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2021年7月17日 (土)

新・私の本棚 番外 塚田 敬章 「魏志倭人伝から見える日本」 サイト記事批判 2/3 追記

 塚田敬章 古代史レポート 弥生の興亡 1,魏志倭人伝から見える日本
私の見立て ★★★★☆ 必読好著、但し書紀論は場違い 2020/03/05 補充2021/07/17

*国内史料の桎梏
 そして、そんな深遠な話題を除くと、塚田氏の論議が倭人伝論議に場違いと感じるのは、その濃厚な国内史料世界観です。ご自身の世界観を堂々と持ち込んで、倭人伝解釈を仕切るのは、(純血派)倭人伝論者の反発を買うだけです。

 前記事(宝賀寿男「邪馬台国論争は必要なかった」 サイト記事批判で紹介)で提唱されている、『国内史料の世界観を、倭人伝論争に持ち出すことに対する「感情的」な反発を避ける韜晦』の勧めですが、そうした反発を、論理的なものでなく「感情的」なものと捉えるとしたら、それは、前記事筆者ご自身が感情の沸騰に負けているのであり、ここは、大人になって、ことさらに不評を買う原因を見据えて、前向きに解決しなければ「保守派」の反発は解けないのです。正々堂々たる議論では、韜晦は忌むべき詐術です。よろしくご自愛ください。

*倭人「伝」論議
 倭人伝は、三世紀の古代「中国人」が、三世紀の古代「中国人」を読者と想定して三世紀を描いた史書です。

 ここで、古代「中国人」とは、三世紀当時に於いて古典である書経に通じていた「教養人」を言うのであり、絶滅危惧どころか、三国志上申の後に訪れた西晋亡国以後は激減し、それ以降の「中国人」に、「教養人」は、ほとんど見出すことはできません。よって、東晋以降の後世人は「倭人伝を普通に読み解くことはできない」のです。まして、蕃夷のものには、到底及びもつかない境地なのです。そのような事情は、「教養人」でない(現代の)「中国人」であっても大差ないのです。

 それはさておき、私見では、不正確な俗説で、倭人伝は「伝」に不適格とされていますが、実質的には「伝」として成立しているから、後は、このように再審を請求し続けて、不合理な旧弊が絶えるのを待てば良いのです。

*国内史料不要論
 いや、本題に還ると、ここでは、「倭人伝」論議に於いて、国内史料の存在意義を、終始一貫、全面的に否定しているのではありません。

 しかし、冷静に見ればわかるように、国内史料は遙か数世紀後世の、はるか東方の畿内圏の史観で書かれた史料です。三世紀当時の記録が残っていて、史書に編纂されたものではないのです。

 当世風に言うなら、国内史料は、「倭人伝」から見て、厖大な時空の壁の彼方で書かれています。何しろ、文書の無い世界で、代々継承されるのは口伝であって、まっとうな文字記録(文書)は、一切存在しなかったのだから、正確、克明な伝承はなかったのです。
 それだけで、「倭人伝」考察に、後世国内史料を起用することが、学問として無効であることが明らかです。いや、必要に応じて、参考資料として参照するのは当然ですが、随分丁寧に(手厳しく)史料批判しなければならないのです。(「倭人伝」に書かれているのが、三世紀畿内だと信じている方には、「時空」の「時」しか通じないでしょうが)

 そして、ここで言うのは、そのような国内史料を「倭人伝」解釈の主力史料として起用することの愚です。そうでなくても、「倭人伝」解釈には、近代・現代日本人の軽率な誤解が出回っていて、ために、とうに収束しているはずの史料解釈が大きく迷走しています。

