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2021年11月 1日 (月)

新・私の本棚 新版 塚田 敬章 「魏志倭人伝から見える日本」 2 サイト記事批判 3/16

 塚田敬章 古代史レポート 弥生の興亡 1,第二章、魏志倭人伝の解読、分析
私の見立て ★★★★☆ 必読好著 2020/03/05  記2021/10/28

*「日本」錯誤ふたたび
 中原人の認識には、当然「日本」はなく、「倭人伝」を読む限り、「女王之所」のある九州島すら、その全貌は知られていなくて、壱岐、対馬同様の海中絶島、洲島が散在するものと見られていたようです。少なくとも、冒頭の文は、冷静に読むと、そのように書かれています。
 まだ「倭人」世界が見えてなかった、帯方郡の初期認識では、「日本」、ならぬ「倭人」の「在る」ところは、對海、一支、末羅あたりまでにとどまっていて、伊都が、末羅と地続きらしいと見てはいても、その他の国は、不確かであり、要は、全体として海中に散在する小島だろうと見ていたのです。
 傍路の諸国でも、戸数五万戸に垂ん(なんなん)とする投馬国は、さすがに、小島の上には成り立たないので、どこか、渡船で渡らざるを得ない遠隔の島と想定したという程度の認識だったのでしょう。不確かでよくわからないなりに、史官として筋を通したに過ぎないので、ここに精密な道里を想定するのは、勝手な思い込みの押しつけに過ぎないのです。
 以上のように、古代中原人なりの地理観を想定すれば、世上の混濁した倭人伝道里行程観は、霧散するでしょう。もちろん、ここにあげた提言に同意頂ければと言うだけです。いや、以下の提言も同様に、私見の吐露に過ぎませんので、そのように理解いただきたいものです。

 この地理観を知らないで、「九州島」に展開する広大な古代国家を想定していては、倭人伝記事の真意を知る事はできないのが、むしろ当然です。地理観が異なっていては、言葉は通じないのです。何百年論義をしても、現代人の問い掛ける言葉は、古代人に通じず、求める「こたえ」は、風に乗って飛んで行くだけです。

 念のため確認すると、氏が、今日の地図で言う「福岡平野」海岸部は、往時は、せいぜい海岸の泥世界で、人の住む土地でなかったし、当時は、「福岡」は存在しなかったので、時代違いです。今日、福岡市内各所での遺跡発掘の状況を見ると、海辺に近いほど掘れども掘れども泥の堆積という感じで、船着き場はともかく、倉庫など建てようがなかったと見えますが、間違っているのでしょうか。

 余談ですが、イングランド民謡「スカボローフェア」には、「打ち寄せる海の塩水と渚の砂の間の乾いた土地に住み処を建てて、二人で住もう」と、今は別れて久しい、かつての恋人への伝言を言付ける一節がありますが、「福岡平野」は、そうした叶えようのない、夢の土地だったのでしょうか。

コメント:国数談義
 漢書の天子は、遙か西方の関中の長安であり、とても、手軽に行き着くものではないのです。後漢書の天子の住まう洛陽すら、洛陽/帯方両郡から遙か彼方であり、倭の者は、精々、遼東公孫氏の元に行っただけでしょう。

 因みに、古来、蛮夷の国は、最寄りの地方拠点の下に参上するのであり、同伴、案内ならともかく、単独で皇帝謁見を求めようにも、通行証がなくては道中の関所で排除されます。中国国家の法と秩序を侮ってはなりません。

 国数の意義はご指摘の通りで、楽浪郡で「国」を名乗った記録であり、伝統、王位継承していたらともかく、各国実態は不確かです。不確かなものを確かなものとして論ずるのは誤解です。その点、塚田氏の指摘は冷静で、至当です。

《原文…従郡至倭 循海岸水行……到其北岸狗邪韓国 七千余里
コメント:従郡至倭~水行談義
 「水行」の誤解は、「日本」では普遍的ですが、世上の論客は、揃って倭人伝の深意を外していて、塚田氏が提言された「鮎鮭」の寓意にピタリ当てはまります。題意を誤解して解答をこじつけては、正解にたどり着けないのは、当然です。

 倭人伝記事は、「循海岸水行」であり、「沖合に出て、海岸に沿って行く」との解釈は陳寿の真意を見損なって無謀です。原文改竄は不合理です。ここでは「沿って」でないことに注意が必要です。「海岸」は海に臨む「岸」、固く乾いた陸地で、解釈に従うと、船は陸上を運行する事になります。

 さらなる誤解を正すと、中原教養人の用語で「水行」は、江水(長江、揚子江)など大河を荷船が行くのであり、古典書は、海を進むことを一切想定していないのです。これは、中原人の常識なので書いていません。と言うことで、誤解を基礎にした世上論客の解釈は、丸ごと誤解に過ぎません。

*「時代常識」の確認
 そもそも、皇帝使者が、不法な船舶交通を行うことはないのです。一言以て足るという事です。その際、現代読者が「危険」かどうかという判断は、一切関係ないのです。

 あえて、「不法」、つまり、国法に反し、誅伐を招く不始末を、あえて、あえて、別儀としても、「危険」とは、ケガをするとか、船酔いするとか人的な危害を言うだけではないのです。行人、文書使である使者が乗船した船が沈めば、使者にとって「命より大事な」文書、書信が喪われ、あるいは、託送物が喪われます。使者が生還しても、書信や託送物を喪っていれば、自身はもとより、一族揃って連座して、刑場に引き出されて、文字通り首を切られるので、自分一人の命より「もの」が大事なのです。

                                未完

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