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2021年7月30日 (金)

私の本棚 相見 英咲 「魏志倭人伝二〇〇〇字に謎はない」 最終 27/30

 講談社 二〇〇二年一〇月刊
 私の見立て☆☆☆☆☆   詐欺である                          2018/04/12 追記 2019/07/22 2021/07/30 2022/01/13

*水行、陸行 見過ごされた「水」の意
 いや、「水行」が、海洋経路であるという見当違いの先入観も、凡俗の説を不用意に継承しているが、まことに不都合である。

 確かに、中島信文氏『甦る三国志「魏志倭人伝」』(2012年10月 彩流社)は、本書の十年後の出版であるから、影響はされていないかも知れないが、それ以前から、(古代)中国語で「水」とは、河水(黄河)、江水(長江、すなわち揚子江)、淮水(淮河)のように河川を指すもので、海(うみ)は「海」と用字が違うのは常識だったので、慎重な論者は、とうの昔に気づいていたはずである。

*水行と時代錯誤の海路
 文献に頼るまでもなく、当時の当地域の海洋経路は、山東半島との渡船を除けば、小型の船舶による沿岸航行であるが、沿岸航路は、本来短行程、一日単位の停泊寄港であり、水先案内無しには多島海を安全航行できないものである。
 と言うものの、既存短距離便の乗り継ぎであれば、巨船は却って邪魔で危険であり、多数の漕ぎ手や船員を長期拘束する必要もなく、東夷の国でも維持できたはずである。船便は、お天気次第、潮次第で、日程の読めないものである以上、数十日とか、数か月としか書けないのである。
 してみると、広域国家を想定した場合、穀物など多量の貨物輸送に、沿岸航路で船便を利用したかも知れないが、日数の規定された文書便や要人往来には、確実な日程と安全が保証されない船便は使えない。少なくとも、中原では、江水(長江、揚子江)の大型川船による大量輸送が大半であり、特に、「唐六典」の記事は、秦漢代以来、江水水運に加えて、大運河による南北輸送が定着し、河水(黄河)の氾濫も多少静まって、全国的に、河川交通が進んでいたことを示しているのである。

 それ以前の三世紀時点であるから、半島への船便は、山東半島から甲板と船倉のある帆船便があったはずだが、半島沿岸は、帆船航行が不可能だったし、それほどの量の荷がなかったから、手漕ぎの小型の荷船しかなかったと見るのである。

 もちろん、船便は、船酔いするものには使えない手段でもあるから万能ではない。深入りすると、九州北部から今日の奈良県中部まで、どうやって移動するのかという(回答のある問題や謎でなく)解けない難問が浮上するので、著者は言及を避けた(逃げた)と思われる。

 ここで大事なのは、従来当然のごとく想定されている魏使の沿岸移動は、先ほどまで想定していた、小規模の短距離の移動というものでは対応できないのである。何しろ、銅鏡百枚と言うだけで、小船で、数十杯に及ぶ重荷であり、沿岸の小船を、貸切にしても、到底足りないのである。まして、日頃、月に何度かの往復だけで、非力でも、中で休みを入れてこなしていたものが、数十便詰めっきりでは、体力が続かないのである。まして、重荷が荷崩れして、小船が転覆すれば、煽動や漕ぎ手は、なんとか脱出できても、船荷は、救い上げる術がなく、海のモズク、ならぬ藻屑と化するのである。それを避けるためには、個別の荷が、水に浮くように木枠勝ちにするのであるが、当然、随分大柄になり、苦戦するはずである。いずれにしろ、西海岸に小型の船が往来していたとしても、魏使の遣い船には、ならないのである。

 いい加減に、あり得ない船便を、失敗の許されない魏使の遣い船にすることは、あってはならないことだと見極めるべきてある。

羊頭狗肉/どんでん返し
 倭人伝がどう書いていても、誤字や誤記があるので、正確にはこうであるという書きぶりが見られる。まじめに言うのも馬鹿馬鹿しいが、同時代の文書史料は、二千年近い期間、第一級史料として尊重されてきた「倭人伝」が唯一無二の史料だから、考察の原点として不動の信念を築かなければ、学問にならないのである。「誤字や誤記があるので、正確にはこう 」とは、後世の不見識で、不勉強な、つまり、不確かな資料に基づく「憶測」に過ぎないので、厳格に史料批判しない限り、検討の俎上に載せられないのである。
 ごみの山を真に受けて、原典史料を改竄したら、それは、学問の道ではない。遺跡、遺物を考証する考古学者は、自身の論理をもとに出土物を改竄して、「考古学」と称するのだろうか。著者は、「考古学」を十把一絡げに罵倒したが、ご自分も同類だと気づかないのだろうか。

 著者のわがままかっての代表例は、氏が本書で採用している国名表記である「邪馬壱国」であるが、原典に沿って書いているだけで、氏は、これは、「邪馬台国」(”やまと”と、ふりがな)が正しいと言い張っているが、無根拠の憶測で、限りなく白昼夢の世界に及んでいる。
 また、倭人伝の行程記事を読む限り、邪馬壱国の所在地は九州内であると断定しているが、そのまま、これは、倭人伝筆者の誤解による誤記事であるとしている。無根拠の憶測である。 見事に、自罰行動に落ち込んでいる。

 散々読み続けてきたら、ここで突然、著者の根拠のない私見、無根拠の憶測 が出て来るから、読者は大抵憤慨するであろう。一種、「羊頭狗肉」の詐話のように見えるが、成句解釈は凡俗用法としておく。

*第三,四章読み飛ばし
 想定外の三国志以外の史料・資料談義は割愛する。

                      未完

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