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2021年7月20日 (火)

新・私の本棚 長野 正孝 古代史の謎は「海路」で解ける 2/9 最終改訂

 卑弥呼や「倭の五王」の海に漕ぎ出す PHP新書 2015/1/16
 私の見立て★★☆☆☆      2017/12/12 補充再掲 2020/07/08 2021/07/20

第一章 卑弥呼と海人の海は 九州それとも大和?
 この章題は不吉です。馴れ馴れしく問い掛けられても、当時、中国語に、「海路」も「海人」も無いのです。当然、東夷には、言葉がないので、何も無いのです。
 こうした言葉がない以上、当時、海人論は無かったのです。時代錯誤は、「断固」戒めるべきです。
 そして、畿内説にとっては、重ねて不吉です。奈良盆地の大和に、海はないのです。ここで、畿内説論者は、本書をゴミ箱に放り込んでもおかしくないのです。

一.一 私たちの先祖が暮らした古代の海
 冒頭の抱負として、魏志倭人伝解読を課題とし『三世紀の「魏志倭人伝」の倭国や魏の海に漕ぎ出し』と大言を吐きますが、三世紀に倭国の海や魏の海などなかったのは自明ですから比喩が不出来です。特に、曹氏の魏は、内陸国家なので、「海」は圏外だったのです。
 もっとも、そこに他意はないようで、「卑弥呼の国」について考察すると建言しています。

 因みに、著者のご先祖の由来は、読者にはわかりません。当ブログ記事筆者の先祖は、少なくとも、乾いた大地に暮らしていたはずです。得体の知れない筆者に馴れ馴れしく抱き込まれては、大迷惑です。

*定番の水海混同
 第一章冒頭で、既に著者の誤解、誤読が露呈しています。
今倭水人好沈沒捕魚蛤、文身亦以厭大魚水禽、
 なる倭人伝記事を引用しますが、著者は、「水」と「海」の違いが理解できないまま、以下、暴走しています。

 中国古典で「水」は淡水河川です。狭義では、河水(黄河)のような大河であり、広い意味では、つまり、「普通」は河川です。「水」で海を指すことは、まずないのです。
 つまり、ここで、水人、水禽と言っているのは、まずは、「自然に」淡水漁人、淡水水鳥と見るべきです。海のものであれば、海人、海禽と言ったかも知れませんが、余り、前例はありません。倭人伝の文脈を斟酌しても、「自然な」読みに、大いに分があると思います。

 また、古代中国語で、「沈没」は、大抵、人が水(河川)で身を半ば沈めて、「泳いで」いるのかどうか、姿がよく見えない状態を言うのであり、潜水とは限らないのです。

 この記事を皮切りに、「水」を、勝手気ままに「海」に読み替えての論考が進んでいますが、第一歩で大きく踏み違えていては、以下のご高説も、話が耳に入らないのです。本書で、度々躓く石ころです。

*余談無用
 ここで、著者は、脇道に逸れて、長々とご託宣を述べますが、これは、新書の体(てい)、字数を成すためにか、あるいは、著者の知識を誇示するためにか、用も無いのに詰め込んだと見え、この手の余談は時間の無駄です。
 丁寧に言い直すと、時も場所も大いに異なる状況での見聞を、三世紀限定の議論に持ち込まれても、何の参考にもならないのです。

 また、著者がしばしば見せる「受け売り」の迷走を見ると、余談の報告者たる著者に信頼はおけないから、検証無しで信用できないのです。要は、ほら吹き常習と見なされるだけです。
 言うまでも無いのですが、書かれている情報源の信頼性検証が、必要です。

 とにかく、場違いで参考にもならない余談は無用に願いたいのです。

                               未完

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