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2021年7月22日 (木)

新・私の本棚 安本美典 季刊邪馬台国 第12号 魏晋朝短里説批判 1/1 補充

  梓書院 昭和57年春号 (1982/5発行)
私の見立て ★★★★★ 必読       2019/07/18 補充 2021/07/22

*地域里論の嚆矢
 当方の倭人伝里制に関する行脚は、ようやく、原点回帰できたようです。当記事によれば、安本美典氏の「地域里論」に対して、古田武彦氏は、(後に)「魏晋朝短里説」に固執し、今日に到る不毛な論争が始まったようです。

 当方も、両氏の確執を含め、道里論の混沌を避けていたため理解が深まらず、十年余の停滞の果てに、ようやく短里説論争の原点を見極めたのです。
 倭人伝記事という原点から発して、安本氏は、史料のもとに足を留めたのに対して、古田氏は、こころの命ずるままに荒野に足を踏み出したのだなと、感慨ひとしおです。後年の熾烈な較差を思うと、別れ道は僅かな見解の相違だったのです。そして、この件に関して、当方は、安本氏の行き方を支持するものです。

*短里説内紛の経緯
 安本氏は、いち早く、倭人伝道里は、中国の四百五十㍍程度の普通里でなく、せいぜい百㍍程度の短里と検証しています。(先行者を認めた上で)
 古田氏は、「三国志一貫里制」を信奉した「三国志短里説 」から、魏朝が公布した「里」が、後継の西晋まで継承されたとの「魏晋朝短里説」に道を採ったのですが、今日に到るも、そのような公布施行を証する資料は見出されていないのです。
 安本氏は、一貫して、帯方郡から倭までの行程に限定した「地域里制説」を唱えたのですが、古田氏が拡張した「魏晋朝短里説」の論争が激化し、氏の正当な説は影を潜めたように見えます。

*一解法の提案
 当方は、本記事に先立ち、倭人伝に即した一解法を提示しました。
倭人伝記事は、帯方郡人士によって、帯方郡の地域事情を根拠として書かれたため、独特の「地域里制」によって書かれた可能性が否定しがたいこと
魏書編纂にあたり、倭人伝道里は、整合不可能であったため、冒頭で、独特の地域里制を用いたことを「地域里制」として明示していること
 具体的に言うと、「郡から狗邪韓国まで七千余里」と帯方郡拠点への里数を明記し、「地域里制」の校正を可能にしているのです。

 陳寿は、編纂に際し、「地域里制」の確証が得られなかったため、史官としての本分に順い、普通里制との整合は保留し、倭人伝自体の整合を第一義としたのです。

 それにしても、未だに、魏使は洛陽人士と誤解している論者が、頑迷に地域道里に反対し、「誇張説」、「虚構説」が跳梁跋扈し、議論が収束しないのです。論拠が砂上だと、いくら堅固な論考を立てても、空しいのです。

*史実で無く、真意の究明~最初の一歩
 倭人伝解釈は、史実の究明と解している向きが多いのですが、当方は、まずなすべきは、陳寿の真意の究明との視点から、所論を公開しています。つまり、陳寿が、倭人伝を書いた際に構想した里制を、倭人伝記事から解明するのが、第一義なのです。

 それは、必ずしも、当時、現地で通用していた里制とは限らないし、まして、魏朝治世下の全土に施行されていた里制とも限らないのです。

 込み入った課題は、少しずつ解きほぐすのが最善策で、苛立って、一刀両断してしまう武断策は、この際、辛抱が足りないのです。

*論争終熄の提案
 八十年代冒頭の時点で、安本氏は、史料に即して倭人伝の「地域短里」制を提示しましたが、②「地域里制明示」指摘を備えなかったため、折角の正解が、古田氏の「魏書統一里制」なる、いらざる拡張に抗し得なかったとみえます。

 古田氏は、「物証より論証を信念とした」ため、正論とした短里説拡張に対する反論には一切歩み寄ることがなく、用例検証の泥沼にはまったようです。氏の急峻な論法は、支持者と共に反論者も硬化させ、全三国志の用例を総覧して、逐一、それぞれの「里」を考証するという聖戦のごとき泥沼は今も続いています。
 しかし、複数件の不確かな用例を緻密に検証しても、それは、それぞれ一個の用例における「里」長を証するに過ぎないのです。帯方郡に「地域短里」があったという主張に対して、別の地域で、別の「地域里制」が横行していたかも知れない、と言う「不確かな」主張に過ぎないから、何件集まっても、倭人伝の明記された記事を覆す効力は無く、論議は一向に進まないのです。いや、進展させる方法があれば、とうに進展していたはずで、進展しないのは、歴史の必然と言うべきです。

 古田氏の言うとおり、不確かな物証は、数多く集めても、不確かなままであり、確かな主張にはならないのです。

 国の土地制度の根本である「里」の六倍規模の伸縮は、国政を揺るがす大事なので、皇帝に上申されるまでに多大な審議がされるはずであり、例え皇帝が「里」の大幅変更を裁可しても、その実施に際しては、多数の制度変更と全土における大規模な「土地台帳」改定、それには、多大な計算が必要となるのですから、とても、ひっそり実施するわけにはいかないのです。

 そして、そのような魏朝の短里制布令・施行の裏付け史料も、晋朝の里制復元の布令・施行の裏付け資料も「皆無」です。何より、正史晋書地理志にも、何の記載も無いのです。


 古田氏の「魏晋朝短里説」評価で言うと、四十年近い歳月を消費した「魏晋朝短里説」の終熄ができないため、古田氏の諸論が、まるごと「頑迷な異説」の箍をはめられているのは、公的な損失です。いくら古田氏の提言の主眼であろうと、これを神聖不可侵とするのは、必ずしも、古田氏の遺徳を高めることにはならないのです。

 そして、安本氏の正論が、うやむやのうちに、諸説の玉石混淆の泥沼に埋もれているのは、残念の極みです。安本氏は、一刀両断で、魏晋朝短里説に引導を渡し、葬り去ったとお考えなのでしょうが、一向に、明解になっていないのです。

                                完

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