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2021年7月17日 (土)

倭人伝随想 「道里条」(仮)による道里記事解読の試み  改 3/3

                    2019/09/20 改訂 2021/01/15 2021/07/17
⑶末羅条考
 「濵山海居 草木茂盛 行不見前人」と字数を費やしているのは、海岸近くと内陸の様子が異なっていたということでしょう。

 まずは、海に近いところまで小屋があって驚いたのでしょう。玄界灘は、干満が激しく、また、風濤が押し寄せるので、海から遠いところに住まいそうですが、漁民は、結構海辺に舟小屋を建てたようです。中原はもとより、郡管内でも、このような光景は見かけなかったのでしょう。
 といって、末羅国は四千戸あり、耕作地を与えられた「戸」は、収穫物貢納の義務があったので、本拠は内陸にあって、半農半漁だったようです。
 ここでも、草木繁茂が見て取れます、労役動員の街道整備で切っても切っても生えるので、冬季以外は、草に埋もれかけていたのでしょう。

*沈没談義
 「沉沒取之」は、魏使にそう見えただけで、別に、素潜りで海底まで潜っていたわけでは無いはずです。中原で「沈」は、胸あたりまで「みず」にはいって、恐らく、脚をかいて進むか、バタ足で泳ぐだけで、潜水したとは限らないのです。誤訳、誤解の可能性濃厚です。

 中原に河川はあっても、さほど漁業は行われず、潜水漁業は皆無と見えるのです。少なくとも、魏使のような士人は、農林水産業のような一次産業に汗かきして手を汚すことはないので、正確な観察かどうか怪しいのです。
 多分、「金槌」だったでしょうから、水(みず)には、一切近づかないようにしていて、行程の渡海では、船酔いでのびていなければ、船の揺れの止まらない旅に震え上がっていたものと思われます。

 いや、いくら、地元の漁民でも、ゴーグルも何も無しに、潜水して、海底のアワビの採取などできなかったのではないでしょうか。恐らく、浅瀬で漁業に勤しんでいたのでしょう。
 産物の干し魚を広く売るには、煮干しが必要で、家族総出で、はらわたを取って、湯で加熱した後、天日乾燥で干物造りに励んだことでしょう。

⑷伊都条考
 伊都国には、以上のような風俗記事はありません。倭を代表する権威を持ち、街道、宿駅は、ちゃんと整備されていて苦言は無かったのです。

 戸数一千戸ですが、これは、さほど農地はなく、従って、「人口」は多くても、耕作している農民は少なかったということです。国の運用を担う官人が多くても、一種公務員待遇であり、課税されず、兵役、労役も免除されけていたものと見えます。それが戸数の意義です。
 何しろ、中国風の環濠などで囲まれた国邑であれば、一千戸単位の国しか考えられないのです。

 伊都は、韓国と文書交信していましたが、伊都に届けば倭に届いたと見ていたことがわかります。以後、伊都から女王之所までの送達に時日がかかっても所要日程に数えないし、その間の道里はあげないのです。
 いや、千里単位の概算計算に、百里や二百里は、はしたに過ぎないし、四十日の日程で、一日やそこらは、想定済みなのです。洛陽の皇帝にも、下読みする鴻臚にも、東夷の細々した辻褄合わせなどに関心はないのです。

〇各国条の意義
 以上の考察から道里条の主旨が一貫していると見るのです。それとも、特に主旨無しに書かれたのでしょうか。一度考えてみてください。

▢余談ー暴言の人弾劾
 古代史学界には、頭のネジが外れた大家がいるようで、『対馬は「人身売買」で食料を手に入れていた』と暴言を吐いたようです。「人身売買」は、浅慮の言い間違いで「人売り米買い」でしょうか。人を買ったら口が増えます。

 それにしても、不合理極まる暴言です。全島飢餓の時、口減らしするのでしょうか。手が減ると、農林水産全てが衰弱し、遠からず若者はいなくなります。「ファクトチェック」などと言わなくても、自分が言うことは、念には念をいれて、とことん裏付け取りすべきです。特に、罵倒どころでなく、刑事告発に近い発言は、絶対に、絶対を重ねてから発言すべきだし、そもそも、そのような「告発」実は「誣告」を公(おおやけ)にしてどうしようというのでしょうか。名誉毀損で告発されたらどうするのでしょうか。

 実際は、豊富な海産物もあり、さらに、交易で食っていけたのです。両島は無良田免税で穀物を備蓄し、異常気象の不作にも強かったはずです。

 頭のネジが不安な人は、弾劾される前に講演を辞退すべきでしょう。まさか、無償で講演したのではないでしょうから、「倍返し」、「三倍返し」と言われても反論できないでしょう。

                               以上

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