新・私の本棚 長野 正孝 古代史の謎は「海路」で解ける 7/9 最終改訂
卑弥呼や「倭の五王」の海に漕ぎ出す PHP新書 2015/1/16
私の見立て★★☆☆☆ 2017/12/12 補充再掲 2020/07/08 2021/07/20
*終幕
おわかりのように、当書評は、著者がロマンを抱いていることやそのロマンの内容についてとやかく言っているのではないのです。
堂々と自著を市場に展開するからには、後私心の夢想を現実と付き合わせて、筋の通った説明を付けるべきではないかと言っているのです。
他方、ファンタジーなら、ファンタジー、フィクションならフィクションと明記すべきです。もっとも、ファンタジーもフィクションも、現実世界との接点は考証が必要です。空想世界でも、自然法則は、通用するので、重量物が重力や水流に逆らって、勝手に急流を遡上するとこはありません。
*誤解、誤記の塊
80ページ末尾から、「魏の曹操は船を使って戦う常勝将軍であったが二〇八年、長江中流域の蜀の諸葛孔明と呉の孫権の連合軍にその船団を焼き討ちされ敗れるという不覚をとった」と誤解、誤記の塊です。
「魏の曹操」と言いますが、二〇八年(CE208)時点は無論、曹操は、終生後漢の臣下で、在世中は、魏なる国は存在しないのです。
「常勝将軍」と言いますが、曹操ほど度々大敗を喫した将軍は少ないはずです。負けの数で劉備に勝てないとしても、当代有数の負け馬と言えます。
「船」は渡河に必須ですから一切不使用と言えませんが、正史三国志で、曹操はほぼ陸戦であり、船戦は皆無に近いのです。(まぼろしの赤壁は別として)
もちろん、時に応じて、兵糧の輸送に船を使ったことはむしろ当然と言えます。兵員、馬匹の移動に水運を使ったとも思われますが、特筆されていない以上、些細な事項と見られているものと思います。それが史書です。
「長江中流域の蜀の諸葛孔明」というのは、論考の一部としてグズグズに型崩れしています。
「諸葛亮」は、一時、長江中流の荊州辺りにいましたが、そこは、蜀などではないのです。
国としての「蜀」(蜀漢)は、長江上流に劉備が建国したのですが、正確に、漢と号したのです。蜀は、長江上流の成都付近の地域名です。
言うまでもありませんが、蜀の君主は、劉備とその嫡子であって、諸葛亮は、宰相です。(孔明は、本名でないあざなで、曹操、孫権と並べるのは、一段と無様です)
孫権の当時の支配領域は、古来、呉と言われていましたが、別に、当時呉国皇帝だったわけではないのです。寄留していた荊州を逃れて根拠地を持たない流亡の劉備軍団の無名の軍師と同盟する小身ではなかったから、ここで並記するのは見当違いです。そうではないでしょうか。それが史書です。
「その船団」と言いますが、曹操が率いたという船団は、曹操の私兵でも後漢朝の官兵でもなく、大半が降伏した荊州船団に過ぎないから、戦いが不首尾でも、曹操船団が「敗れた」わけではないのです。それが史書です。(漢水上流で、新造船を命じたと言いますが、急拵えの船腹に訓練されていない兵を乗せても、戦力にはならないのです)
後漢の最高権力者である曹操ですから、戦ったとしたら、当然勅命のある敵に勝つべくして戦ったのでしょうが、帰還後、皇帝から違勅、敗戦の責任をとらされたわけではないから、曹操は、この時は、不覚はとっていないのでしょう。
三国志魏志で、曹操は、地域を歴訪する傍ら孫権に示威行為を示しただけで、疫病多発の瘴癘の地を忌避して帰還し、別に戦ってないのです。
以上、随分、うろ覚えでいい加減なことを言い散らしていて、僅かに残っていた信用を損ねています。
未完
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