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2021年7月25日 (日)

新・私の本棚 尾崎雄二郎 敦煌文物研究所蔵 『三国志』「歩隲伝」残巻に寄せて 3/3 追記

季刊邪馬台国第18号 (1983年冬号) 2018/09/18 2019/03/09 補充 2020/05/19 2021/07/25

*呉志との比較
 遺書と呉志を比較して、異同を確認できます。 (資料部脱落を補充)

遺書 敦煌断簡                  三国志 呉志(改行は断簡/遺書にあわせたもの)
① 解患難書數十上權雖不能悉納其然時采其     解患難書數十上權雖不能悉納然時采其
② 言多蒙濟賴赤烏九年代陸遜為丞相猶誨育     言多蒙濟賴赤烏九年代陸遜為丞相猶誨育
③ 門生手不釋書被服居處有如儒生然門內妻     門生手不釋書被服居處有如儒生然門內妻
④ 妾服飾奢綺頗以此見譏在西陵廿年鄰敵敬     妾服飾奢綺頗以此見譏在西陵二十年鄰敵敬
⑤ 其威信性寬和得衆喜怒不刑於聲色而內肅     其威信性寬弘得衆喜怒不形於聲色而內肅
⑥ 然十一年卒子恊嗣統隲所領加撫軍將軍恊卒    然十一年卒子恊嗣統隲所領加撫軍將軍恊卒
⑦ 子璣嗣侯恊弟闡繼業為西陵督加昭武將軍     子璣嗣侯恊弟闡繼業為西陵督加昭武將軍
⑧ 封西亭侯鳳皇元年召為繞帳督闡累世在西     封西亭侯鳳皇元年召為繞帳督闡累世在西
⑨ 卒被徵命自以失職又懼有讒禍於是據城降     卒被徵命自以失職又懼有讒禍於是據城降
⑩ 於晉遣璣弟瑁詣洛陽為任晉以闡為都督西     晉遣璣與弟璿詣洛陽為任晉以闡為都督西
⑪ 陵諸軍事衞將軍儀同三司加侍中假節領交州    陵諸軍事衞將軍儀同三司加侍中假節領交州
⑫ 牧封宜都公璣監江陵諸軍事左將軍加散騎常    牧封宜都公璣監江陵諸軍事左將軍加散騎常
⑬ 侍領廬江太守改封江陵侯瑁給事中宣威將軍    侍領廬陵太守改封江陵侯璿給事中宣威將軍
⑭ 封都郷侯命車騎將軍羊祜荊州刺史楊肇往     封都郷侯命車騎將軍羊祜荊州刺史楊肇往
⑮ 赴救闡孫皓使陸抗西行祜等遁退抗陷城     赴救闡孫皓使陸抗西行祜等遁退抗陷城
⑯ 斬闡等步氏泯滅惟牓瑁紹祀           斬闡等步氏泯滅惟璿紹祀
⑰ 潁川周昭字恭遠與韋曜華覈薛瑩並述呉書
呉書稱步騭嚴畯諸葛瑾顧邵張承曰古今賢士    潁川周昭著書稱步隲嚴畯等曰古今賢士
⑲ 大夫所以失名喪身傾家害國者其由非一然要    大夫所以失名喪身傾家害國者其由非一然要
⑳ 其大歸總其常患四者而已急論議一也爭名勢    其大歸總其常患四者而已急論議一也爭名勢
㉑ 二也重朋黨三也務欲速四也急論議則傷人爭    二也重朋黨三也務欲速四也急論議則傷人爭
㉒ 名勢則敗友重朋黨則蔽主務欲速則失德此四者   名勢則敗友重朋黨則蔽主務欲速則失德此四者
㉓ 不除未有能全也當世君子能不然者亦有   不除未有能全也當世君子能不然者亦比有
㉔ 之豈獨古人乎然論其絕異未若顧豫章諸葛使    之豈獨古人乎然論其絕異未若顧豫章諸葛使
㉕ 君步丞相嚴衞尉張奮威之為美也         君步丞相嚴衞尉張奮威之為美也

*顕著な相違点
 一見してわかるように、⑰に遺書に『潁川の周昭が、(同僚であった)韋曜、華覈、薛瑩とともに「呉書」を編集した』と明記されていて、つづいて、その「呉書に曰わく」と二段構えになっているのに対して、呉志では、単に「潁川の周昭の著書に曰わく」と 短縮、整理されていることです。当記事では、脇道なので、ここでは、相違点の指摘にとどめます。

*記号の見落とし
 遺書で、⑱〻稱步騭嚴畯諸葛瑾顧邵張承曰を呉書稱步騭と校訂したのは、「〻」を、汚れではなく、前行末の「呉書」を二文字反復する記号と読んだものです。それで字数があいます。但し、改行した後で、省略記号で一行を起こすのが妥当かどうかは、別義です。

*紹凞本倭人伝の瑕瑾

 ちなみに、倭人伝では、「壹與壹與」「諸國諸國」と反復する形が二ヵ所にあり、紹凞本では、後者の例で反復二文字がなくなっています。
 思うに、紹凞本のもと史料は北宋刊本そのものではなく、少なくとも一度写本に移されたものであり、その際に、二字反復を〻に置き換えたのが、当該写本から紹凞本刊刻稿に書き戻す際に、うっかり見落としたと思えるのです。

 少なくとも、根拠としている北宋咸平刊本の善本から直接木版を起こしたであれば、このような間違いはありえません。刊本は、このような記号を使わないからです。
 あるいは、想定している写本は、職人ではない教養人が「達筆」、つまり、草書書法でで残したものであり、そこから書き写した担当者が、教養不足で、省略記号を読み飛ばしてしまったのでしょうか。
 つまり、高貴な写本であっても、絶対完璧な写本ではなかったのかも知れません。

 巷間、「紹凞本は完璧ではない」と批判されていますが、この例は、編集記号の見落としであり、紹興、紹凞両刊本(全刊本)に共通する「仮想」誤写論議は、両刊本共通の「祖先」の文字取り違え事態を予め想定しておいて、それは別の時代、別の写本工に別の要因に起因する過誤があったからに違いない、と「予断している憶測」ですから、当事例とは、特に因果関係はないものです。

 いずれにしろ、誰にも間違いはあるのであり、大事なのは、間違いを見つけて是正する仕組みを持っているということです。
 三国志の場合は、早々に帝室所蔵となり、写本継承の際の是正の仕組みに保護されたため、世上、むしろありふれている「異本」が少ない/無いのです。

 大唐の滅亡後の小国乱立による「五代十国」の小戦国時代を、颯爽と統一し、文治の原則を確立した北宋が、国家をあげて行った刊本事業の成果は、後に、北宋末の金軍による帝都開封陥落と文物破壊、南下による諸処刊本、版木全滅と、壊滅的な被害を受けたのです。
 南遷して再興された南宋は、諸國から持ち寄られた質の高い写本を結集して、今日見られる刊本を再現する偉業を達成し、両刊本は、奇異な経過を経て併存しているものと思います。

                                以上

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