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2020年9月26日 (土)

新・私の本棚 河村哲夫 講座【西日本古代通史】「邪馬台国論争のいま」3/3

 アイ&カルチャ天神   資料 平成26年8月5日

私の見立て ★★★★☆ 沈着な道里論評         2020/09/24

○「魏志倭人伝」における一里
・漢代の一里はだいたい400㍍。これを帯方郡から邪馬台国までの一万二千里にあてはめると4800㌔㍍。これでは日本列島をはるかに飛び越してしまう。
・「誇張説」・・旅費の過大請求のため。
・「短里説」・・・・中国本土確認できない。
・「地域的短里説」・・『魏志倭人伝』における一里は、おおむね90㍍であり、理由は分からないが、それなりの一貫性を保っている。
結論::『魏志倭人伝』には、正確な部分もそうでない箇所もある。従って、、是々非々で検討するしか道はない。逆に言えば『魏倭人伝』のみで結論は出せない。日本文献や考古学成果など、総合的・多角的なアプローチが必要。
コメント 誇張説は(正確な)実測値が存在したとの妄想(推定、憶測、願望)に基づいています。
 短里説は、魏晋朝で国家制度として実施されていた証拠が、全く存在しないので、無法な強弁です。
 地域短里説も、文献上、何の証拠もありません。
 倭人伝道里行程記事の解釈で確実なのは、「倭人伝道里行程記事が首尾一貫して短里らしき里長で書かれている事を否定できない」だけであり、文献としては、倭人伝が孤証です。

 なお、倭人伝が同時代の同地域の道里の「唯一の文献記録」ですから、他に信頼できる史料が提示できるはずがありません。現実逃避、先送りは、徒労の繰り返しであり、後世に申し送りするのは「非科学的」で賛同できません。

 倭人伝のことは倭人伝に聞くしかないのです。

5、邪馬台国は何カ国の連合か
コメント 当ブログの圏外。別に30国でも31国でも、道里行程論議には、何の問題もありません。

6、邪馬台国の周辺諸国について
⑴『魏志倭人伝』には、「女王国より以北はその戸数と道里を略載できるが、その余の傍国は遠絶していて詳らかにはできない」として、二十一か国の国名だけを挙げている。
コメント 余傍の国の代表は、投馬国です。五万戸を擁しながら、道里行程も正確な戸数も報告していません。女王、つまり、魏朝に対して無礼です。
⑵これらの国々については、名前以外の情報が一切ないので、この記事だけで最終の結論を得ることは不可能に近いが、筑後川右岸の佐賀県地方にかなり近い郡名が見受けられる。
コメント 「不可能」と言い切りつつ、余人の憶測を認めるのは、あるいは、氏の保身なのでしょうか。感心しませんが、当ブログの圏外です。

7、狗奴国はどこにあったか
コメント 当ブログの圏外
 以下の講演内容は、総じて秀逸ですが、当ブログの守備範囲を外れるので、論評しません。

〇まとめ
 世上言われているように、倭人伝の道里解釈は、百人百様の誤解、迷走であるから、コメントに値しない「ジャンク」、「フェイク」の山です。
 河村氏に求められるのは、こうした屑情報を早々に論破して、検討に値する「説」だけを称揚することだと思うのです。それにしても、氏の「放射状行程仮説」嫌いはどういう由来なのでしょうか。まことに残念です。

                                以上

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