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2021年12月 9日 (木)

新・私の本棚 藤原 俊治 季刊 「邪馬台国」 第35号 「里程の謎」再 8 2/2

 8 「魏志」「倭人伝」の里程単位      藤原俊治
  私の見立て ★★★★☆ 熟読すべき労作      2019/01/30 追記 2020/10/07 補充 2021/12/09

*里制再確認

 本論諸例でも明らかなように、秦制の六尺一歩、三百歩一里の関係の間に、十歩ー一畝、一里ー三十畝があり、畝は、農耕地の地券台帳などに多用されているので、里と歩だけを独立して動かせないのです。

*始皇帝不改訂の弁
 始皇帝は、諸国の行政機構を全壊させ、いわば更地に秦の法体系の機構を適用するので、大抵の新制度は実施できたのですが、周制と異なる独自里制は敷いていなかったので里制変更は実施しなかったのです。つまり、秦里は周里だったのです。そもそも、秦は、西戎、つまり、西域の蕃夷だったものが、周の指導によって、中原文化に属したので、諸制度は、周に従ったのです。以後、中原諸国から、指導者を招いたので、文明に浴していたのです。

 私見では、秦始皇帝が周里を温存したのは、土地管理、税制の根幹を揺るがすような里制改訂に、絶大な「経済効果」でもあれば別として、本意である精度の高い土地管理、徴税漏れや偏重のない適正課税に何ら寄与しない、どころか、全土に大混乱を招くのが必死だったので、重ねて秦初の里制改訂はなかったのです。何より、自身の国内土地制度を破綻させるような「里制」改訂に取り組むはずがないのです。

 記録にない「幻の周制」に基づいて里制改訂するとは、後世の魏朝皇帝は、とてもとても思いつかず、臣下も奏上しなかったのは、魏志によって明らかです。また、後年編纂された晋書地理志の記事から見ても、秦 漢 魏 晋を通じて、里制の変更はなかったのが明確です。

 魏晋朝短里説は、無理に無理の重なった仮説であり、早々に博物館に引退いただくべき至宝です。

*倭人伝短里説の是非
 以上のように、中原全土に及ぶ里制改訂は「意味なき夢想」ですが、それなら、なぜ倭人伝に短里が成立するのかということです。

 なぜなら、当時そう書いた、と言うしかありません。西域辺境は、中原領域と活発な往き来があり、時に西域都護府がおかれ、中原との交信していたので、里制も同化していたのですが、半島以南の東夷は、中原との交流が困難で、中原側も、現地の抵抗の多い里制改訂を強行しなかったのではないかと思われます。いやも、何も文献史料がないので、その辺りの事情は不明です。

*短里の由来談義
 周制にない短里は、前世(商殷)里制の形骸とも思われ、井田制以前の小規模集落時代のもので、古風として周朝近畿に生きたかとは、勝手な随想です。倭人伝行程道里記事を見ると、その時代その地域に短里が生きていたかのように見えますが、実は、これを証する記事は無いのです。書かれているのは、倭人伝の記事として「郡から狗邪韓国まで七千里と見立てる」との宣言だけなのです。

Ⅱ 中国本土の里数値
 後半は、「魏晋朝短里説」の当否検証ですが、前項批判で論じたように、当方は、全土里制の改訂は不可能と判断し、介入を避けます。

 長里は短里の五ないし六倍であるため、史料での判定が容易と見えますが、時代により、地名や地域観が大きく変わるための曖昧さと、原資料の厳密性の不足とが重なり、断定しがたいものとなって「百年河清無し」に見えます。(「河」は、年中濁流の「河水」つまり、大河「黄河の」ことです)お付き合いせず、申し訳ありません。
 また、その記事の里長が確定できたとしても、それは、その時代その地域で、道里測定がそのようであったと言うだけであり、全国制度を証するものではないのです。あくまで、得意な例外であって、それが、「普通」であったことを証する効力はないのです。そして、そのような例外が、手に余る数に上っても、無効であることに変わりはないのです。全国制度として実施されたことを証するには、帝詔などの公文書が必要であり、あるいは、後世史書や類書に収録されるものでなければならないのです。

*歩制の積み残し
 女王の冢の径百歩の歩数論は、ついにきっちりと語られていないのです。
 何しろ、「歩」が、尺から発した尺度単位なのか、土地制度に発した測量単位なのか、確定した意見が見られないので、論者の意見は動揺しているのです。国家制度の一環である以上、誤解しようのない明快な提議があるはずなのですが、里制論義に伴う泥沼に埋もれているのは、勿体ないところです。

                              この項完

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