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2021年1月 3日 (日)

新・私の本棚 番外 NHKスペシャル 「“邪馬台国”を掘る」 2/4 改

                               2019/01/25 追記 2021/01/03
*桃種廃棄論
 古来、桃は生命力が強いとされ、諺の「三年」どころか、三千個の一つとして発芽を報告されないのが不審です。案ずるに、桃種は、祭礼後、ないしは、廃棄時に蒸し殺されたかと思われます。
 C14は、その時に成分比が固定され、以下、着々と放射線崩壊し始めたのでしょう。

 銅鐸だけでなく、中国人に意義のある桃祭礼も、倭人伝に全く書かれてないのは不審です。いつ纏向の創始、ないしは(吉備からの)将来で創始され、いつ廃絶となったか、などなど疑問が湧いてきます。

 新来「纏向」氏族が、制圧したばかりの、先立つ「原纏向」集団愛蔵の桃種を、発芽しないように殺した上で、地盤固めに大量投入して厄払いし、旧弊を踏み潰した更地で、新祭礼を創始したと見る「桃種廃棄論」は、銅鐸廃棄論と同趣旨です。

 そのように見る理由は、以下の通りです。

*宗教改革談義
 古代に宗教改革があったとの安直な議論が展開されますが、現代風宗教観は脇にして、当時の人々の心根を思いやると、先祖代々、氏族ぐるみで事える氏神を捨てるのは、罰当たりで親不孝だったはずです。

 いや、現代でも、宗教は私的であり、そのために生き、命を投げ出す大きな存在です。都会人の意識の底に沈んだ信心が命の源になっているのです。

 ご承知のように、後世、国家仏教が展開されても氏神は残り、各家仏壇にご位牌が並んでも神棚は残りました。本地垂迹など神仏融和策もありました。お上が信仰を敝衣(ふるぎ)のように捨てても、民衆は捨てられないのです。

*失われた銅鐸桃種信仰
 素人考えですが、太古以来信仰された三輪山の麓に先着した「原纏向」氏族は氏神に銅鐸と桃種を奉納したと思います。

 新来氏族はこれを克服し、礼物を廃棄し大型建物を造成した後、時を経て引き潮の如く去ったと見ます。

 このような、少数の支配者の栄枯盛衰・進入退出があっても、民の情感は不変だったので三輪山信仰は今日も続いています。

*熟成の時
 桃種廃棄の成り行きを推定すると、新来の民が、桃種を廃棄し地鎮した後に、いきなり大型建物造成が始まった筈もなく、まずは小振りの営みがあり、所要技術の育成と資源の貯え、支配力の広域展開を経て、数世代の後に、必要な「国力」を熟成させて、始めて大型建物の造成が開始したものと思うのです。
 そのような「熟成」に何世代かかったかは、知るすべもありません。

*建物の不首尾
 と言うことで、桃祭礼と大型建物群造成が大略一致するとの安直な仮説は、学説として随分検討不足で、根拠薄弱に思われます。

                             未完

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