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2020年10月 9日 (金)

新・私の本棚 邪馬台国の会第381回講演「邪馬台国」論争 再 5/10

 安本 美典            記2019/09/17 追記2020/10/06 

私の見立て ★★★☆☆ 古典的卓見の現状確認

〇書誌学談義 追加2020/10/06
 そのあと、忽然と「慶応大学の尾崎康教授」なる方が紹介されますが、素人の調べでは、氏は随分以前に同大学教授職を離れたと思われます。

 というような、つまらないアラ探しはさておき、ここで書誌学の権威たる氏が述べたのは、古田氏が紹凞本が三国志現存刊本中最上と決め込んでいるとの世評を受けたご託宣であり、書誌学上、南宋刊本紹凞本は、後追いの民間刊刻であり、由緒正しい官刻である先行紹興本が、紹凞本に優ると評価した上で以下論じています。

 史実としてはそのように解されるのが順当でしょうが、個人的には、南宋が多額国費を投じた、赫々たる官刻正史(紹興本)に重複する短期後追いの刊刻大事業(紹凞本)を、特段の意義無しに成したと思えないのです。

 氏は、当然書誌学の見地からのみ刊本の質を論じていて、倭人伝の一文字の当否は些末事、研究対象外でしたが、何らかの事情で、その点を特に精査し、ことさらに、このような書誌学的紹凞本評価をものしたようです。

〇評価の実態
 言うまでもないのですが、尾崎氏は、書かれている内容を評価して、書誌学的見地から紹凞本を毀損して紹興本を絶賛しているわけではなく、所詮、両刊本共に、数世紀に亘る版木に対する経年変化のために、部分補修あるいは一部更新などを歴ていて、大同小異であり、むしろ、個別の資料に於いて、書物としての質に、個体差がある事が述べられているように見えます。

 そして、肝心なことですが、氏の暗黙の知識として、三国志は、南朝劉宋期の裵松之による付注の際の原本校勘、北宋による初回刊刻、つまり、版木作りの際の校勘、さらには、南宋による復元刊刻の際の校勘というように、その時点の帝室原本と高官や地方愛書家などの所蔵する良質写本を照合して校勘する大事業が展開されていて、異本の発生が抑制されていたのです。

 時に、異本、異稿がないために、諸本を照合して、原文を考察する「愉しみ」が得られないという嘆きが書かれていますが、そのような初歩的高官は、とうに終わっているという事です。漁場は、別の海に求めるべきです。

〇誤記。誤写の事実無根確認
 ということで、極めて誤写されやすいと憶測されている「壹」の字が「臺」と文字化けしている資料は、一切露呈していないのです。

〇動機不順の懸念
 世の中には、自説の裏付けにならない「結果」しか出せない研究は、無意味な研究と談じる方がいますが、要は、そんな研究に金は出さんという恫喝で研究捏造を強要しているようで、薄ら寒いものがあります。

 あるいは、望む「結果」が得られなければ、発掘活動が衰弱して、開発による遺跡破壊が進むと警鐘を鳴らす向きもありますが、筋違いと見るものです。安本美典氏が、宗教論争と危惧する形勢がほの見えています。

 因みに、以上の尾崎氏の意見は、季刊邪馬台国誌の連載記事の総括ですが、尾崎氏は、張明澄氏と異なり、学究の士ですので、支援者に忖度することなく、その金言は、信ずるに足るとみるものです。
***追加終了
                                未完

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