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2021年7月30日 (金)

私の本棚 相見 英咲 「魏志倭人伝二〇〇〇字に謎はない」 最終  29/30

 講談社 二〇〇二年一〇月刊
 私の見立て☆☆☆☆☆   詐欺である                               2018/04/12 追記 2019/07/22 2021/07/30

*第五章
*時代錯誤と地理錯誤(p290)

 著者は、続いて、倭人伝に書かれた「邪馬台国が、畿内大和の国だった」原典解釈に論拠を示さずに断定しているが、倭人伝には、ヤマトも畿内もなく、また、後世国内史書を参照しても、三世紀当時、畿内もなければ大和も無かったのである。初歩の初歩である。

 「同時代になかった地理概念」、「原典史料にない地理概念」を持ち出すのは、氏の史学論者としての資質を疑わせる。多数の凡俗が、そのような誤解を誘う狡猾な書き方をしていても、著者ほどの見識の人は、回避すべきと思うのである。

 本来、この部分は、第五章の蛇足などではなく、改ページして、結語段扱いすべきである。

*重大な結論隠蔽
 書店店頭で立ち読みするものは、大抵は、結語を見て買うかどうか決めるのである。
 羊頭狗肉に続いて、結語隠蔽では、書籍としての体がなっていないと思うものである。また、参考文献も示されず、「注」しかなく、綜合して、天下の講談社の編集力も、随分、落ちたものだと思うのである。いや、詐欺だと罵倒されるよりはましと思うしかないのだろうか。

 本書は、「プロローグ」、「エピローグ」などと、小ずるく言葉遣いを変えて、個人的な述解を呈しているが、それは、中核となる論考部の首尾が整っての話であり本末転倒である。

*論争の終わり 個人的総括

 当方も、俗耳の輩であるから、「邪馬壹国」論争は、総じて、「邪馬台国」陣営の敵前逃亡で、事実上終戦しているように見える。何しろ、検証可能な根拠の示せない「誤写」疑惑、憶測がすべてであり、そのような根拠なき偏見を何年頑固に言い続けても、現存刊本の紙面の文字が変貌するわけはないのである。
 
あくまで素人の俗耳の輩にそう見えるのである。著者には、ものの道理を知らない俗耳にも通じる、明解かつ丁寧な形でご高説を賜りたい。

*言い捨ての散在
 誤字論の論拠は、あちこちに散らばっていて、索引もないので、探し出すのに苦労するが、総じて空虚である。論拠の数がいくら多くても、信ずるに足りないごみは山を成しても、論拠とならず「ごみの山」でしかない。

 本書の上っ面に騙されて財布の紐を緩めてしまった読者に言わせると、大ペテン、フェイクが言いすぎとしたら、アンフェアであり、当世風に言うとミスリーディングである。

*まがい物、まやかし
 すがすがしいオムレツとの触れ込みの卵ぐるみが、中身は「関西名物」納豆飯では、納豆大嫌いの関西人のちゃぶ台返しである。

 隠れ「畿内説」の東軍論説が、「九州説」西軍の読者に与える不快感は、関東人に実感できないかも知れないし、ここに言う東軍は「奈良・河内」陣営だから、時代錯誤なのだが、食べ物ネタで余り極端な比喩は出せないのである。所詮、比喩は比喩である。

                      未完

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