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2021年12月23日 (木)

私の本棚 3 岡本 健一 「邪馬台国論争」 改頁版  3/8

 講談社選書メチエ 1995年7月刊
私の見立て★☆☆☆☆ 見当違いの強弁が空転 2014/05/17 補追 2021/12/23

*「イメージ」戦略の怪
 また、「日本列島の正確なイメージ」を論じて趣旨不明な「大局的な視野」を誇示しますが、ここで問われるのは、移動経路沿いの北九州の土地勘であり、「日本全図」を書くのではないことが見失われているのです。
 三世紀当時に、列島の全貌を詳細に採り入れた「絵姿」(イメージ)なと、到底あるはずがないのに、得々と述べているのは、個人の幻覚を言いふらしているだけであり、読者にとって大変な迷惑です。
 要は、魏志倭人傳で書かれているのは、九州北部だけで、残りの日本列島は、陳壽が関知していないという倭人傳の基礎視点が欠けています。

 それにしても、魏使/帯方郡使が、現地の土地勘を書き出せないとしたら、軍事使節として不適格な「方向音痴」になるので不合理なのです。

*誤解による冤罪
 著者が非難する「短里論者が、陳壽の道里記事が正確であると決め込んでいる」という指摘が、認識不足の冤罪であることは自明です。普通に原文を読解すれば、倭人伝道里記事は、整然精密で首尾一貫しているのでなく、記事の出典に応じて整備されたものとわかるはずです。つまり、陳壽は、資料全体を通観した上で、時に推測を交えて、(微視的には不統一な)記事の大局を整合させています氏の断定は、対象資料を読解できない、「落第者」の詭弁であって、よく言って、負け惜しみと見えます。

 ご自身、地理的な事項を適確に認識する能力が欠けていて、勝手な幻想を思い描くしかできないのに、陳壽が、時代最高の叡知を注いだ記事の片鱗すらできない醜態であり、いかに強い口調で主張されても、あくまで「仮説」であり、検討の出発点として利用しているに過ぎないのです。

*また一つの誤解
 著者は、「魏志の記載に不正確な点があることが判明すれば、その時点で短里説が瓦解する」と自分勝手に見ているようですが、それは、偏狭な独善に過ぎません。いつから、氏は、神の立場に立ったのでしょうか。互いに六倍の差がある道里論で、里が60㍍でも100㍍でも、大局的に議論を左右するものではないのです。正確、不正確の視点が、「とっぱずれ」、「失当」になっているようです。

 史学は、些細な論点に囚われて、大局を見失ってはならないとするのが、正論と思います。まして、自分で理解できない論点に、勝手に重大な意義を持ち出すのは粗雑です。
 とくに、「魏志の記載」を理解する素養、不可欠な知識に欠けているのに、同時代唯一の資料を攻撃するのは、身の程知らずと言うべきでしょう。

*自覚のない見識不足
 どうも、筆者は、中等教育(中高)程度で習得すべき合理的、かつ計数的な見当識が備わっていないように思われます。

*見当違いの強弁
 それにしても、著者のように、ここぞと言うときに、俗説や勘違いも含めて、多彩な言葉の雨で根拠不明の意見を通そうとするのでは「論争」にならないと思います。「論争」に饒舌も絶叫する強弁も不要であり、寸鉄の論理の一言で議論は終結するものです。

〇改装のおことわり
 初稿は、ここまで一㌻、残り一ページの二分割でしたが、加筆の結果肥大して、現在の基準では、長すぎる体裁になったので、分割再掲載しました。

                                未完

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