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2021年9月22日 (水)

私の意見 禰軍墓誌に「日本国号」はなかった 追記 3/6 本藩の由来

                   2018/05/12 改訂 2021/09/22
*本藩の由来
 当方も、中国哲学書電子化計劃データベースのテキスト検索を利用しようとしたが、残念ながら、舊唐書のデータベース収録は完了していなくて、維基文庫の全文テキスト検索を利用せざるを得なかった。(注 どうも、勘違いしたようである)

 と言うものの、舊唐書で「日本」を検索した際にヒットする「日本?」(?は、任意の一文字)の、「本?」の各種用例を確かめたところ、以下のように感じた。

  1. 「本国」とは、中国王朝に臣従する諸国王が、自領を語るときに用いられる用語である。
  2. 「本州」とは、中国王朝内、諸国王の所領、ないしは、刺史などの統轄する州を言うとき用いられる用語である。
  3. 「本藩」とは、これらの用例に類する用語である。
  4. 「藩」は、元来植え込みの垣根であり、「藩屏」とは、小国が、塀となって帝都を囲んで外敵から守る姿を現している。「藩」は公式用語でなく、それ故、正史には僅かな使用例しか出現しない。
     但し、実務上、極めてありふれた用語であり、これにならって、江戸時代、家康による幕府開闢以来、各国の大名所領は、しばしば「藩」と呼ばれていたのである。

*日本余譙は、場違い
 もし、ここに「日本余譙」と書かれていたとすると、ここまで碑文に「日本」とは何者か前触れがないから、唐突であり、読者は、一読して理解できないと予想されるのである。よく言う、「不意打ち」である。

 つまり、当該詩文の読者は、「日本」を全く知らないから、碑文に示されたような書法は、不適切極まりないなのである。詩文作者が祭祀者に提示したら。一発却下であることは間違いない。

 もし、ここに書かれているのが、「日本列島からの援軍」残党とすると、当然の疑問は、肝心の「百済」残党はどうした、というところである。

 「本藩」と書かれているのは、墓誌の主人公が仕えたが、亡国の憂き目に遭った旧「百済」であり、従って、後出の「本余譙」は、本藩「百済」の余譙と解釈するのが順当と思う。

 ここまでに「本藩」が二度書かれていて、読者は、短縮表現を理解する準備ができているのである。

*本余譙とは?
 ようやく、核心に辿り着いた。

 結局、「(于時)日夲餘噍」の六文字句は場違いで、「(于時日)夲餘噍」と解すべきなのである。

 ここでは、「本藩余譙」が、「本余譙」と省略されたと想定しているが、誌文では、しばしば字数を揃えることが要求されるので、時に短縮、時に延伸されるのである。

 こうして、「于時、夲藩餘噍」と二+四文字では、対句となっている「據扶桑以逋誅」と合わないので「于時日、夲餘噍」と三+三文字としたと見るのである。
                          未完

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納得出来ます。示された方法も万全だと思います。古田武彦氏の残された学問を守り続けて下さいませ。

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