« 新・私の本棚 番外 毎日新聞「今どきの歴史」 感染症と考古学 2/2 | トップページ | 倭人伝随想 15 倭人伝道里の話 短里説の終着駅 2/6 再掲 »

2020年11月10日 (火)

倭人伝随想 15 倭人伝道里の話 短里説の終着駅 1/6 再掲

                                                       2019/02/27 表現調整 2020/11/10
□終着 道の果て(Terminus 米国南部 ジョージア州都アトランタの旧名)
 良く言うように、鉄道の終着駅は始発駅です。すべての道はローマに通ずという諺の英文(All roads lead to Rome.)は、「すべての道はローマに至る」と言う意味ですが、丁寧に言うと、すべての道は、ローマから始まりローマに果てるという意味です。ここに、「短里説の終着」と示したのは、短里制に関する議論の始発、原点を確認するためです。

 言うまでもなく、原点を確認した後、どの道を選ぶかは、その人の勝手です。

*里制論議 諸説の起源
 倭人伝解釈に於いて、短里説が提起されたのは、倭人伝の記事を、背景知識に欠けたものが読むと、方位、道のりが、日本列島内に収まらないように見えて、重大な難関になると見えた点から始まっているとされます。⑴

*短里説と誇張説
 難関回避の一案が、道のりの『里』が、定説の四百五十㍍程度の『普通里』でなく七十五㍍程度の『短里』との解釈、「短里説」です(以下、程度を略)。

 短里説は、主唱者である安本美典氏が、四十年ほど前に提唱し、近著でも維持している不朽の提言です。

 一方、巷間、短里には証拠がないとする否定的な論議が横行していますが、短里を理解しないと、倭人伝の道里が理解できないのです。

 そのため、倭人伝の採用した里制は、普通里であり、倭人伝記事は、普通里の里数を、六倍程度に誇張したとの「誇張説」が説かれています。⑵
 
 あるいは、倭人伝記事は、当時の現実を離れた創作であり、信を置くべきで無い、と言う極論として「創作説」まで説かれています。⑶
 
 共に、縺れを断ち切る「快刀乱麻」ですが、それは理解力の乏しい、短気な輩(やから)の暴力行使であって、謎を解(ほぐ)しとくという「解答」になっていないのです。

*短里制支持論
 本記事は、史料の記事(テキスト)を原点とする立場を採っているので、⑵「誇張説」、⑶「創作説」に言及しないことをご理解ください。
 言い訳するなら、これらの説は、学術的見解ではなく、論者の情緒の表明なので、議論が成立しないということが、割愛の理由です。

 また、これらの説は、短里が存在しなかったと主張しているに過ぎないので、短里の存在を証すれば自然に棄却されるということです。

1 「魏晋朝短里」説考
 短里説陣営から提示されている仮説の一つが、短里制は、曹魏が支配下の中原領域に施行した全国制度であったというものです。⑷

 それ以降、この短里制は、曹魏を継いだ西晋に継承され、西晋が北方異民族に打倒されたために南遷した東晋で廃止され、普通里制に復帰したとされています。代表的な提唱者は、古田武彦氏です。

 『魏晋朝短里説』は、かくの如く「非常」(臨時、暫定)の制度と提唱されました。本論は、字数節約して、勝手に『曹魏短里』と四文字略称します。

                              未完

« 新・私の本棚 番外 毎日新聞「今どきの歴史」 感染症と考古学 2/2 | トップページ | 倭人伝随想 15 倭人伝道里の話 短里説の終着駅 2/6 再掲 »

歴史人物談義」カテゴリの記事

倭人伝随想」カテゴリの記事

倭人伝道里行程について」カテゴリの記事

コメント

尾関郁さん
 ご不満でしょうが、拙考は「短里か長里か」に関する論議では無く、倭人伝の道里行程記事が、どのような「里」に基づいて書かれているかという、大変「限定された推定」なので、貴信のご意見は、当方の論議の行程を外れているのです。つまり、貴兄の「真理追究の鉄則」も「鉄則第四」も、それに基づく用例も、関心外ですので、回答はいたしません。
 当方は、長年の「短里か長里か」論議の厖大な徒労を歎いて、仕方なく行程を外れた道草として、『魏晋朝「短里」説の根拠が無い』ことを示しているだけです。この点に「限定された」ご意見でしたら、検討させていただきます。
以上

短里か長里の議論よりも、真理追究の鉄則(私が呼んでいるだけ)第一の「真理は具体的・個別的である」より、三国志に書いてある二点間の距離の一つ一つの記述を古代地図で測って具体的に統計を出せば鉄則第四「真理の粒が加わって総体としての真理が発展する」に従って自ずから算出されます。私の18
の用例より一里100∼130メートルが算出されました。古代史研究の風雲じぃ・尾関郁

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 倭人伝随想 15 倭人伝道里の話 短里説の終着駅 1/6 再掲:

« 新・私の本棚 番外 毎日新聞「今どきの歴史」 感染症と考古学 2/2 | トップページ | 倭人伝随想 15 倭人伝道里の話 短里説の終着駅 2/6 再掲 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


いいと思ったら ブログ村に投票してください

2022年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリー

無料ブログはココログ