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2021年7月30日 (金)

私の本棚 相見 英咲 「魏志倭人伝二〇〇〇字に謎はない」 最終  28/30

 講談社 二〇〇二年一〇月刊
 私の見立て☆☆☆☆☆   詐欺である                               2018/04/12 追記 2019/07/22 2021/07/30

*第五章
 以下、約束破りの国内史料大量導入に辟易して、倭人伝を検討した第五章に飛ぶ。
 「治癒神」は、倭人伝に、根拠があれば別だが、異様であり、深刻な治癒しがたい時代錯誤と見る。

*卑弥呼の宗教(p253)~賛辞
 さて、著者の想像力は、邪馬壱国の民俗に至るまで滔々と推定を述べているが、従来の凡俗の論と比べて、随分理性的であると思う。卑弥呼の出自や鬼道も、そここそ筋の通った考察を得ている。

 高名な凡俗は、『卑弥呼は市井の「魔女」が神通力によって名声を博した故に、壮年にして女王に祭り上げられ、老いて神通力を失った故に殺され、墳丘墓に葬られた』などと、自家製の汚名を押しつけている。比べて失礼だろうが、著者は、女王の汚名を雪いでいて、当人に代わってお礼したい。

 卑弥呼が二十才(満で十八、九才)で共立された(p221)と書くと世論の感情的な反発が気がかりである。牧健二氏の「日本の原始国家」(1968)辺りからの孫引きでなく、依拠記事の批判が必要である。

*倭人伝用語(p258)
 「重松氏の道教説」論の最後の無茶な放言自体は、珍しくないが、当方の議論に拘わるので、立ち止まる。
 「儒教合理主義者」は噴飯造語である。儒教は「主義」と呼べるものでなく、儒教が合理主義(時代錯誤)とは、筆者の頭のねじが、また一つ外れたようである。
 そして、本書の大半の議論で触れられない「倭人伝用語」が浮上し、「倭人伝」には独特の用語が存在するから、安易に、普通読みはしてはならないとする、当方の持論似の論だが、本書で、この言葉はここまでどこにも影さえ見えず、以下、著者の用語混沌に沈むから、どの程度本気かわからない。

*羊頭狗肉の言い訳(p290)
 最後に、羊頭狗肉の言い訳として、「邪馬台国」と書くと、既成概念が付いてきて、”日本人的関心”がつきまとうのを避けたかったとしている。そして、古田氏の「「邪馬台国」はなかった」に従ったのではないというが、「邪馬壱国」は古田氏が強く提唱したと衆知であるから俗に言うパクリと見られる。「李下の冠」である。

 しかも、「邪馬壱国」で古田氏説との関連を示唆しながら、批判も同意もせずに言い捨てるのは非礼であり、善意の読者に、虚説、「フェイク」を押しつけたと見られる。講談社の編集者は、何も助言しなかったのだろうか。

 古田氏説をパクらなかったのであれば、どこがどうパクりでないのか、冒頭で論証・明言すべきである。

                      未完

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