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2021年7月30日 (金)

私の本棚 相見 英咲 「魏志倭人伝二〇〇〇字に謎はない」 最終 15/30

 講談社 二〇〇二年一〇月刊
 私の見立て☆☆☆☆☆   詐欺である                               2018/04/12 追記 2019/07/22 2021/07/30

*謎の「読者(p71)」
 榎氏の絵解きは、迂遠で難解で、一般人の知性でついていけないから間違っている
との事のようである。
 しかし、倭人伝は、想定する読者に対して「問題」を投げかけて「解」を求めていて、それは、読者に知性の発露を求めるものであり、所用の知性と教養に欠ける現代人(当時の規範では、東夷蕃人)が、特段の(大量の)予備知識無しに、気楽に、すらすらと読み解けるように書かれているものでは「絶対に」ない。少なくとも、陳寿は、現代人の知識を全く想定していないから、現代人に易々と読める文章を書くことは、あり得ない。

 念には念をと重ねると、ここで言う「読者」は、著者や当方のような、教養欠如の現代人ではない。本書の想定する読者でもない。同時代の教養人・学徒としても、安直に必ず、直ぐに、一人の例外もなく」理解せよなどと、教養欠如の現代人が強制することはできないのである。

 当時と言わず、現代でも、誰が、年少の曹芳(魏使を派遣した少帝)や暗愚の司馬衷(陳寿存命中最後の晋帝 恵帝)に対して、天子の知性と教養を量ることなく、倭人伝を初見で読み解けなどと言えようか。あくまで、天子の教養を想定したのである。

*獲物を狙う眼(p74)

 著者が随所で闖入させる不規則発言が、ここでも、複数あって、批判対象を選ぶのに苦労する。
 根拠不明の「獲物を狙うような学者・研究者」の眼を非難しているが、肉食動物は、獲物を捕食しないと生きていけないから、そのような眼が必須なのであり、それについて、関係のない部外者が、純然たる菜食主義でもない限り、善悪を言うべきものではない。

 「学者・研究者」が、行程記事を「アクロバット」の妙技で解釈してみせるのも、学界での生存を掛けた必死の業であり、衆人環視のもとにしてのけた曲芸は、超絶技巧として賞賛すべきであるし「アクロバット的」とは、練達の至芸を賞賛されている形跡がある。
 突然、著者は、「我々も」と、無辜の読者を寝床に抱き込もうとするが、謹んで辞退する。

*時代錯誤の比喩(p74)
 著者の紹介を信じて、三品氏が、不出来な比喩でしか、榎氏説を否定できなかったとすると、三品氏は、榎氏の提示した「問題」が解けなかったのである。
 因みに、榎氏の述懐によると、放射行程説を発表した途端、史学会の(大)先輩から、「史料文献によれば、放射行程を記述するのは、起点が、地域国家の首都である場合だけだが、伊都国が倭国の首都との証拠はあるのか」と妥当な指摘(きついおしかり)があり、当時若輩の榎氏は、指摘を克服するのに苦慮を重ねたという。克服とは、そのような合理的な批判に対して適確に反論して、反論を乗り越えたという事であり、別に恐れ入って自説を撤回したわけではない。

 ここでは、三品氏の批判の「普通」でないという指摘に対して、まことに僭越ながら、素人視点から教え諭しているが、榎氏説を、先ずは、長年にわたる史料の読破の豊富な学識に基づく批判的視点から理解しようとした先輩の態度は、往時の学会の健全なあり方を示すものであって、むしろ賞賛すべきと思う。批判は、「絶対に」否定ではないのである。

    • 余談 伝統の壁
       クラシックの指揮者で、今や大老の感があるNHK交響楽団の先任正指揮者は、若い頃欧州に留学して新思潮を吸収して帰国し、あるとき、関西の大御所のオーケストラでの楽聖ベートーヴェン交響曲の指揮で、重厚たるべき名作を疾風のごとく駆け抜けて、聴衆に新鮮な感動を与え、商都の話題になったそうであるが、その直後に、大御所に昼食に誘われたが、当日、大御所が(付箋や書き込みのある)大判の指揮者用スコアを持参して、テーブルに置かれたのを目にして、いつ何を言われるか気になって、折角の食事の味がしなかったと述解されたのを記憶している。
       話しの落ちとして、大御所は、食事の場を通じて、当日の指揮について何も言わなかったが「怖かった」とのことであった。
       素人考えでは、伝統の築いた壁は、時に突き抜けねばならないが、壁は、伝統を守る、目に見えない力で支えられ、そして継承されると言うことのようである。「ハードル」は飛び越えるように設定されているが、別に、突き倒しても良いのである。

  • お断り
     以上は回顧談であり、古き良き時代の挿話が語られたときから40年近く経って、長命の大御所は世を去り、往年の若輩指揮者は、いまは大老である。当ブログ筆者は、伝統は継承されたのだろうかと、感慨深い。
     当「余談」は、ブログ記事の他の部分と異なり、本書と関係のない、当ブログ筆者の個人的な回顧談であって、「伝統の継承」に関する個人的感慨を述べたものであり、当事者の伝記記録を目的としてとしたものでない。また、「個人的な感慨」は、ご参考までに書いたものであって、何らかの論拠、ないしは、何らかの権威を持つものではない。

    記録としての正確さは保証されたものでなく、一種のフィクション、説話として受け止めていただければ、幸いである。 

*試煉のとき
 壁を破る新説は、批判と擁護が火と水の如く降り注ぐのに晒されて、初めて、その仮説の真価が示されるのである。克服すべき「火と水の試煉(錬)」である。
                      未完

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