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2021年12月25日 (土)

新・私の本棚 伊藤 雅文 ブログ 「邪馬台国と日本書紀の界隈」 改 1/8

 「「魏志倭人伝」解読の重要ワード..」 「邪馬台国と日本書紀の界隈」M・ITO (伊藤 雅文)
 2020/04/16 追記 2021/12/25
 
〇はじめに
 氏のブログ、著書について、既に当ブログで批判を公開していますが、単純な蒸し返しではありません。今回は、氏の最新記事への異論です。氏が論拠を明示しているので、本来、個人名義のブログ記事への批判は避けたいのですが、折角ですから以下の見解をまとめたのです。

1 道里論
 第一の「道里」の語義解釈には、大いに異議があります。と言うか、個人的な意見の相違などではなく、素人目にも、まるっきり間違えていると思います。
 まずは、「道里」は、二字単語として、道のり、道程の意味であることが、衆知です。(氏がたまたま知らなくても「衆知」論に影響はありません) そして、敢えてその「普通」の解釈を覆す意義が理解できません。陳壽は、古典書に始まる「普通」の辞書を具備していて、それは、当時の知識人に共通ですから、陳壽の辞書にない「新語」をも公式史書に書き込むことはないのです。

 中国哲学書電子化計劃により「先秦両漢」で「道里」を検索すると48用例、単語として49個の先例があり、大概は、「道里遠近」に類する文脈を形成しています。よって、「道里」は、現代語で距離、みちのりに相当する概念と見るのが、古典書籍、特に史書の文章解釈の「常道」でしょう。

 「道」と「里」は、太古以来独立した単語ですが、「道」と「里」を連ねた場合は二字単語となって、「里」の語義の中でも、「道」の「里」を表す言葉と考えるのが順当です。(本項の末尾で辞典を参照します)

 このように衆知極まる言葉に、後世人が別義を託した意図が理解できないのです。このような唐突な新定義は、普通の定義を打ち消すことはなく、無教養な誤用と棄却されるので、史官の職にあり古典的な用語に縛られている陳寿が、三国志に採用したと見えないのです。
 衆知の用語に新たな意義をあてる必要があったら、陳寿は、堂々と例外用法を明言したはずです。

 案ずるに、「道里」は、あくまで「里」ですが、「里」は、古来数十家規模の集落であり、土地制度では一里角の面積なので、誤解を避けるために、敢えて、「道の里」としての「里」を明記したかも知れません。

 因みに、「歩」も、道の単位と同時に面積単位でもあり、「九章算術」計算例題集では、面積の「歩」を「積歩」として混同を避けていますが、大抵の場合、文脈で区別できるから、単に「里」、「歩」と書いたようです。といっても、これは、そのような教養が引き継がれていた時代であり、戦乱などで、継承の鎖が壊れたときは、字面に囚われた「名解釈」がはびこるのです。

 本題に還ると、漢字辞典として有力な白川静氏「字通」、藤堂明保氏「漢字源」共に、「道里」は、道のり、距離との語義を掲載していて、氏の新説は、ほぼ棄却できます。

 それにしても、本項の強引とも見える書きぶりは、後出「周旋」の周到な論証に似合わない不首尾なものと見て取れるのです。何か、急かれいる思いがあったのでしょうか。

2 東治論
 本件、当ブログで、議論を重ねましたが、俗説の渦に埋もれているので、再説をかねて、氏の議論の紹介方々異論を述べます。と言っても、氏に、大略同感です。
 「東治」が、禹后による治の場所と解されましたが、禹が会稽で統治した記録はありません。単に、諸侯を集めて功績評価、会稽したというだけです。
 水経注の郡名由来記事に、会稽郡の由来として、秦始皇帝の重臣李斯が、「禹后が東治之山(会稽山)で会稽した」ので、当該地域を会稽郡と命名したとされています。他の郡名と異筋ですが、教養人に衆知だったようです。
 史実かどうかは別として、その由来が、後世まで継承され、陳寿の西晋代にも、東治由来談が伝わっていたのでしょう。西晋亡国の混乱で多くの伝承や記録が失われていて、「後漢書」編者笵曄は、会稽付近に生まれたのですが、却って、古典教養を要する由来談を知らなかった可能性があります。陳壽と范曄の間には、一つには、西晋崩壊時の洛陽文化圏の崩壊があり、かつ、笵曄は、史観の職業的な訓練を受けていない文筆家、趣味の人なので、それぞれの世界観には、大きな相違点があるのです。

                                未完

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