋以降のものである。何か勘違いしているようである。

③したがって南宋時代の『三国志』が、台を壱と誤植してしまった可能性が高い
コメント 南宋刊本は、ページごとに木版を彫っていて、活字植字ではないので、誤植、つまり、工人の活字拾い間違いはあり得ない。
 南宋刊本の際は、大勢の専門家が、先行する北宋の木版刊本の内容を参照して再三に亘り、逐一確認して、木版を削ったのであり、誤写が起こったとしたら、それ以前の事態と見るしかないのである。
 巷説は、【三世紀に三国志の上程後、誤写が発生した、つまり、150年後の范曄後漢書で見る「邪馬臺国」が、後に改竄された】というようである。

※そもそも「臺」と「壹」は字形が似ている。『魯魚の誤り』という言葉があるが、両者は誤植の起きやすい字といえる。
コメント あくまで、タラレバの憶測でしかない。因みに、可能性が二千分の一であっても、高いとの見解で見れば、それは高いのであろうか。

                                未完

2020年9月 3日 (木)

今日の躓き石 海を渡る「リベンジ」の暴言 NHKBS「放送事故」疑惑

                         2020/09/03  補充 2020/09/17

 本日の題材は、NHKBSの「ワース+MLB」であるが、今回の成り行きで行くと、「ワースト」かなと思うのである。

 要は、ヤンキース田中投手が、前回負けた相手に「リベンジ」をたくらんだという「暴言」である。今回、被害者の実名を挙げたのは、最終登板試合で相手主力打者にぶつけたのを故意と見なされて、相手チームがぶつけ返すとか、紛糾しかけているという報道があるからである。今回の放送で、「たくらんだ」と見た解説者は、恐らく「やったね」と快哉を叫んだのだろう。いや、冗談半分で失礼した。

 「田中投手ほどの絶妙のコントロールの持ち主が、何の理由もなしに死球を与えるとは信じがたい。故意に決まっている」というのも困った決め込みの非難だが、そう疑われる遠因は、今回の報道を代表とした、日本側の「リベンジ」汚染によると見るのである。

 米国スポーツメディアでは、日本のスポーツ界では「やられたらやり返す、ぶちのめしてやる、血祭りに上げてやる」と言う「リベンジ」風土、文化が定着しているとの通念があるのではないかと懸念するのである。

 いや、絶対そうだと言うつもりはないが、これまで国内報道で何千回と言われた「リベンジ」暴言の一部でも、英語メディアで報道されていたら、一種ぬぐいがたい悪評が定評ができているはずである。

 悪いことに、日本人の大半は、キリスト教徒でないから (当然)キリスト教の倫理観はなく、野蛮な仇討ちが出回っているとされているのである。「日本人の大半は毎週日曜に教会に行かない異教徒で道徳心がない」と疑われているのではないか。「リベンジ」禁忌を知らないのは、そのせいと思われているのではないか。メディアの面々は、その辺りをちゃんと考えているとは思えないのである。

 以上は極端な言い方だが、これを機に、「誤解」されると困る表現は、早急に、絶対に撲滅することである。

 「リベンジ」は、誤訳されているカタカナ語であるから、日本語にとっては悪質な外来種であり、全スポーツ界から撲滅すべきものである。 (言葉の勢いでこう書いたが、スポーツ界以外で同様の暴言がないわけではないし、許容されるわけでもない。高校教師に始まる拡散現象が、スポーツ界では、特に土着化していると言うだけである)

 天下の公共放送が、悪質で、海外に伝われば「国益」を損なうような野蛮極まる言い回しを、いつまで温存するのかと思うのである。蔓延を止めるには、隔離しかないのである。少なくとも、批判力のない「子供」たちに伝えないことである。いや、毎回、同じ言い分の繰り返しで、あごがくたびれてしまった。

 と言う事で、今回は、ヤンキースの何れかの打者が、田中投手の代わりに、「神」の裁きを受けてぶっ倒されそうなのである。NHKだけの責任ではないが、国内メディアを代表して、無実、無辜の被害者に代わって痛打を受けるべきではないかとまで思うのである。いや、100マイルの剛速球を、自分の身体で止めろなどと言っているのではない。

以上

 

 

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