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2021年9月22日 (水)

私の意見 禰軍墓誌に「日本国号」はなかった 追記 6/6 結論

                   2018/05/12 改訂 2021/09/22
*結論
 以上のブログ記事をまとめると、以下のようになる。

  1. 「日本」は、墓誌作文時点では、最新情報の東夷国号であり、故人を顕彰する墓誌の文として不適切である。従って、国号と見るべきではない。
  2. 「日本」は、国号でなく詩的字句として考えても、「扶桑」、「風谷」、「盤桃」と比肩できる典故を持たないので、墓誌の文として不適切である。従って、詩的字句と見るべきではない。
  3. 「本余譙」は、本藩たる百済の余譙(残党)と解されるべきである。
    扶桑を「日本列島」と解すると、百済亡国の際に、多数が亡命渡来した史実にも符合する。

 従って、ここに提唱する、この部分を「于時日、夲餘噍」と解する仮説は、一考に値すると思われる。
                       以上

余言:
この上なく、貴重な論文であるが、それ故に、以下の率直な苦言を呈することをご容赦いただきたい。
1.本論文はPDF形式で公開されているが、原型となる文書データをPDF化したものでなく、印刷文書をOCR読み取りしたテキストデータを利用しているようであるが、難読文字の誤解が頻発して、誌文データとして利用できない。
2.本論文は、縦位置横書文書に縦書誌文を収容するために工夫したのだろうが、90度左転回では、大変見にくいと申し上げざるを得ない。配置誤解のため、当論文のテキストデータはOCR誤解文字が並び、誌文データとして利用できない。
  当方使用のOCRは、この変則配置を理解できず、意味不明の文字を吐き出すため、ページを分割処理する必要があった。
  時間的な制約もあったろうが、大学の研究成果を広く公共の用に供するという基本理念から言うと、不首尾と思われる。何れかの機会に、整備、再公開されると期待する。
3.論文史料として、用語、用字について、厳密さに欠ける点を批判するのは、許していただけるものと思う。
 例えば、先行論文の著者である王連龍氏の氏名が、連龍、連竜の二種混在している。氏名の取り扱いは、慎重であるべきである。また、王連龍氏論文タイトルの引用も不正確である。校閲段階で見過ごしたようである。
 以上、折角の論文が、適確に評価されない原因となりかねないので、是正されることをおすすめする。
                        完

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