 前記事で、『「倭人伝」解釈に伴う論争を収束するには広い範囲で資料を吟味すべきだ』との提言がありました。大所高所からの一般論としてちょっと聞くと、分別のある賢明な提言のように聞こえますが、倭人伝解釈という具体的な課題を具体的に考察する事を考えると、精々二千字程度の倭人伝ほど限定された範囲で、史料解釈に、勝手な諸論が出て収拾がつかないのに、これ以上考察範囲を広げたら、議論は拡散、発散するだけです。
 泥沼化するのを望んでいる方の思惑に、簡単に乗らないようにしたいものです。せいぜい二千文字の史料の解釈に、山ほど、胡散臭い外部資料を持ち込んで、山ほど、言いたい放題の個人的な意見を積み上げているのは、「倭人伝」解釈が明解になると、落第、退席になるから、それを避ける努力を重ねていると見えるのです。

*揺らぐ史料観
 仄聞するに、国内史料は異本異稿が多く統一解釈が困難なようです。先賢の中には、一級史料であるべき「日本書紀」を自己流史書の素材に過ぎないと見ているものが多いようです。
 これに対して、倭人伝は、二千余字ながら、緻密堅固であり、二千余年の風雨、氷雪に耐えて屹立しています。よく理解して比較すべきです。

 倭人伝論争資料の主客は、字数で決めるべきではありません。

*「現代創作」の氾濫
 現代の個人の見解で「日本書紀」の解読が左右されているとしたら、それは、古代史料でなく現代著者による「現代創作」です。
 「現代創作」には、それ自体の仮説とそこから展開される論理が、念入りに積み上げられているから、あくまで「現代創作」として適正に扱うべきであり、原史料を置き換えるものとして混乱を巻き起こしてはならないのです。当たり前の話で恐縮ですが、念には念を入れようとしているのです。

*神功紀事例批判
 塚田氏の資料で気になるのは、神功皇后の三韓征伐記事を、年代こそずれているものの、史実の記録(の忠実な反映)と見ているところにあります。

 史書にとって、年代は一切譲れない根幹であり、年代の「ずれ」を正すだけでも、書記編纂者の書斎にまで立ち入って、別の史書に手直しする「創作」行為であり、史料批判の限界を大きく超えた二次創作になっています。塚田氏ほどの学識をもってしても、自己流創作の誘惑は断ち切れないのでしょうか。

                                未完

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コメント

尾関郁さん
 連絡頂いて感謝します。貴著は、目下アマゾンで予約受付中のようです。
 因みに、当方の守備範囲は、かなり限定されていて、ある程度自力で調べてきた倭人伝の道里行程記事解釈論にとどまっています。「圏外」案件に口を出すことも(多々)ありますが、大分身が入っていない、野次馬的な解釈になります。
 貴見ですが、倭人伝解釈の一説を提言されているようですが、大体「圏外」と見受けますので「カネと暇」ができたらと言っておきます。
 「圏外」と言うと、角が立つかも知れませんが、所詮、個人でできるのは、倭人伝の高嶺に向かって自分の選んだ支流を上流に遡るだけであり、となりの支流とは決して上流で交わることがないので、そちらでなにがあっても、自分の探求に役立たないと見たら、所詮「他山の石」と見るものです。
 と言うことで、折角のご案内ですが、いつになるか、わからないと申し上げておきます。
 
>金印「漢委奴国王」は皇帝から下賜されていないことと魏皇帝からもらえるはずの金印・銀印・百枚の鏡その他の物は卑弥呼に届けられていないことを発見して、これに三国志を科学的に読んで明らかにした邪馬台国の所在地などを加えてこの度、『衝撃! 日本の古代史』(V2ソリュウション)を出版しました。「私の本棚」で評していただければ幸いです。よろしくお願いします。

金印「漢委奴国王」は皇帝から下賜されていないことと魏皇帝からもらえるはずの金印・銀印・百枚の鏡その他の物は卑弥呼に届けられていないことを発見して、これに三国志を科学的に読んで明らかにした邪馬台国の所在地などを加えてこの度、『衝撃! 日本の古代史』(V2ソリュウション)を出版しました。「私の本棚」で評していただければ幸いです。よろしくお願いします。

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