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2021年11月18日 (木)

私の意見 「倭人伝」~最初の五百五十字、最初の修行    6/6

 先を急がずに、最初に読んでいただきたい「おはなし」    2021/11/18 補記 2021/11/30

㉙南至邪馬壹國女王之所
 「女王之所都」は「邪馬壹国」を王都としたも読めるが、難がある。太古以来、天子居城を「都」と称したのは、周代の「宗周」、「成周」の二例しかない。西周末、「宗周」から「成周」に遷都したが、東周は無力で、諸「王」が「王都」と称した混乱は、秦始皇帝の統一で「王都」が消失し、解消した。以後、漢代に一時「国」が復活したが、「郡」と同様皇帝の臣下であり、ただ、皇帝の親族の支配する領域と言うだけであるから、「王都」などという事はないのである。
 魏都洛陽は、天子居城「京都」と呼ばれた。一方、「王」ならぬ蛮王の居所を「都」と称するのは不遜で「邪馬壹国女王之所都」は、法外であった。
 史官たる陳寿は、そのような不遜な命名は念頭になく、いわんや、「邪馬臺国女王之所都」と二重に不遜な意識は、あり得なかったのである。
 ということで、次項冒頭の「都」を切り離す解釈を取るものである。

 ちなみに、班固「漢書」西域伝で、数ある西域諸国の中で、唯一、安息国に「王都」の栄誉を与えた点は、既に述べた。例外があるから、通則が証されるのである。

㉚都水行十日陸行一月
 この「区切り」は、見慣れないかもしれない。権威ある中国史書は、前文を「都」まで続け、しかして区切っているからである。しかし、当ブログ筆者は、提案の区切りを妥当と見たのである。これは古賀達也氏の提言によるが、氏自身は作業仮説にとどめている。一方、筆者は、前項解釈が至当と見たので、僭越にも「所説」としたのである。
 ここを「伊都~倭」行程道里で締めたと解されると、編者の本意に外れるので、あえて「都」(すべて)を前置きして、解釈を定めたというのは誠に至当である。

 史学界の至高の権威であった上田正昭氏は、古田武彦氏の提唱した説とは言わないまま、『「水行十日陸行一月」を総所要日数と解釈する』説に対して、そのような書法に前例がない、と難色を示したが、「都」を前置きとすれば、中国語で、古来「すべて」の意味で常用された、誠に普通の解釈であり、「普通の書法に前例は要しない」のである。

 これまでの句読点は、このような普通の解釈を見損ねたものであり、句読点の打ち違いによって史家を迷わせたのは罪深いのである。句読点の打ち間違いは、滅多に、本当に滅多に、滅多にないが、絶無ではないということである。(古田氏が一例指摘しているが、ここでは深入りしない)
 そうした「新解釈」を待たなくても、倭人傳の要件である「従郡至倭」所要期間というが明記されているとの解釈は、最も妥当なのである。

㉛官有伊支馬次曰彌馬升次曰彌馬獲支次曰奴佳鞮
㉜可七萬餘戶
 倭人伝に、全戸数は必須である。

*戸数談義
 奴二万、投馬五万を足すと七万になり、他国の戸数を足すと七万を越える」とは、戸数は、千戸単位以上の桁の概数である事を忘れた錯覚である。倭人傳概数で、二、五、七、十、十二万の「大まかな」感覚に、現代の精密を押しつけてはならない。また、千戸単位の諸国戸数や、戸数表示のない群小国の戸数が、計算に影響するというのは、ちょっとした勘違いである。倭人伝で肝要なのは、全国戸数は、七万戸であり、うち、奴国に二万戸、投馬国に七万戸があるという概要報告であり、それ以外は、些事であって、本来触れないのである。

 倭人伝の用語と世界観に従うと、女王居所たる王城「国邑」は、せいぜい千家の隔壁集落であり、国王と親族以外の住人は、公務員と奴婢従僕ばかりで、当然、課役も労役も兵役もないから、戸数は無意味である。

 時に、戸数を現代の核家族になぞらえたり、人口直結の数字と見る向きがあるが、それは、「戸数」の意義を理解していない錯誤である。それは、古代における人口の意義を理解していないという事でもある。ここに、少し丁寧に説明したが、それ以前の知識が欠けていたら、修行する資格に欠けているのである。

㉝自女王國以北其戶數道里可得略載其餘旁國遠絕不可得詳
 「自女王國以北」は、「従郡至倭」の主行程上の対海、一大、末羅、伊都の「行程国」四カ国であり、まずは、倭人伝に「略載」されているのであり、以外諸国は、主行程外の「余傍国」、つまり、参考に載せているに過ぎないのである。従って、戸数、道里、国情は、時に大まかで、時に不詳と位置付けが「明快」である。あるいは、諸国記事を「条」として列記し、「条」ごとに「行程国」と「余傍国」に色分けしたら、直感的に明快になるかも知れない。

*投馬国遠絶の由来推定~余談
 因みに、五万戸の投馬国の詳細を「不可得詳 」で済ませているのを言い訳するために、官道がなく不法な「水行」の二十日を要する「遠絶」としたものであり、実際は、官道が通じていて往来に十日を要しないが、事ごとに指示に応答しないので、「余傍国」に押しやったとも見えるのである。

*刺史重用の統治形態
 「自女王國以北」の「行程国」に刺史(のようなもの)を置き、月に三度の旬報による文書交換などで女王の指示を受けた刺史が、置官と組んだ持続可能な統治形態と思われる。倭人伝には、郡が文書で通達したとあり、通達に応答できたという事は、紙墨硯を使いこなす書記がいたのだろう。恐らく、結構以前から、郡は、倭人を指導していたのだろう。
 そのような成り行きは、記事の字面には明記されていないが、記事から読み取れるように示唆されているからには、明記されているのと同様に「明快」である

㉞次有斯馬國……次有奴國此女王境界所盡  ~ 中略御免
㉟其南有狗奴國男子為王其官有狗古智卑狗不屬女王
 ここに言う「女王」は、「女王国」の意である。あちこちに見る語法である。

㊱自郡至女王國萬二千餘里
 列島西部の地理から見て、「従郡至倭」道里総計として「普通里」(四百五十㍍)は過大と即断したのが、古来、性急な倭人伝論氾濫の由来と思われる。

▢倭人伝問題に明快な解を
 素人の素朴な意見を述べさせて頂くと、倭人伝「問題」は、編者が作成した「文章題」であり、題意が理解できなければ解を得る事はできない。まことに当然である。

 そもそも、二千年近い以前に著述された「倭人伝」に対して、同時代に記述が混乱して解けないという「文句」をほとんど見かけない以上、論義が騒がしくなった一千年以上「後世」の読者が、題意理解力不足で、肝心の出題意図を読み取り損ねている可能性が高いと見るのである。

 「後世」というのは、現代の中国人も含んでいるのである。これまで、「中国人」による適確な読解がほとんど無いのは、倭人伝を読み解く教養が継承されていないためであって、その点では日本人研究者と「大差ない」からであろうと見るのである。

 以上の論義は、貝塚茂樹師、宮崎市定師、平勢隆郎師、そして、白川静師のように、厖大な中国太古、古代の文字史料を読み解いた先達の瞠目すべき諸著作に、ひたすら依存しているのであって、全てを自力で解したものではない。個人的「修行」の成果と言いたいところである。

 以上でおわかりのように、現代人が一読しただけで、非常識だとか、理解に苦しむとか、声高に主張する前に読まなければならない資料が山積していると見える。

                                以上

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