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2021年3月30日 (火)

新・私の本棚 伊藤雅文 邪馬台国は熊本にあった! 6/7 改

 扶桑社新書 219   2016年9月刊     2019/03/17 一部改訂 2021/03/30、2021/04/12

*精密計算の時代錯誤
 伊藤氏も、多くの論者と同様、現代データの古代への適用で錯覚に陥っています。それは、各種数値の有効数字に関する時代錯誤です。

 先に挙げた問題著者達は、不法使用地図データで、ある地点と別の地点を結ぶ直線(?!)が、途中の第三地点を㍍単位で通過すると主張します。しかし、太古には、メートル法SI単位系がなく、三角測量も不可能との認識が欠けている時代錯誤です。また、堂々と、見えない日没が超高精度で見える、地平の彼方が見えるなどとしている例まであります。錯視の極致です。

 氏は、そのような愚行に染まってないと見たのですが、百十四ページに、一尺は24.12㌢㍍との錯誤が書かれています。
 古代にそのような測定/制作精度はなく、ズバッと丸めて25㌢㍍程度(有効数字1.5桁)とすべきです。現物を手元で確認できるから、尺の精度は、1㌢㍍、5㌫程度は出せたでしょうが。(いや、二本の尺を並べて末端をすりあわせたら、㍉㍍単位で整合させられるでしょうが、ここで言っている精度は、そういう性質のものではないのです)

 一歩六尺なら百五十㌢㍍程度となります。土地測量、つまり、農地の検地に常用されるので、一部定寸の縄なり一部単位で目印の入った縄を使用していた可能性が高いのです。道里の測量となると、450㍍にも及ぶ縄は常用できないし、45㍍の縄も大変な重荷になるので、縄張りで、数百里にわたって測量したものかどうかは不確かです。街道の場合は、精々、一里塚を着々と築いて、道中の宿場で里を刻みなおしたでしょうが、行程が、海上の場合は、道里の測りようがないので、所要日数の見地から、「道里」を見立てたのでしょう。誰も、書かれている道里を、検証できないのですから、海上の場合は、それで十分だったのです。
 何しろ、未開地では、千里どころか百里単位の道里も、測定しようがなかったのですから、全体の道里の精度に見合った推定で埋めたのでしょう。

 と言うことで、勝手な考証はこれぐらいにして、氏の論考の批判に戻ります。

 この部分の過度な桁数は、引用転記に過ぎないのでしょうが、安直な誤解を広げている点は好ましくないと考えます。

*多桁表示の弊害~余談
 氏は、ご多分に漏れず、漢数字に、時代錯誤のゼロ位取りの多桁表示を多用し、有効数字が多いように演出し誤解を誘います。

 郡から狗邪韓国までの七千余里を七〇〇〇余里と書くと、一里単位まで計り、下の位を丸めた0.02㌫程度のとてつもない高精度に通じます。当時の感覚で、里程は七「千里」であり、まずは、千里単位で、五百里程度の出入りを含みうる概数なのです。(いや、二千里単位かも知れません)
 当時、全桁計算可能な算盤(そろばん)も実務での多桁筆算もなく、一桁計算で、七に一を三つ足して十(千里)、一萬里、ここで桁違いの百の位は端数で無視できます。必要なら百の位を添えて二桁計算し、十の位以下を無視するのです。そのような概数での運用であれば、高度な計算技術も不要であり、日常雑務の計算に多大な人数を注ぎ込む事もないのです。

 伊藤氏は、一里は三〇〇歩として、多桁計算後、一里四三五㍍としますが、有効数字二桁(一桁半)と見て四百五十㍍とするのが時代相応です。高精度を要しない文献批判の際には、一里を四百五十㍍と決めておいて、一歩百五十㌢㍍、1.5㍍、一尺二十五㌢㍍とした方が、各種計算が、有効数字二桁の概算になり、筆算しても簡単になるので便利です。お勧めの設定です。

 ついでながら、一歩三百分の一里と見るのは時代錯誤です。当時半分とか四半分はあっても、桁の多い分数は滅多にないので、一里の三百等分は不可能です。現代でも三百等分はなかなかできないのです。割り切った言い方をすると、世に言う「道里」の里は、尺度の延長線上にない、別次元の単位なのです。

 土地測量の単位として常用されていた「歩」は、度量衡、尺度の単位で原器も残っている物差しの「尺」の六倍であり、以下、畝などを経る倍数計算階梯を重ね、一里=三百歩に至るのであり、一気に三百倍されるとは限らないのです。まして、道里の里を得るのに、一尺の物差を千八百倍するなど、現在の技術を持ってしても実行不可能ですから、尺を持って里を測ることはできないのです。

*丸める話
 個人批判ではない一般論として、古代史の論考において、漢数字の多桁表示はもちろん、小数表示も多桁分数もやめてほしいものです。要は、当時の数値計算、表示の概念を遠く離れた表示は、好ましくないのです。
 わかっていて多桁表示するのは「読者を騙している」ことになるのです。

 素人目には、古代史学界の諸兄は、理数系教養の基礎の基礎を忘れて数字遊びに耽っているように見えますが、氏は、無縁でしょうか。

                                 未完

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