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2021年12月 9日 (木)

新・私の本棚 7 小坂 良彦 季刊 「邪馬台国」 第35号 「里程の謎」 新考 2/2

7 三国志の「里」について 「従」と「方」の読み方 
私の見立て ★★★☆☆疑問山積 2019/01/30 追記 2020/10/07 再訂 2021/01/13 2023/06/11 2024/02/23

▢「方」の部~方里の模索
 氏自身が、文中で示されているように、魏志で「方里」が示されるのは、烏丸東夷伝諸国記事のみであり、魏朝が地形に関する測量を確保していない(と推定される)境地に限られています。

 氏は、九章算術の「方田」に始まる農地面積の幾何計算例題を通読した上で、大半は、「歩、畝、頃」の計算例であって、里の計算例は二題にとどまるとして、里の用例が不足との量的評価のようですが、これには同意できません。(「歩」は、仮に、俗説のようえに、歩幅に由来したとしても、六尺が一歩であるという換算で、一尺が25㌢㍍として、一歩が1.5㍍になっているのです)
 事は、用例の数の多少で判断するものではないのです。

 里の用例が少ないのは、農地面積は、全て「歩、畝、頃」で測量、検地されるためです。これは、実際の農耕は、農夫が犂鍬で耕作できる、区分された「歩」(ぶ)単位の農地であり、「里」は、個々の農地面積を計測する「検地」の実務には、全く関係ないからです。その代わり、「方田」に始まる例題は、各種四角形に始まり、最終的に、円形などの変則的な形状の農地の面積まで計算する方法、計算公式を述べています。

 これに対して、面積単位「方里」は、郡、県の下部にある郷、亭の行政区分の農地面積を統計する際に、「検地」によって記帳した戸別の土地面積を足して、領域の農地総面積を得る際の換算に使用され、要は、一里三百歩(四百五十㍍)の確認のための例題なのです。(ここでは、具体的な換算手順や係数は省略します)

○方里の意義確認
 「方里」は、道里単位の「里」と次元の異なる「面積単位」であり、加減算も比較もできないのです。魏朝は、農地面積を要求しているのであり、地形や領域面積は不要です。
 因みに、魏朝直轄地では、戸籍制度、土地制度が完備していて、戸数だけでも収穫高は明確に把握できるのですが、辺境は戸籍,地籍が未整備なので、農地面積を要求したのです。
 中原では、土地面積から穀物の収量を求める手順が完備していましたが、それは、農地の灌漑が確保され、犂鍬で耕作され、種蒔きや収穫が集団で統制されていて、言わば、計算通りの収量が想定できる状態であり、戸数を言うだけで収量が推定できると言う、計画的な農政なのです。これに対して、未開の地では、そのような計画的な農政は、限定的であり、言わば、想定困難なのです。
 特に、農耕に牛犂が使えない場合は、個別の農地は、大幅に減縮されるので、戸数から、地域の農業収入を計算することは、的外れになります。また、ゼニが流通していない場合は、収穫物自体を税納するしかないので、税収入は、地域、地域に備蓄するしかないのです。
 つまり、帯方郡に報告された、各国戸数は、意味を持たないことになるのです。


 推定ですが、公孫氏は、東夷の状況に適した国力評価指標として、戸籍に登録された農地の面積を集計、計上させる手段に出たものと見えます。そのため、陳寿の手元に届いた東夷の史料は、異例の数値が記入されていたものと見えますが、史官の立場として、この「方里」を、東夷相互の比較指標として残したとも見えます。
 わかっているのは、「方…里」が、正方形領域の一辺を「道里」の「里」で記したものではないということです。

*地図の亡霊
 氏は、倭人伝論をさまよう「精密地図の幻」を信じて、近代的「地図」を見ていますが、当時、「地図」は存在せず、街道と各国王城を描いた概念図で十分だったのです。
 倭人伝に続いて記事第三十巻に補注されている魚豢「魏略」西戎伝は、後漢代の西域都護の活動を語っていますが、西域都護は、管轄地域内の各国勢力の主君の居城と行程を示す「西域図」を執務の場に掲げていたとされています。いや、書かれているのは「西域旧圖」があったと言う事だけですが、当然、「旧圖」を更新した「西域圖」が掲げられていたと見るものです。
 因みに、図が描かれていたのは、絹布でしょうが、別に衣装用の良品でなくてもいいし、何しろ、西域都護の命で献上するので、十分妥当な対価で得られていたはずです。
 いや、肝心なのは、そこに描かれていたのは、概念図であって、精密な「地図」などではなかったのです。

 地図測量がいかに大事業であるか、江戸時代の伊能忠敬の偉業で偲ぶとして、伊能図は、方位磁石と光学機器と三角関数を含む高等算術が前提であり、三世紀には到底なしえない事です。ということで、氏の地図観は、確固たるものとは言えないのです。

 付け足すと、後世作成された伊能図の海岸線は、全て、踏破して書いたものです。つまり、未踏の地は「地図」にできないのです。

▢誤差論再点検 
 理性的な「誤差」考慮は、氏の冷静な態度を偲ばせるものであり、全論者が、この「誤差」の見方を採り入れて欲しいと思うものです。

 但し、氏の例示された「誤差」の「最大四十㌫程度」という見方は、随分楽観的なものと見ます。「倭人伝」の里数は、実測値に基づく概数ではないので「誤差」を出しようがないのです。三世紀当時の関係者は、そのような不確かさは、承知していたはずで、「実測値」にもとづく推計に依存していたとは思えないのです。

 ということで、「倭人伝」の紙面に書かれている「数字」は、実測の裏付けのありそうなものと「見立て」による仮想のものが混在しているので、一律に誤差範囲を想定して「実際の里数」を想定するのは、「数字」にとらわれて解釈を誤っているのではないかと懸念されます。これは、氏だけの事情ではないので、丁寧に説いているものです。

 そのように、氏の誤差観は理性的ですが、個別の「数字」の実質に関して、よほど注意して適用しないと、「倭人伝」の諸数値は霧消し、氏の展開する論理の根底を揺さぶっているように見えます。

○短里説否定論の不確かさ
 氏は、慎重に推論を運んだ上に、氏の提言する両論を適用すれば、「倭人伝の里程は、短里ではないとの主張を否定できない」としています。
 但し、氏の論証をもって、氏の二重仮説を有意のものと見なし、短里制という、単純な仮説を棄却する」という提言は、無理なものと考えます。不確かな根拠を積み重ねて、排他的な仮説を構築するのは、本来、不可能なのです。いや、これは、氏だけに向かって指摘しているのでは無いのです。

○付言
 当方は、別に氏の「倭人伝」解釈の個人的仮説を排除しているのではないので、不同意の物証を提示するつもりは、全くありません。
 「問題」が解けないのは、独解力を含めた知識が不足しているのであって、出題者を貶すのは、まだまだ早いのです。

                              以上

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